インドで被差別階層であるダリッド(不可触民)の女性たちが立ちあげた、女性だけで取材運営する新聞社「カバル・ラハリヤ」を追ったドキュメンタリーを、渋谷のユーロスペースで観てきた。サンダンス映画祭ワールドシネマドキュメンタリー部門で審査員特別賞&観客賞を受賞するなど評価が高い。

 


インドは世界最大の人口大国になり、さらに経済力ではあと数年で日本とドイツを追い抜いて世界第3位の経済大国になると予測されているが、まだカースト差別など社会問題が根深い。モディ首相は、トイレの普及を政策として掲げ、屋外でトイレする人はいないと宣言していたが、本ドキュメンタリーにも出てくるが、農村部ではまだトイレすらない家も多い。

それにしても、一昔前だと「ペンは剣よりも強し」と言われたが、いまでは「スマホは剣よりも強し」だろうか。本ドキュメンタリーの新聞社「カバル・ラハリヤ」はスマホを導入して、SNSで積極的に報道して行政などを動かすに至っている。ちなみに、新聞社「カバル・ラハリヤ」のスペルは「Khabar Lahariya」である。Youtubeやインスタグラムのアカウントで、彼女たちの活動が観れる(しかし、日本語/英語がないので内容は分からず・・・)。

ITによって、被差別階層でも注目を集めることが出来るようになったことは大きな変革だと思う。記者の一人は結婚し、子供もいるが、大学院まで出ていると話していたが、教育はやはり力である。まだ古い風習等も残っているが、少しずつ変化は起きているし、徐々に良くなっていくだろうと期待したい。

なお、カースト制度は複雑で植民地時代に、宗主国が、捻じ曲げてしまったという説も強い(インドはカースト制を採用している非文明的国として文明化の名のもとに植民地支配を正当化しようとした)。そもそもカーストの語源はポルトガル語である。もともと「ヴァルナ」という社会階層と、「ジャーティ」という職種によって規定されるが、もともとはある程度の柔軟性があったようだが、現代のカースト制度は、強固な階級制度とみなされている。ちなみに、1950年のインド憲法でカースト制は廃止されており、また、都市部ではかなりカースト制度は希薄化しつつあるが、本ドキュメンタリーの舞台の農村部だったりする地域では差別が根強い。とはいえ、今後、経済成長して、都市化が進むことで、宗教も世俗化して、規範は緩むだろう。脱宗教化は先進国ではどこでも起きている事象である。

ちなみに、映画の紹介で、ダリッドを「被差別カースト」と表現している場合があるが誤りである。ダリッドは、ヴァルナに属さない人びと(アウト・カースト)であり、カースト制の枠外に置かれたゆえに、不可触民(アンタッチャブル)なのである。

それにしてもモディ首相はヒンディー教至上主義とも言われており、G20ではインドという国名ではなく、ヒンディー語の「Bharat(バーラト)」という国名を使用し話題になった。今後ますますインドの注目度は高くなるだろう。良質なドキュメンタリーなのでインドに関心があるなら強くオススメしたい。インド女性の”ジャーナリズム魂”に胸を打たれる名ドキュメンタリーである。


(追伸) ちょうど私が観た会で、トークショーがあったのだが、本作はメディア関係者向けの上映をしたところ、日本の年配のメディア関係者の反応がイマイチだったそうだ。年配の日本のメディア関係者ってエリート意識強い世代なので、ダリッドの若い女性の活躍にジェラシーを感じるのか、SNSを駆使しているのについていけないのか、なんなんだろう。ジェネレーションギャップなのかな。それともメディアって昔は入るのが難しかったので、選民意識が強いので、ダリッド女性の活躍が気に食わなかったのかな・・・?

 

★ 3.9 / 5.0

岸田首相は4日前の今月13日に内閣改造及び自民党役員人事を行ったが、毎日新聞(LINK)、日経新聞(LINK)、読売新聞(LINK)の調査で横ばいで、NHK調査(LINK)でやや上昇したが3ポイントの上昇でほぼ横ばいである。

 

それにしても、岸田首相は、本当にセンスがない人間である。

 

以前、福島県相馬市の子育て支援施設を視察した際に、子どもから首相になった理由を問われた際に、「こうなってほしいと思うことを先頭に立って実現する仕事をしたいと思った。日本で一番権限が大きい人なので首相を目指した」と答えたそうだ(LINK)。しかし、国民が求めているのは、「こうなってほしい」のヴィジョンであり中身である。それに岸田首相の返答では、「こうなってほしい」というのが、日本が今後こうなってほしいという話なのか、それとも別の私利私欲の話なのかすら分からない。「日本で一番権限が大きい人なので首相を目指した」ということで、単に権力欲だったように聞こえてしまう。政治家の答えとしては0点である。

 

さらに2019年のテレビ番組では、首相に就く前の岸田さんは、「首相になって何をやりたいか?」と問われて「人事」と答えたことがある(LINK)。彼は日本をどうしたいかではなく、単に権限を握って差配をすることにしか関心がないことが、言葉の節々によく表れていると思う。結局、岸田首相が政権についてやっているのは、増税

 

そして大臣には5人の女性を登用して話題性を図ったが、13日の記者会見では岸田首相は「女性ならではの感性や共感」という表現を用いてジェンダーバイアスの強さを露呈してしまった(LINK)。だいたい自民党女性局のパリ視察で炎上したのに、女性登用がなぜポジティブな反応になると思ったのか理解不能である、そして、話題性を狙って女性大臣を増やしたのに、副大臣・政務官では女性議員が0人になっており、チグハグさが目立つ。

 

適材適所の人事だった、そもそも女性議員は母数が少ないと説明しているが、前回11人いたのに今回は0人で、54人枠のポストで女性が0人というのは、自民党に適材の女性議員がいないと言っているようなものだし、副大臣や政務官には「女性ならではの感性や共感」は不要なのかということにもなり、説明と人事に整合性が取れない。

 

私は男性だから女性だからというジェンダーバイアスは嫌いであるし、女性だから登用という点には否定的だが、大臣枠で話題性で女性を増やしているのに、副大臣・政務官では女性議員が0人というと、明らかに女性0人は目立ってしまうので回避しようと思うものであり、それを平気でやってしまう点に、岸田首相の絶望的なセンスの無さが出ている。副大臣・政務官では女性議員が0人の説明として、女性議員の母数を問題にしているが、国会議員の女性の割合は1割程度だから、確率論的には54人中4~5人は女性でもおかしくない。そこがあえて0人で、適材適所の人事でこうなったと言えば、よほど与党には女性議員に適任者がいないのか、となってしまう。ここらへんに考えが及ばない点が、岸田首相の絶望的な感性の鈍さである。

 

次回選挙で与党の議席数が気になるところだ。日本維新の会の躍進や、国民民主党との連立内閣もあり得るかもしれない。今後の政治はなかなか波乱含みかもしれない。

 

本作はハプスブルク家最後の皇妃であるエリザベートを描く。堅苦しい宮廷生活に馴染まず、自由を渇望し旅を愛したエリザベートのある1年を、大胆な創作を絡めて描き出し、彼女の内面に迫る。本作で主演のヴィッキー・クリープスは第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の最優秀演技賞を受賞しているが、彼女の存在感と説得力は凄まじい。

最初は史実に忠実かなと思ったが、徐々に歴史的事実のチグハグさに気が付き、やがてエリザベートの内面の描写に重点があるのだと分かる。自由を渇望した彼女の内面が痛々しいほどに史実と創作を交えて描かれているが、ややその露骨さが鼻につくかもしれない。

原題は「Corsage」で、コルセットのことだ。女性のウエストを美しく見せる一方で、身に着けている最中は圧迫されるので苦しく、また、女性に美の価値観を押し付けるものだった。こうあるべきという身体すら規定する鬱屈とした当時の宮廷社会の批判的なタイトルである。そして、貴族社会真っ盛りであるのに建築物が老朽化しているシーンや、終盤に登場する近代的船は、時代考証はさほど重視していないという作り手のメッセージだろう。

本作は1878年が舞台だが、歴史的事実として、そのちょうど20年後にエリザベートはスイスで暗殺されている。不遇なエリザベート周辺の歴史を下記の通り紐解くと本当に「事実は小説よりも奇なり」である。

本映画にも登場するエリザベートの息子は男爵令嬢と謎の死を遂げ、「マイヤーリンク事件」として記憶されている。その娘のエリザベートは帝国崩壊を見届け社会党の政治家と結婚し、「赤い皇女」と呼ばれた。結局、ヨーゼフⅠ世の弟の息子(ヨーゼフⅠ世からみて甥)のフランツ・フェルディナント大公が帝位の承継予定者となるも、彼はボヘミアの伯爵令嬢と”貴賤結婚”をした挙句に「サラエボ事件」で暗殺され、第一次世界大戦のきっかけとなっている。結局、帝位はフェルディナント大公の暗殺で、フランツ・ヨーゼフ1世の弟のオーストリア大公であるカール・ルートヴィヒの孫カール1世が継承しているが、第一次世界大戦に敗れて帝位を追われ、莫大な皇室財産のほとんどを新生オーストリア共和国に没収された挙句、困窮の中で亡くなった。なお、エリザベートの夫のヨーゼフⅠ世の弟は、マクシミリアンであるが、メキシコ皇帝に即位するも帝国崩壊とともに処刑されている。

さて、歴史の話にズレたが、オーストリア・ハンガリー帝国の実質的な最後の皇后であるエリザベートの内面を描く映画として本作はなかなか秀逸だったと思う。創作的な描写が意見は分かれるだろうが、フィクションとして観ればいいだろう。彼女の内面描写として観るとなかなか興味深かったし、特にBGMはなかなか効果的な使用法だったと思う。

東京都港区は来年度以降、全区立中学校3年生の修学旅行の行き先を海外とすることを決めた。区や日本修学旅行協会によると、全ての公立中で海外修学旅行を行う自治体は都内初で全国的にも珍しいという。生徒の自己負担分を超える額を区が負担する。(中略)来年度の行き先はシンガポール。(中略)生徒の負担額は本年度までの京都・奈良などでかかる約7万円以内に収めるという。単純計算で区負担は1人当たり約67万円。(以下略)ー東京新聞

 

東京都といっても23区ではかなりの格差がある。平均年収(※)でみると、第1位の港区1185万円、2位千代田区985万円であるが、一方で、22位は足立区357万円、23区最下位は葛飾区357万円である。3.3倍ぐらいの差がある。港区は高所得世帯が多く、税収も潤沢なので行政サービスも良いのだ。

※出典:ARUHIマガジン (LINK)

 

日本の一人当たりGDPはもはや世界ではトップ20位にも入っていないが、港区や千代田区に限って言えば、円安の現在でもスイス・シンガポールなどの高所得国と比較しても遜色ないレベルである。一方で、例えば、秋田県の一人当たり県民所得は258万円で、米ドル換算だと1万7646ドルに過ぎないが、これは経済危機に陥っていたギリシャより低く、旧共産圏のポーランドやハンガリーと大差ない水準である。国家間での比較も重要だが、こうした国内格差が著しく拡大していることも強く認識する必要がある。

 

私が中学生の頃は、まだ韓国、台湾、香港、シンガポールは、「アジア四小龍」と教科書にあったと記憶しており、経済成長著しい新興国だったが、現在だと香港・シンガポールは一人当たり所得では日本を抜き去り、韓国・台湾も猛追しており、初任給等の水準では韓国は日本を追い越した(ただ一方で韓国は就職のハードルは日本より高いのであるが)。

 

正直、日本の田舎の県の場合、東南アジアの大都市と比較して所得水準では差がなく、例えば、デパートもない島根県、山形県、徳島県などだと、東南アジアの大都市のバンコク・クアラルンプールのほうが便利で快適だし都会的だ。世界はフラット化するといわれたが、これは誤りで、世界は局地的に豊かなエリアが次々に出現するスパイキー化する世界なのである。

 

裕福で良い立地に住めば、それなりの人が住んでおり、良い人間関係を持て、また、子供も良い教育を享受でき、それなりの身のこなしや話し方なども自然と身につく。「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。」( マタイによる福音書25章29節)というところから、マタイ効果といわれるが、まさにそれである。

 

岩手県安比高原に英国名門校ハロウスクールが全寮制インターナショナルスクール「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」を開校し話題になったが、年間1000万円の費用が程度かかるので、明らかに相手にしているのは超富裕層(金融資産のみで少なくとも5億はある社会階層)のみである。欧米でも超富裕層はボーディングスクールに子供を通わせるが、それは教育の良さだけが理由ではない。よくネットの書き込みでは教育内容は公立学校と大差ない云々と書かれていたが、上位階層の狙いは、同じ程度の経済力を有する同じ社会階層とだけ付き合いたいというものであろう。そこらの庶民と付き合っても何のメリットもないが、実業家同士のネットワークは新しい投資や新規ビジネスにつながる可能性がありメリットが大きい。富はさらに富を生む。

 

地方だと修学旅行先が京都・奈良・東京・大阪だったりするようだが、東京の人からすると地方はせいぜい旅行先に過ぎない。海外旅行経験率は東京都と地方だと7倍以上の差があったりする。今回の港区の取り組みは進行する「格差社会」をよく象徴しているように思う。日本は「総中流社会」などと隠蔽してきたが、社会階層は歴然と存在するのだ。

 

おまけに都会の金持ちはひ弱というイメージもあるが、エリート家庭が多い慶應義塾高等学校野球部が優勝したことから分かるように、金持ちやエリートがひ弱というのも印象論に過ぎない。バランスよく栄養ある食事が出来て、スポーツ用具などもそれなりのものを揃えられて、一流の指導者を雇える富裕層のほうが有利に決まっている。上流家庭はスポーツを嗜み、名門大を卒業して、一流企業に入社して、再び上流家庭を形成する。彼らが主にみているのは地方ではなく海外だ。

 

GHQが戦後に華族制を配して上流階級を解体したが、80年近くが経過して徐々に階級社会が蘇ってきた。大学はAO推薦入試を拡大しようとしているが、面接が行われれば、教授が好む社会階層を選抜することになり、格差社会が進むだろう。言い換えれば新しい階級社会の出現である。これがどういう結果を生むのかは予見できない。それぞれ社会階層で平穏に暮らし安定するかもしれないし、新たな階層闘争が生じる可能性も有る。ただ日本の国民性からいってフランスのような革命は望まず、平穏な階級社会に回帰するだろうと個人的には思う。

コロナもだいぶ沈静化ということで、秋に東南アジアを旅行予定。特典航空券で行きたかったけど、特典航空券が全然空いておらず、それは来春のホーチミン行きのチケット(ビジネスクラス)にしておきました。今回の旅行先はバンコク。本当は欧米にしようかと思ったけど、あまり長時間のフライト好きじゃない&ヘイトクライムが怖いのでアジアにしました。それにしても海外旅行すると、経済情勢を痛感しますね。。円安でホテル代も思ったより高い。。

 

外資系の最高級クラスのマンダリンホテルやフォーシーズンズクラスは1泊約7万となかなかのお値段。パークハイアットやペニンシュラで1泊約5万、インターコンチネンタルやウォルドルフ・アストリア1泊4万、コンラッドやJWマリオットクラスで1泊3万前後か(これでも先進国と比較するとお手頃価格か・・・)。円高の時は半額近かったのに。。

 

ほんとレオナルド・ディカプリオ主演の映画「ザ・ビーチ」が撮影された当時と違って、バンコクってもはや外資系の高級ホテルが乱立する大都市だなと感じる。。タイも一人当たりGDPがここ20年で4倍ですもんね。。とはいえ、一人当たりGDP(IMF統計)でみると、日本は3万5000ドル、タイ8000ドルなので、日本の方が平均的にみると全然豊かなんですけどね。おまけにタイは出生率が1.3程度まで低下して、2028年には人口減少に転じる予測なので、経済成長はいまが限界であろう。

 

それにしても、いつも海外保険は、クレカ付帯の海外保険で済ましているのだが、楽天のプレミアムカードの海外保険の適用条件をみたら改悪されてる・・・。個人でいろいろ飛行機やホテルを手配する場合、適用されないじゃん。楽天は改悪が続くなぁ。。他のクレジットカードほ海外保険でカバーできないか検討だな。

 

保険が有効となるには、日本を出国する以前に 『募集型企画旅行の料金』 に該当する代金を 利用条件のある楽天カードで支払っていることが条件になります。

-- 楽天カード 海外旅行傷害保険

 

旅行の目当てはバンコク現代美術館、王宮、ムアンボーラーン(タイの有名建築物を一堂に会したテーマパーク)など。タイの建築・文化・芸術とかを感じてきたいと思います。