月間総合情報誌の「選択」を購読しているのだが、面白い記事があった(4月号をいま頃読んでるのは突っ込まないでください。単に忙しかっただけです笑)。上智大外国語学部の人気が急落しているらしく、大量の補欠合格者で入学者を埋めざるを得ない窮状だそうだ。その事象について分析している(記事の冒頭はこちらで読める:LINK)。

 

それにしても上智大外国語学部全体の一般入試倍率(受験者総数を合格者総数で割った値)は、2019年が5.5倍だったが、2022年に2.4倍にまで倍率が落ちているらしく、往年の人気を知っている身としては驚かされる。河合の偏差値表(LINK:23/05/29更新表)をみると、自慢のTEAP方式が次のとおりである。私の受験当時(十数年前)は65.0の学科も珍しくなかったので、当時と比較すると、ボーダーは相当落ちてているようである。人気の英語学科・英文ですらこのボーダーかと驚かされる。

・文学部英文学科:60.0

・文学部ドイツ文学科:60.0

・外国語学部英語学科:60.0

・外国語学部フランス語学科:60.0

・外国語学部ポルトガル語学科:60.0

・外国語学部ロシア語学科:57.5

 

TEAPという特殊な入試方式だからという可能性もあるが、共通テスト利用方式(募集人数は3人)でみても、やはりボーダーは決して高くない。参考であるが、立教大学異文化コミュニケーションの同様の共通テスト利用方式(募集人数4人)が86%、明治大学文学部の共通テスト利用方式(募集人数6人)が84%のボーダーである。

・外国語学部英語学科:89%

・外国語学部ドイツ語学科:82%

・外国語学部フランス語学科:82%

・外国語学部ポルトガル語学科:82%

・外国語学部イスパニア語学科:81%

・外国語学部ロシア語学科:77%

 

さて、かつては畏敬の念すらもってみられていた上智大学外国語学部はなぜここまで凋落することになったのだろうか?

 

記事では、グローバル化が進展し、国際系の学部が増加して、国際色の豊かさは上智の専売特許ではなくなったことを指摘している。記事ではなかなか刺激的に「陳腐化」と指摘している。実際、早稲田大学国際教養学部が出来て、帰国子女の優秀層は早大がごっそり持っていってしまった。国公立でも国際教養大学や千葉大学国際教養学部など国際系の学部の選択肢は増えている。

 

そして東大・早大・慶應などは官界・財界・政界に一定の勢力があり、同窓会なども強固でそこからの寄付なども望めるが、上智大は財界人や政治家が少ない(上場企業社長出身大では早慶とは文字通り桁違いで、実学の中央明治はおろか、同じ校風の青学立教の後塵を拝する有様である)。収入源の確保のため、キャンパスには「ソフィアタワー」なる大学施設兼企業向けの賃貸オフィスが同居するビルを建設する有様で、重厚でアカデミックな雰囲気も消滅した。

 

そして大きい変化が国際環境の変化である。20~30年前はまで欧米各国の影響力が大きかったが、経済の中心は確実にアジアに移動してきている。中国が世界第2位の経済大国になり、インドが旧宗主国のインドを追い抜き世界第5位の経済大国になった。日本企業もアジア市場に注力しており、結果的にアジア系言語の人気が高まっている。いまでは一番人気は中国語か韓国語という大学が多い。上智大の取り揃えるヨーロッパ系の言語は人気を失ったのだ。それに、グローバル化で駐在経験者も増えて、帰国子女も増加し、語学だけできることの優位性も減退している。

 

記事では上記の点を指摘しているが、機械翻訳の発達もあろう。言語がいくらできても、早晩、機械翻訳にとって代わられてしまう将来が見えていることも大きいと思う。もちろん、人間関係の構築などでは言語は出来た方がいいに決まっているが、だいたい海外のビジネスマンは英語ができるので、英語さえある程度話せれば問題ない。昔はある程度話せるようになる場が限定的だったが、現在では国際系学部も増えたし、なんならオンライン英会話もできる。他の学部で専門性を身に着けて、英語は英会話スクールで学ぶなり、短期留学などして身につけるという選択肢もある。

 

また、上智大はカトリック色を強く出していることも、忌避させる要因だと思う。上智大には大きな教会が併設されているが、欧米ですら教会離れが進んでいる。日本ではそもそもキリスト教はマイナーであり、大学の隣にデカデカと教会がある大学はちょっと嫌だということもあろう。それでも昔は外国語を学べる大学が限定的だったので上智を選んだのだろうが、他に選択肢が増えたので、あえて宗教色が強い上智を選ぶ理由がない。昔は欧米の教会は洗練された進んだ欧米文化の雰囲気があったかもしれないが、カトリック教会神父の児童への性的虐待などの報道も相次ぎ、欧米ですら教会離れが進み「教会の危機」が叫ばれており、そうした威光も消滅した。

 

欧米崇拝の時代が終焉し、アジアの隆盛によって、欧米言語が主力の上智大は勢いを失い、さらにグローバル化の進展で各大学が国際色を打ち出すことで国際色も陳腐化し優位性を喪失した。おまけに機械翻訳の発展で他言語習得の価値も目減りしてきている。欧米重視の上智は、アジアの台頭の環境変化の中でますます地盤沈下しそうである。

 

(補足)さらに付言すると、文部科学省の認証を受けて大学などを評価する「大学改革支援・学位授与機構」は、上智大法科大学院を法科大学院評価基準に照らして、「不適合」とする評価結果を公表している(LINK)。さらに上智大は労基署からの「是正勧告」に応じず、結果的に賃金不払いで刑事告発されている(LINK)。なかなか大学側の運営は大丈夫か?と心配になる。

 

 

名匠是枝監督(脚本:坂元裕二)の最新作。カンヌ国際映画祭コンペティション部門脚本賞・クィア・パルム賞受賞。これまた重層的で多元的な名作を創り出したものだ。

撮影地は主に長野の諏訪なのであるが、非常に好きな土地なのでまた訪れたいなと思った。もともと東京の撮影の予定がいろんな許可がおりず、結局、諏訪で撮影したそうだが、これは結果的に素晴らしいものとなったと思う。夜のシーンで諏訪湖が映るが、湖は真っ暗で、どこか底知れぬ恐怖感の象徴のような役割を結果的に果たしていたと思う。それに東京だったらあまりにも殺伐としていたし、地方にすることでどこか田舎の落ち着いた情緒があったように思う。

全く想像していた内容と異なった。人間というのは目に見える”記号”の表面的な意味に支配され、様々な推察を行う。しかし、一視点では見えていない陰が存在する。そのため、視点を変えた瞬間に全く異なる事実立ち現れることはしばしばある。

おそらく映画の序盤だけ観た人は、同様に善い人・悪い人を想像し、こういう事実だろうと推測するだろうが、確実に裏切られる。私もいろいろ推察して考えたが、自分の浅薄な思考が恥ずかしくなった。こうした視点を変えて描くのは黒澤明の「羅生門」で採用された技法であるが、本作で極めて効果的に使用されている。

視点を変えて徐々に描かれていくことで、事実がまるで万華鏡のように移り変わる。誰しもが「怪物」になりえるが、しかし、ある人にとっての「怪物」は、ある人にとって悪者とは限らない。絶対悪も絶対的な善も存在しない。世の中は純白も漆黒もないグレーのグラデーションである。善かれと思ったことは、ある人を傷つけているかもしれない。そんな当たり前の事実を、多感な子供の視点で優しいタッチで描いているのだが、その純真さに心をえぐられる。

 

是枝監督は前作「ベイビーブローカー」で雨を印象的に使用していたが、本作でもそれが顕著だ。強い雨は、人を打ち付けるが、一方で、様々なことを洗い流していく。絡まりあう伏線が有機的に結びつき、豪雨の後の光につつまれるラストは珠玉である。ここに故坂本龍一のピアノ曲「Aqua」が響くが、極上のカタルシスに涙が出る。闇深いと思った事象も実は明るい真実があるかもしれない。ラストの二人が光につつまれてかけていくシーンは現代社会の福音である。

追伸:作曲家 坂本龍一のご冥福をお祈り申し上げる。

 

★ 4.8 / 5.0

「亀井聖矢 凱旋リサイタルツアー2023 大阪公演」(ザ・シンフォニーホール)へ行ってきたのだが、大阪観光も少ししたので、その記録である。

 

大阪名物の新世界と通天閣。ほんとタイムスリップしたような感覚になる。

 

こちらは大阪市北区中之島にある大阪市中央公会堂。株式仲買人の岩本栄之助の寄付により建設された。渋沢栄一の渡米実業団に参加し、米国の富豪の寄付や慈善事業の文化に触発されて、寄付を決めたそうだ。こちらの建設の原案は岡田信一郎であるが、、辰野金吾・片岡安が建築案を最終化している。意匠はネオ・ルネッサンス様式を基調としているが、辰野金吾よろしく煉瓦の意匠を取り込み洗練されながら印象的な表情を与えている。国の重要文化財である。

 

さて、大阪市中央公会堂の隣にあるのがこの壮麗な建築。なんと現役の図書館。住友財閥家により建築・寄贈されている。ネオ・バロック様式である。パッラーディオ様式で荘厳である。大阪市北区中之島は名建築の宝庫だ。

 

内部のホールだけ撮影可であるが、美しい曲線美を湛えている。

 

随分と重苦しい建物を建てたもんだ。この建物の前の三代目の大阪市庁舎は重厚ながら華麗な建築だったが、なんでこんな面白みのない建築になったんだろう。ニュースとかで大阪市役所が出るたびに威圧的だなと感じる。立派な刑務所と言われたらそんな感じ。建て替えるにしても、市民に開かれた親しみやすい公共建築みたいな発想はなかったんだろうか。もちろん、機能面では現在の建物の方が優れているのだろうけど。日本建築学会は永久保存を提言していたのに。ほんと酷い。建物を保存して、市役所なんてどっかに移設すりゃよかったのに。

 

image

日本銀行大阪支店。設計は、辰野金吾。古典主義的な外観であり、格調高い。写真には写っていないがドーム型屋根を有している。

 

こちらは安藤忠雄設計し寄贈した「こども本の森中之島」。コンクリート打放しの幾何学的な建築だが、中之島の風景に溶け込んでいる。コンクリートという冷たいイメージであるのに、外観は弓なりに伸びて柔らかさと親しみやすさを感じる。窓が多く館内は柔らかく光がさしている。この大きなオブジェは、「永遠の青春」がテーマの青リンゴ。これはオブジェのかたわりにある詩にサミュエル・ウルマンの「青春」という詩にインスパイアされたもののようだ。青春とは人生の特定の期間を指すのではなく、心の持ちようであり、一生涯、青春でいてほしいというメッセージが込められている。さすが安藤忠雄の建築である。

 

こちらは大阪の証券取引所の旧市場館。列柱が並ぶ新古典主義を簡素化した様式で、重厚ながらモダンな印象を受ける。前に立っているのは五代友厚の銅像である。

 

さて、お宿は安藤忠雄設計のビルに入っているアルモニーアンブラッセというホテルでした。安藤忠雄のビルに入っているということで即決したわけですが、意外とウェディングが強いホテルで土日はウェディング関係者ばかりですね( ̄▽ ̄;) コンクリートの設計ってほんと直線的でつまらないものになりがちなのに、安藤忠雄はコンクリートをつかって印象的な外観を構築し、また、スタイリッシュながら、コンクリートの冷たさを感じさせない建築が多いと思う。

 

部屋からの眺めは最高ですね。広いバルコニーがついていてほんと最高。

 

夜景になるとこんな感じ。

 

移動で疲れたのでディナーもホテルでいただきました。ワインメニューも豊富です。

メインのラムですが、フォアグラもつけていただきました。

 

モーニングでは朝からスパークリングをいただけました。

 

翌日は前記事の通りピアノコンサート(「亀井聖矢 凱旋リサイタルツアー2023 大阪公演」(ザ・シンフォニーホール))いったのですが、その前に北野天満宮を参拝。菅原道真公を御祭神としておまつりする全国約一万二千社の天満宮、天神社の総本社。本殿は国宝になっています。おみくじを引いたら東北が良い方角と出てきたのですが、ちょうど7月に東北に旅行予定なので、幸先が良いです。

 

さて、ピアノコンサート後に関空に移動。プライオリティパスで3400円までは自己負担なしで食事できました。

ぼてぢゅうさん、素晴らしいサービスありがとうございます。

さて、本日は、ロンティボーコンクールの優勝者の亀井聖矢さんの凱旋リサイタルツアー2023へ行ってきた。以前に記事しているが(亀井聖矢さんが、ロンティボーコンクール(ピアノ部門)で優勝!日本人が二連覇。)、ロンティボーコンクールのピアノ部門では二回続けて日本人が優勝している。フランスの名門音楽コンクールだが、日本人の音楽性はフランスと親和性が高いのかもしれない。ついでに大阪観光もしたので、それはまた次回記事にするが、最高の音響を誇るシンフォニーホールで、亀井聖矢さんの演奏を堪能できてよかった。

 

曲目は次の通り。

・ショパン:3つのマズルカ 作品59

・ショパン:幻想曲 作品49

・ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22

・ラヴェル:ヴァルス

・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

・ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章

 Ⅰロシアの踊り

 Ⅱペトルーシュカの部屋

 Ⅲ謝肉祭

・アンコール曲:ラ・カンパネラ、イスメライ

 

 

亀井聖矢さんは、桐朋学園大学初となる「飛び入学特待生」として17歳で入学し、第88回日本音楽コンクールで第1位、第43回ピティナ・ピアノコンペティションにて特級グランプリを受賞して注目を集めた。第67回マリア・カナルス国際ピアノコンクールで第3位に入賞。第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールではセミファイナリストにとどまっているが、その後、ロン=ティボー国際コンクールで第1位入賞し、評論家賞・聴衆賞も同時受賞している。

 

まず、初っ端のマズルカで引き込まれる。なんて気品がある演奏だろう。上品で情感豊かな演奏であるが、若々しくフレッシュさもある。全体的に音の粒立ちが良く、高音の鳴りが美しい。青りんごのフレッシュな香りときめ細やかな泡立ちの上品なシャンパンのような演奏。低音の響きも絶妙でちょうどよいバランス。音色は多彩で、オーケストラをピアノで再現しようと試みているのが、伝わってくる。技巧の素晴らしさは当然にしても、その技巧によって彼の豊かな音楽性がいかんなく表現されており、本当に名演。技巧にかまけることがなく、音楽に真摯に対峙している。若々しくパワフルさもあるー年齢を踏まえると当たり前か。顔だちも良く、ほんと現代日本の「ピアノの貴公子」だ。明るく可憐で情感ある演奏はフランスのピアニズムにマッチしていたのだなぁと納得した。彼は演奏をとにかく楽しんでいるのだろうなと思う。ただ明るくエレガントな演奏は諸刃の剣でもあり、個人的にはショパンやラヴェルにはもう少し陰鬱さや過度ともいえる感傷とかがあっても良いかもしれないと思った。歓喜、絶望、悲哀、憤怒、快楽などの様々な感情を昇華することで、さらなる高みへと演奏は昇る(と勝手に思っている)。

 

クラシックコンサートには珍しくマイクでピアニストのトークがあったが、なかなかユーモアがある。彼の明るさが演奏に出ているなと思った。社交的でトークも上手なので、彼はメディアとかにも露出してますます人気になるのだろうなと思う。演奏は感銘を受ける見事なものだった。

画像出典:LINK

 

さて、本日はサントリーホールまで「グエン・ヴィエット・チュン ピアノリサイタル」を聴きに行ってきた。前回のショパンコンクールで演奏を聴いて気になっていたが、生で聴けて良かった。グエン・ヴィエット・チュン氏はベトナム出身のピアニストである。前回のショパンコンクールでは二次予選で姿を消した。第17回全国ピアノフェスティバル「若きピアニストの弾くショパン」コンクール第1位(ポーランド)、国際ヴァイオリン・室内楽コンクールグランプリ(ベトナム)、カルロヴァツ国際ピアノコンクール第3位(クロアチア)などそこそこ入賞は重ねている。

 

ホールはサントリーホールのブルーローズという小ホールである。ブルーローズは、サントリーが不可能といわれた青い薔薇を開発したことから名づけられている。会場は400人弱の座席であるが、やはり知名度の問題で空席が目立つ。後援している企業の関係者などが多いようで、私のようにシンプルに演奏を聴きに来た人は珍しいかもしれない。ただそのせいか、早々に寝てる人などが散見されて残念。

  • モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K. 330
  • シューベルト:即興曲 Op. 90
  • ショパン:バラード第4番
  • ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op. 35 「葬送」
さて、演奏であるが、はっきり言って、モーツァルトとシューベルトはだいぶ荒削り。音量のバランスや曲の展開などに若干のぎこちなさを感じる。ただ後半のショパンになり、一気に音が変わり、こちらは名演。ショパンコンクールに向けて練習を重ねただけあって素晴らしい仕上がり。素朴ながらも高い感受性を感じる好演だった。繊細な演奏と言われるが、実際のところかなり情熱的であり、勢いのある熱のこもったパワフルな演奏だと思う。一方で、アンコールで弾いたショパンのノクターン Op.27-2は儚く美しい。ショパンはほんと名演だったと思う。素朴な演奏ながら随所に彼の豊かな感性が落とし込まれた演奏だった。
 
さて、10月にも再来日の予定らしい。ダンタイソン以来のショパンコンクール出場者として本国ではかなり有名らしい。グエン・ヴィエット・チュンはおそらくベトナムのピアニストの泰斗になるだろう。