政府は15日、新しい資本主義実現会議を開き、構造的な賃上げの実現に向けた労働市場改革について議論した。高いスキルを持つ人が給与面で報われにくい制度の見直しや、在職中のリスキリング(学び直し)の支援強化を図り、海外に後れをとる賃金上昇につなげる狙いがある。- 産経新聞

 

日本の平均賃金(購買力平価・米ドル換算)はOECD加盟国だと35か国中22位である。もちろん、円安及び購買力平価なので名目でみればまた違う結果となるが、賃金水準で上位国ではない。しかし、一方で上位国は、米国は外れ値として、アイスランド、ルクセンブルク、スイス、オランダ、デンマーク、ノルウェイは、オランダ(人口1700万人)を除くと、そのほかは人口1000万人もいない小国である。小国のほうが産業の多様性が限定的なので高生産性の産業に傾斜しやすく、国家の経営効率が高くなりやすいのだと思う。日本だと1憶を超える人口だと、利害関係が複雑であり、労働生産性が低い産業も容易に潰せないし、日本は人口オーナス期であり、賃金が低くなりがちなのは致し方がないと思う。

 

ただ都市レベルでみると、東京都の経済規模はオランダ・インドネシア一国に相当する。一人当たり都内総生産は576万円(令和元年)であり、米ドル換算すると約4万8000ドル(1ドル120円換算)である。これは諸外国の一人当たり名目GDPでみると、フランス(4.3万)・イギリス(4.6万)を上回り、NY(4.8万)と同等で、ドイツ(5.1万)と遜色ない。1ドル100円換算だと、約5万7600ドルであり、世界トップ12~13位相当である。つまり、東京のように高生産性の産業が集積する都市は別に世界的に見て所得水準で劣っているわけではない。日本の生産性を落としているのは、地方の低い労働生産性のエリアである。人口1000万人未満の国は国内のコンセンサスが得やすく、IT・金融などに産業を傾斜すればいいが、日本のような中央集権的でありながら人口1憶を超える国だと、意思決定が遅くなるし利害関係が複雑で玉虫色になりやすい。

 

結局、現代日本社会の問題は高齢者の多さである。体力も知的能力も低下している高齢者にとって新技術を学ぶことはハードルが高い。企業でもそれは同じで、定年が近い社員は変化を嫌い前例を踏襲しようとする。定年まであと数年であれば、言い訳して前例踏襲して逃げ切った方が合理的である。年配層は終身雇用が前提だったので年功序列で昇進したやる気はないが高給なオジサンが管理職を占めており、彼らは前例踏襲なので日本ではIT化ひいてはDX化が一向に進まない。若手層はスキルアップに関心が高いが、終身雇用・年功序列の企業にいる年配層にとってリスキリングなど何の意味もない。しがみついていれば昇給するのに、わざわざ努力してリスキリングする意味など皆無である。

 

企業にとってはその年配層が財務的に重しになっているが、日本は解雇規制が厳しいので解雇も出来ない。企業は苦心して追い出そうとしたが、裁判では企業が敗訴してしまう。終身雇用・年功序列の恩恵に授かった年配層が会社に規制して食いつぶしてしまう。日本に必要なのは解雇規制の緩和である。バブル期に採用してしまった企業に残っている働かない高給取りオジサンの一掃する必要がある。解雇のリスクがあるからこそ労働者はリスキリングして新しいことを学ぶのであり、解雇もされないし、年功序列で出世するならサボった者勝ちになってしまう。ただ政治的に解雇規制の緩和は不可能だろうから、リスキリングの文化なんて根付かないだろう。

 

日本だと大学もとくに遊んでても卒業できてしまうし、大企業に入ればあとは年功序列で昇進できる。たしかに高度成長期には日本型雇用は有効だったが、いまでは「無能養成制度」となってしまっている。ただ経済のグローバル化は進んでいるので、国内マーケットで安住してのうのうとしていたられた時代は過ぎ去った。そろそろ改革しないとヤバいが、茹でガエル状態である。ただ日本は治安は良いし食事も美味しいし国内は風光明媚だ。競争して経済的な富裕国を維持することは日本の国民性にあっていないのかもしれない。ユーラシア大陸の隅っこの平和でそこそこ豊かな国に回帰するのはそれで悪くないことかもしれない。

 

地球最北端の駅へ向かう寝台列車で出会った男女を軸としたロードムービーであり、実り得ぬ恋愛だがラブストーリーでもある。第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作である。土日はチケットが取りにくいので、仕事終わりに新宿まで観に行ってきた。

モスクワに留学中の考古学を学ぶフィンランド人学生ラウラが、恋人にドタキャンされてしまい急遽一人旅になって、粗野なロシア人労働者リョーハと同室になってしまう。最初は全く相いれない二人が徐々に心を通い合わせていく。

人間の心の距離感は分からないものだ。最北端に近づくにつれ、主人公は恋人とも距離感が開いていく。ラウラは、リョーハと仲良くなり、心は近づいていくが、残念ながらラウラは異性愛者ではない・・・;距離の接近には限界がある。一方、ラウラが道中で仲良くなった同郷の男性とは相性が良いと思ったらしっぺ返しをくらったり。映画の冒頭で引用されるマリリン・モンローの「人間同士の触れ合いは、いつも部分的にすぎない」という台詞が良い複線になっている。

ラウラは、リョーハに「愛している」という意味だと嘘をついて「くそったれ」という単語を教えるが、最初は文字通り「くそったれ」という悪意の意味だったが、最後のシーンの「くそったれ」は愛してるの意味に変容している。一見突き放した言葉の真意すら分からない。人間の距離感や真意など表面的な表現では知りえない。

監督曰く、ロシアは現在複雑な状況だから観てほしいらしい。国籍、話す言葉の違い、教育水準の違いなどがあると理解しあえないわけではないし、似た者同士だから理解しあえるとも限らない。白黒つく分かりやすい世界だったら楽だったが、世界は黒でも白でもないグレーのグラデーションである。

まだスマートフォンもない、停滞した社会主義経済や鬱屈した社会の名残りも垣間見えるロシアを舞台にした異色の恋愛的ロードムービーだった。楽曲や映像もとてもきれい。個人的にはラストのDesirelessの「Voyage Voyage」がすごい良かった。歌詞に富士山が登場しててなんか日本人としては嬉しかった。

刺さる人には刺さる映画だと思うが、ただ個人的にはあまり共鳴する要素がなく、淡々と観れてしまったのが、ちょっと悔しい。このタイプの映画は、絶対に暫くして観なおすと絶対に感じ方が変わるので、数年後に忘れたころに観なおしたい。

 

★ 3.8 / 5.0

 

さてさて、お目当ての映画のチケットが取れなかったので、映画「ノースマン」を日比谷で昨日鑑賞してきた。

 

主人公のアムレートは小国の王子であるが、叔父が父を殺し王位を簒奪してしまう。そんなアムレートは復讐を誓うのだった。アムレート伝説や北欧神話などをベースにしたお話である。なお、アムレートの復讐劇は、シェイクスピアの「ハムレット」のベースにもなっている。

9世紀当時のヴァイキングの略奪の様子や、呪術的な宗教、当時の暮らしぶりがリアルに描写され、また、スラブ民族の悲哀や、キリスト教との対立(ちなみに、アイスランドがキリスト教化されたのは西暦1000年)なども描き込まれている。建物などは当時のものを可能な限り再現するなど、考証学的にもかなり凝ったそうだ。そこに神話的なモチーフや、超現実的シーンが巧みに織り込まれて大変重厚な作品となっている。

ちなみに、飛んできた槍を背面でキャッチして投げ返すシーンがあるが(いやありえんだろって思わず心の中で突っ込んだが)、これはアイスランドの古典「ニャールのサガ」(サガとは、北欧やアイスランドの古い散文文学の一様式)からの引用だそうだ。

ただとにかく血なまぐさく、全体的にトーンが暗く、かなり好き嫌いが分かれそうな作風であるが、個人的は大変興味深く鑑賞できた。ほんと男性が好きそうなモチーフのオンパレード笑。

本作を観て思うが、日本では”欧州”と一括りだが、当然、民族も多様で、社会の古層にある民族宗教や習俗・文化は多様なのである。個人的には北欧という地域の古層に眠る神話的叙事詩が圧倒的な映像美で描かれていて、大変興味深く観れた。

補足:ちなみに、王位を簒奪した者に、正当な後継者が復讐するという物語は共感を呼ぶし、こうした話は世界各地に数多あるが、これをユングは人類共通の無意識領域として「集合的無意識」と呼んだことはあまりに有名だ。北欧の神話が米国で映画化されて、日本人が鑑賞して共感できるのはこの人類共通の感覚のおかげである。

 

★ 4.0 / 5.0

文科省が「令和3年度法科大学院関係状況調査」の各種データを公開しているが、留年率が相当に高くて驚いた。進学予定者は腹をくくって進学すべきである。

 

標準修業年限修了率(標準修業年限修了者数を既R元・未H30入学者合計数で除したもの)をみてみる。人数が少ないとブレが大きくなるので(例えば2人入学で1名留年だと留年率50%になってしまう)、標準修業年限修了者数及び既R元・未H30入学者合計数がそれぞれ20名以上の大学を抽出して低い順に並べた。

 

(標準修業年限修了率)

明治大学    44.00%

ー----------50%留年の壁
東京大学    58.50%

ー----------40%留年の壁
法政大学    62.50%
東北大学    67.60%
立命館大    68.20%
早稲田大    68.30%

ー----------30%留年の壁
大阪大学    73.20%
同志社大    73.90%
中央大学    74.30%
九州大学    74.40%

神戸大学    77.90%
慶應義塾    78.70%
東京都立    79.40%

ー----------20%留年の壁
名古屋大    80.00%
日本大学    80.60%
京都大学    81.80%
一橋大学    91.10%

 

もちろん、留年率が高いから悪いというわけではないし、低いから良いというわけではない。例えば、夜間のコースがあると、社会人は仕事の忙しさで留年しやすいという場合もある。それに学部の留年率は10~20%ぐらいのところが多く、そこまで高くないという人もいるかもしれない。しかし、学部の留年は、留学して留年する人や、公務員試験に落ちたり就活に失敗して故意に留年する人も含んでこの数値である。司法試験に向けて専門的に勉強している人しかいない教育機関で、また故意に留年する人は多忙な社会人学生を除くと皆無と考えられる点を考えると、20%を超える留年率はかなり高いと個人的には思う。留年率が3割を超すところにいたっては進学は要注意だろう。

 

1年あたりの学費の負担や生活費、働かずに大学院に在籍することで生じる機会費用を考えると相当な経済負担である。未修コースの場合は3年制なので1年留年すると修了時の年齢は26歳になるが、大学でもし浪人・留年していると27~28歳になる。司法試験に一発で受かればいいが、そうではない場合、社会人経験がないとすると社会復帰はかなりハードルが高い年齢域である。おまけに法科大学院修了しても、留年していたり、司法試験に合格していないと、本当にただのスティグマになってしまう。会社で20代半ばから30代前半は自己のキャリア形成に重要な時期で働き盛りであり、その時期に過半数が不合格になる試験に専念するのはなかなかリスキーである。

 

最近は法科大学院修了生を狙って大手企業が法務人員を募集しているが、法務含む管理部門(コーポレート部門)は人気で倍率は高く、かなり熾烈な争いである。おまけに二十代も後半だと経験者とも競合するので、なかなかシビアな戦いである。企業によるものの、東京のある程度の企業のコーポレート部門の採用倍率は数十倍である。法科大学院は、若者の学習意欲を利用して、学費と称してお金を巻き上げる機関にすら見える。「ブラック企業」も一般語になったが、これからは「ブラック教育機関」にも留意が必要だろう。

 

昔は弁護士は高給取りだったが、一部のエリート弁護士を除くと、いまはコンサルやIT人材のほうが就職は容易だし、給料も高いのではないかと思う。ある程度大手のコンサルやITエンジニアで残業が多い人だと20代で1000万は超す。もちろん、その分ハードで離職率も高いが、難関資格を取って1年司法修習まで受けてさらに仕事もハードで責任重大のわりに給料水準が低下の一途の弁護士よりは遥かに待遇が良い場合が多いと思う。多くの企業の場合、起業弁護士の場合、給与テーブルは普通の大卒・大学院卒と同じである。資格手当が出るケースもあるが、そこまで大きく差はつかない。

 

もし私がいま受験生なら情報系の学部とかに進学して、休みの間に語学留学などして、ITと英語力を武器に就職したい。21世紀においてデータサイエンティストは最もセクシーな仕事だ(Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century)と、ハーバードビジネスレビューの記事が以前話題になったがその通りだと思う。当方の勤め先にいる弁護士さん(東大法卒)の息子さんも東大法学部に在学中というので、「弁護士目指すんですか?」と聞いたら「冗談が上手ですね!こんな斜陽の業界はやめろと止めましたよ!笑」とのことだった。

 

大学院進学する時点で22歳だと「まだ若いから」と言えるが、20代も中盤~後半にもなるとそうも言ってられない。高尚そうな資格を餌に若者を集客して、彼らのキャリアを毀損する確率が高いブラック教育機関はそろそろ存在意義を含めて見直されていいのではないかと思う。司法試験に向けて何年も法律の勉強するなら英語とITを同じ時間かけて勉強したほうが費用対効果は遥かに高いと思う。

回転寿司のスシローの醤油ボトルをなめる動画拡散されている。海外のワシントンポストなどでも報道されており(LINK)、日本の食への信頼へのダメージは大きい。ただ最近こうした事象が起きはじめたわけではなく、昔からこういうおバカな輩は一定数いたはずであり、それが近年になり可視化されただけである。

 

刑務所収監者の知能指数は低いことは事実であるが(IQ 80未満は約16%しか存在しないはずだが、刑務所収監者ではIQ 80未満が4割を占める。IQ 71~80は知的障害との境界域である。そして半数はいるはずのIQ 100以上はわずか7.2%しかいない。:LINK)、今回の一連の飲食店でのテロ行為をみると、わざわざSNSに投稿して証拠を残すあたりに知性の欠如を感じる。

 

飲食店各社は、加害者からの謝罪を拒否などして、刑事・民事の責任を追及するといっていおり、これは模倣犯を防ぐうえで抑止効果になる。しかし、問題は、こういう悪戯行為を行う連中は、ニュースをみる習慣もないし、重大な責任が生じるから悪戯行為はやめようという判断ができる程度の頭脳を持ち合わせていない確率が高いことである。

 

確率論的におそらくこの程度の悪戯は無くならない。不潔だというのであれば外食を一切しないか、まともな客しか出入りしない中流以上の飲食店のみを利用するしかない。結局、庶民が利用する店は、客にならず者がいる確率が高くなってしまうので、そのリスクを承知で、ちょっとした不潔さぐらいはどうせ死ぬわけではないとある程度は許容して利用するしかない。

 

こうしたリスクを排除するには、Amazon GOのような店舗にしてしまうのも一案である。Amazon GOに事前に登録してクレジットカード情報を登録し、あとはアプリで入店してほしい商品をとって出るだけである。AIが手に取った商品を判別し、決済は登録済みのクレジットカードで行われる。これをコンビニや飲食店で共通のシステムとして導入したり、大型商業ビルで導入すると、そもそもクレジットカードをつくれない信用が怪しい客は入店できず、悪質な客はアカウントを停止すれば排除ができる。実際には導入コストの問題や回転率を上げて広く集客しないといけない飲食店などの業態では難しいと想像されるが、しかし、会社内のコンビニなどだと類似サービスがすでにあるので(NEC本社は顔認証のコンビニがある:LINK)、特定の人のみが利用できる施設内の店舗では活用できるのではないかと思う。要は欧米の高級ホテルやレストランで、ドアマンがやっている選別作業を、システム化してしまうのだ。現に中国では様々な情報から個人に信用スコアが活用されたりしている。知能水準・教育水準・経済水準などで日本はすでに階級社会になっているので、遠い将来、前記のようなシステム的な選別が行われる可能性はないとはいえないと思う。それは新しい形のゲーティッドコミュニティの誕生である。