第63回アカデミー作品賞及び第48回ゴールデングローブ作品賞受賞作。3時間におよぶ大作だが、全く冗長な印象を受けない不朽の名作である。南北戦争中のアメリカを舞台に、北軍の中尉が任地のフロンティア(アメリカ西部)を舞台に、インディアンと次第に心を通じ合わせていくという長編の叙事詩である。インディアンの虐殺を行い、バッファローを乱獲し絶滅寸前にまで追い込んだ白人至上主義への反省と、フロンティアという最後のアメリカの原風景への郷愁が描かれている。映画中で使用されるインディアンの言葉は実際に使用されていたものだという。西部開拓時代は1860年代から1890年のフロンティア消滅までの時期をいう。意外短く30年ぐらいである。フロンティア消滅は、白人によるアメリカ大陸の征服の完成を意味した。本作は、その歴史の一コマを見事に描写している。アメリカの歴史映画として歴史に名を残す名作である。アメリカ好きなら必見。

 

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1960年公開のアルフレッド・ヒッチコック監督作品のモノクロ映画である。食わず嫌いで観てなかった作品。ホラー映画と勘違いしていたが、サスペンス映画だった。話のもとになったのは猟奇殺人犯のエド・ゲイン。「羊たち沈黙」で登場する殺人犯もこれがモデルである。時間あっという間に過ぎ去るほどに映画に引き込まれる、映画史に燦然と輝く名作である。この映画のオチは、観ながら考えていたが、残念ながら私の予想はすべてハズレで、予想がつかなかった。これは、次に何が来るのかを予測させず、また視聴者に不安感や恐怖感を煽り、一方で映画に引き込むために、意図的にあえて囮として意味深な要素を散りばめられているだろう。映画好きなら観ておいて絶対に損はない映画。ただ怖いのが苦手であれば観ない方がいい:トラウマになっても責任は取れません。

 

 

ジュンク堂をうろうろしていたら見つけた本。2015年10月に開催されたショパンコンクール出場者の様々な記録がまとめられている。今更感があるが、youtubeの動画で復習しながら読んでみた。前回のコンクールは、入賞者6人中、4人がアジア系という結果で、クラシック音楽の多様性が感じられるものであった。

 

三次予選ぐらいまでいくとyoutube等でも観ることが多いが、予備選の方はあまり関心がなかったが、本書を読んで、予備選で落選した人の演奏もyoutubeで聞いてみた。予備予選落選組とはいえ、ショパンコンクールともなると、自身の出身地では神童として、地元のコンクールでは上位入賞の経歴の持ち主が多いはずである。とはいえ、聴いてみると、かなり酷い演奏も散見された。一方で、ブゾーニコンクールでアジア人初の優勝を果たしたムン・ジヨンが辞退、ジョージ・リーがチャイコフスキーコンクール2位に入賞し途中で不参加を表明など、もう少し演奏が聴きたかったピアニストもいた。

 

日本人で唯一残った小林愛実さんは、日本では出場コンクールはほとんど優勝してしまう神童だったが、残念ながら今回は惜しくも入賞を逃した。緊張なのか分からないが、バラードは若干崩壊気味で、英雄ポロネーズも勇ましく見事な演奏なもののミスタッチが気になった。コンチェルトは細かいパッセージが全体的な響きのなかに埋没してしまう。ぜひ次回は入賞を果たしてほしいものだ。

 

優勝者は韓国人としては初のチョ・ソンジンで、貫禄がある演奏だった。ショパンらしい憂いはいまいちな感じがしたが優勝に相応しい堂々とした演奏であった。韓国は、芸術への投資に力を入れているが、韓国のピアニズムの成熟を感じられる圧巻な演奏だった。第2位のアムランは26歳ということもあって、非常に成熟した大人な演奏で見事であった。この演奏がさらに円熟したらどうなるのか楽しみである。第3位のケイト・リュウは、演奏が始まるとまるで何かが憑依したように音を奏でるのが印象的である。時たま彼女にしかみえない音楽世界を眺めるような演奏スタイルは天性のものだろう。テンポ・ルバートも恣意的ではなく、音も天から降りてきたようで不思議な感覚にとらわれる。細見な外見ではあるが音はしっかりしている。第4位のエリック・ルーは音が非常に澄んでいてあまりにも美しい。洗練されていて、都会的な美的なセンスが感じられる。ただ、ショパンのマズルカとの相性はいかがだろうか。第5位は、トニー・ヤン。まだ16歳というから驚かされる。音も非常に綺麗で、構成もしっかりしているが、どこか若さを感じる。今後の数十年後に爛熟した演奏をしてくれるだろうと期待される。第6位はシンキン。音に芯があり重厚な印象を受ける。演奏の対比がしっかりしており、どこかモダンな印象を受ける。ただ演奏中に口をすぼめるようなしぐさが気になる。

 

演奏もさることながら気になったのが、ピアノメーカーである。公式メーカーはスタインウェイ・ヤマハ・カワイ・ファツィオリである。1次予選の使用ピアノではなんと初めてヤマハが最多だった。その後も世界最高のピアノことスタインウェイと拮抗し、ヤマハが最多の使用頻度だった。ヤマハ・スタインウェイに次いで、カワイも健闘したが、イタリアの名器ファツィオリは1次で1回使用されたのみだった。ファツィオリの音は聴く限りでは好きな音だが(私は弾いたことはない)、あまり普及していないのでファツィオリを弾き慣れているピアニストも少ないため、あまり選ばれなかったのだろう。欧米によりも短いピアノの歴史しかない我が国のヤマハが名のあるコンクールでここまで選ばれるとは非常に喜ばしい。カワイはタッチは重めで音も重厚なので弾く曲を選ぶが、ヤマハはタッチも音も非常に汎用的。さすが、世界シェアトップのピアノである。ただヤマハがスタインウェイを凌ぐほどに成長するとは、おそらく誰も予想してなかっただろう。

 

実はまたピアノのレッスンを再開した。忙しいので月1回程度のレッスンだが、曲のレパートリーを広げていこうと思う。都内で暮らしているので難しいが、いつかグランドピアノを購入したい。ヤマハが最もメンテナンス等も楽だが、ディアパソンの音が好きなので、ディアパソンのグランドを買うのが目標である。. . . それにしてもブログが趣味の記事だらけで恐縮である。


中国の若き巨匠ジャジャンクーの2014年公開作品。第66回カンヌ国際映画祭脚本賞受賞作。急速に社会変化する中国を舞台に4つの事件から、中国における社会のひずみ、そしてその不条理にもがく人、一方で暴力的に反発する人などを描き、中国の社会問題を浮き彫りにする。すべて実話である。山西省の炭鉱作業員は正義感が強く、炭鉱の不正を告発しようとするが逆に滅多打ちにされ、意を決した彼は猟銃を手に取る。重慶出身の若き強盗は、妻子のために強盗を繰り返す。夫が何をやっているのか察した妻のそれとない制止もむなくし、ふたたび街へと向かうのだった。湖北省の風俗で受付係をやっている女性は、既婚者に思いをよせているが、ある時、客に執拗に迫られ、女性の尊厳のためにナイフをとる。広東省のナイトクラブの青年は、ある女性に恋をするが、彼女には秘密があった。その秘密をしった彼は、お金にも困り、ついに自分の命を絶ってしまう。それぞれ決して悪人になろうと思ったわけではない。しかし、社会変化がそうせざるを得ない状況を醸成してしまったのだ。映画は農村社会の事件から、都会での事件へと進んでいき、中国社会経済の発展をみているようである。印象的なのはシンボリックに使われる動物である。虎、馬、蛇..。動物が映像にメッセージ性を上手く与えている。ラストは京劇の「玉堂春」にて、裁判官が罪を罪人に問うシーンにて締めくくられる。巨匠の名前をほしいままにするジャジャンクー監督の力量が随所に感じられる作品である。



わが愛の譜 滝廉太郎物語 [DVD]/TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)

滝廉太郎は、教科書に出てくるので顔ぐらいは知っているだろう。上級武士の家に生まれ、現代の東京芸術大に通い、国費にてドイツ留学を果たした、当時の音楽界のホープであった。しかし、結核に倒れ23歳でなくなってしまった。滝がもう少し生きていたら多くの名曲を残しただろうと悔やまれる。本映画は東京音楽学校入学頃から、彼が亡くなるまでを描いた作品である。随所に出てくる彼の名曲は聴いていて心地よい。映画としては平凡な出来だが、伝記映画としてはなかなか良い。ちなみに、滝は「荒城の月」「隅田川」などの歌曲で有名であるが、ピアノ曲も2曲残しており、「メヌエット」はわが国最初にピアノ曲だという。もう1曲が辞世の曲「憾」である。ピアノ曲はあまり演奏される機会はないが、日本のピアノ曲の歴史において重要な曲であると思われるので、もう少し注目されても良いのではないかと思われる。

以前の記事で、次のように書いた。

 

近々募集停止する法科大学院の有力候補はH28の入学者が10人未満の次の8校だろう。駒澤大9、南山大9、近畿大9、金沢大8、琉球大8、愛知大7、福岡大5、北海学園大1である。H28年度の対定員での入学者比率が50%未満の大学も募集停止の有力候補である。なぜなら定員の半分も入学がないことは確実に赤字を意味し、大学経営の足かせとなっている可能性が高いからである。全部で15校ある。千葉、横浜国立、名古屋、北海学園、青山学院、駒澤、法政、明治、立教、 桐蔭横浜 、愛知、南山、立命館、近畿、福岡である。10人未満かつ定員充足率が50%未満の、駒沢・南山・近畿・福岡・愛知・北海学園6校は近々募集停止の最有力候補である。

 

そうしたところ、北海学園大法科大学院が募集停止した(ソース)。これで74校あった法科大学院は42校にまで激減したことになる。

 

大学経営の観点からいえば、赤字の法科大学院を維持することは、大学のメンツを維持する以外に特段理由がない。10人未満かつ定員充足率が50%未満の法科大学院は残り5校。駒沢・南山・近畿・福岡・愛知であるが、募集停止は時間の問題だろう。法科大学院の志願者数が回復することは絶望的だからだ。ただ、平成27~28年に募集停止ラッシュがきたが、下位校が一斉に淘汰されたことで、一旦募集停止は落ち着きを見せているように思われる。今後も数校は募集停止となるだろうが、残っている法科大学院はメンツのために意地で法科大学院を存続させると考えると、30校代で法科大学院は今後数年間は推移するかもしれない。
募集停止数
平成23年 1校
平成25年 4校
平成27年 13校
平成28年 11校
平成29年 2校
平成30年 1校

 

ただ、法科大学院志願者の減少によって司法試験受験者も減るので、質を維持するために合格率を2割程度にとどめるのであれば、司法試験合格者は減らすしかない()。司法試験合格者は減らさないとすれば、予備試験合格者を増やす()又は合格率を上げる対応となる() --- 法科大学院修了生を増やすこともありうるが現実的ではない。合格率は維持するし、合格者数も2000人程度を維持するのであれば、志願者数を増やさなければならず、もはや受験資格を撤廃するしかない()。下記の計算式の3つの変数のどれを維持すべきかによって、対策は変わってくる。

志願者数(法科大学院修了生及び予備試験合格者)×合格率司法試験合格者数

 

 

文科省は法科大学院制度を維持したい思惑なので、④の選択肢はない。試験を容易にして合格率を上げる③という選択肢はナンセンスなので、取りうる政策は①か②となる。しかし、②の場合、予備試験合格者を増やせば増やすほどに、高額な法科大学院へ行くメリットが減じてしまい、法科大学院離れが加速する。①のように合格者数を減らす以外に現実的な選択肢はないのではないだろうか - 弁護士の就職状況も改善するだろう。法科大学院離れを止めるのであれば、法科大学院修了すると、司法試験の一定の科目が免除などのメリットを設けることも考えられる。ただ、こう考えてみると、もはや法科大学院制度の維持が自己目的化してしまい、なんのための司法制度改革だったのか分からなくなってくる。

 

 

ゆとり教育で学力低下を招き、スーパーグローバルで各大学に金をばらまいたが世界ランキングで軒並み日本の大学は順位を落とし、法科大学院は大失敗。文科省は失政だらけだが、一体だれがこの責任を取るのか。教育政策の方向性は、しっかりと政治家が示すべきであるが、文科大臣が元プロレスラー、文科副大臣が元ヤンキー。何の役に立つか分からない道徳教育が云々と語っているようでは、我が国の教育政策が好転するのは絶望的だろう。

東京都府中市は今年度から、入庁3年目の市職員全50人を自衛隊に2泊3日で体験入隊させる。研修の一環で、同市は「厳しい規律の中で『ゆとり世代』の若手職員を鍛え直したい」とその意義を強調。ただ、識者からは否定的な意見も出ている。研修は同市内にある航空自衛隊府中基地で実施。事務職、技術職、保育士職の全員が6月の平日3日間を使い、災害時の救助活動やあいさつ、行進などの基本動作の訓練を行う。宿泊を伴う集団生活では時間厳守や整理整頓も重視される。同市の入庁3年目は、初めて配置された部署から異動する時期。一部の職員には自分が何をすべきかを見失ったり、積極性に欠けたりする傾向が見られるという。このため、市職員課は「規律に厳しい自衛隊の訓練を通じて、ゆとり世代があまり経験していない上下関係を学び、チームワークや積極性などの向上につなげたい」としている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20160526-OYT1T50163.html

 

府中市で、3年目の職員を全員自衛隊研修に行かせるという。一部企業でもこうした自衛隊研修などを好むようである。わたしの友人は地方紙記者だったが、そこも自衛隊研修があったという。彼曰く「何の役にも立たない経験」だそうである。だが、記者はハードな仕事なので、研修の段階で数日の自衛隊研修にも耐えられない人材を振るい落とすという点ではスクリーニングの効果があり、一定の意義はあるだろう。また、工場労働者のような、上の指示に忠実に動く人材が重宝される業界で、上下関係の厳しい研修が好まれるのは理屈として分からなくはない。市役所の職員でも、事務職などは分からなくはないが、保育士にまで自衛隊研修を行わせる理由が全く見当たらない。合理的な論拠があれば教えてほしい。

 

また、「一部の職員には自分が何をすべきかを見失ったり、積極性に欠けたりする傾向が見られる」から、自衛隊研修というのも、全く理解不能のである - まず考えるべきは採用の問題ではないのか(そして採用担当者の責任である)。自衛隊研修と、それによって期待される研修の効果が、希望的観測の域を出ていない。自衛隊研修の導入は「こうした教育をすれば、~になる」という教育万能論に基づく、願望的な施策である。チームワークなどの集団行動などは訓練などで身につくという信仰があるが、アスペルガー症候群のように(またアスペルガー症候群とまでいかなくとも)集団行動が苦手な特性を持つ人はいるわけであり、彼らに集団行動を無理強いするのは、彼らにストレスを与えるだけである。彼らには彼らに適した仕事・役割を与えればいいだけである。

 

また、自衛隊研修などで期待される、規律の尊重、上下関係の尊重等の負の面も考慮しなければならない。規律の厳しさは一方では柔軟な対応や臨機応変な対応に支障をきたす。住民サービスの提供者である市職員が、規律主義に陥る弊害も考慮されねばなるまい。上下関係の尊重も、上の意見に従っておけばよいという発想を抱かせ、自発性を奪うことが危惧される。自衛隊研修による正の教育効果と、負の教育効果を比較衡量し、それが市役所の職員の生産性の向上に役立つのかを判断しなければならないが、府中市の今回の自衛隊研修にそこまでの考慮があるとは到底思われない。

 

また、研修導入などの施策の外部的な効果も考えねばならない。果たして、3年目に自衛隊研修に行かなければならない府中市役所を好んで受験する志願者がどれほどいるのだろう。おそらく自衛隊研修の導入は、市の人材の獲得においてマイナスに働くだろう。また平日3日間をこの研修に充てる「機会費用」も考えなければならない。研修にかかる費用は税金である。市民はこれに納得するのだろうか。そもそも市役所で地自衛隊並みにチームワークで動くことがあるのだろうか。それが3日の研修で身につくのだろうか。トータルでみて、府中市のこの自衛隊研修がプラスに働くのかは甚だ疑問である。

 

市の幹部層や市議等は自衛隊研修の経験などないだろう。 若手に負担を押し付ける年配層が、良く分からない論拠で若者を圧殺する日本社会の縮図をみているようである。年配のワガママ・理想に付き合うほど現代の若手は十分なリターンはもらっていないし、これからも期待できない。府中市の行政のレベルは推して知るべしだろう。