立教大学と桐蔭横浜大学は26日、それぞれ2018年度から法科大学院の学生募集を停止すると発表した。両大学とも司法試験の合格率低迷などで定員割れが続き、今後の学生の確保が難しいと判断した。 今年度の入学者は立教大で19人(定員40人)、桐蔭横浜大は10人(同30人)だった。両大学とも在学中の学生が修了した時点で、廃止の手続きに入る。 法科大学院は04年以降に74校が開校した。文部科学省によると、募集停止(廃止を含む)は両大学を含め34校目。今年度の法科大学院の受験者数は7450人と過去最低だった。-- 日経新聞

 

74校でスタートした法科大学院だが、いままでに32校が募集停止・廃校になり、42校がまだ生存している状態だったが、立教大と桐蔭横浜大の募集停止でちょうど40校にまで減ってしまった。シュルツさんのブログによると、入学状況をみると、南山、立教、桐蔭横浜、近畿、西南学院は下記の3~4項目に該当し、募集停止可能性が高かった。このうち2校が募集停止となった。ただ立教大は意外だった。立教大といえば東京六大学、難関私立MARCHの一角。失礼だが、入学者数をみても福岡大・愛知大・南山大・近畿大・西南学院大が先に募集停止だと思った。立教大の募集停止は、他の大学への影響も大きそうだ。法科大学院の適性試験だが、志願者が公表されたが、5613人で6年連続の減少(共同通信)。昨年より4.4%減ったので、現状で入学者数が10人未満のところは来年あたり淘汰だろう。

 

東京の弁護士の飽和はすごいことになっていて、調べるとわかるが個人事務所も多い。弁護士費用の下落がすごいというが、実際どうなんだろうと思っていたが、実のこと私の勤める会社でも、弁護士費用の見直しをして、弁護士事務所との価格交渉、または弁護士事務所の変更を一部している。さすがに会社経営に関わる重要案件をやっていただく大手事務所は例外だが、簡単な訴訟に関しては、2~3割は値下げしてくれとお願いしている。無理なら他の事務所に変更。どこの企業も同じような動きはあるだろう。よく思うのだが、定型的な内容の簡単な訴訟の場合、答弁書ぐらいはAIで作成できそうだ。登記書面等の申請書面も、AIで自動化できるだろう。法律関係の市場の縮小は、今後も続くだろう。

 

(1)H29年度の入学者数が10人未満

福岡9、愛知8、南山7、近畿6、西南学院3

(2)H29年度の対定員での入学者比率が50%未満 
千葉、横浜国立、駒澤、明治、立教、桐蔭横浜、愛知、南山、立命館、近畿、西南学院、福岡

(3)H29年度入試の競争倍率が2倍未満 
北海道、東北、横浜国立、金沢、青山学院、法政、明治、立教、桐蔭横浜、南山

4項目に該当…南山
3項目に該当…立教、桐蔭横浜、近畿、西南学院
2項目に該当…横浜国立、明治、青山学院、駒澤、愛知、福岡

1項目に該当…東北大、北海道大、金沢大、千葉大、法政大、立命館

 

社会人になっても月1~2ぐらいでピアノのレッスンを受けているが、次の曲はエルネスト・ナザレの曲から選ぼうと思う。ナザレというと日本では無名だが、欧米・南米では知名度はそれなりにあるブラジルの作曲家で19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した。音楽史的には「民族音楽」に分類されるが、基本的に世界史というものは欧米史を中心に構築されているので、ナザレも辺境の作曲家として音楽史の教科書に出てこない。

 

ナザレは貧しい家に生まれながらも、母からピアノをならい、その才能を開花させる。上流階級が出入りする映画館オデオンの待合室でピアニストとして演奏し、晩年は楽譜屋のピアニストとして活躍する。作曲家として名声を得るものの、晩年は聴覚に異常をきたし、家族の不幸から精神を病み、精神病棟に入る。病棟を抜け出した彼は森の滝のそばでピアノに手を伸ばすようなかたちで亡くなっていたという。

 

上の動画のタイトルは「オデオン」であるが(このおじいちゃんの演奏は見事)、オデオンは前述の映画劇場の名前である。映画劇場というといまでこそ庶民の娯楽だが、映画が誕生したばかりのころは高価な娯楽で上流階級の社交場だった。他にも著名な曲には「ろくでなし」「赤ん坊」など日常にありふれたタイトルがつく。ナザレはショパンが好きだったらしいが、たしかにナザレの曲にも哀愁は漂うが、ショパン的な過度な感傷や、流麗な旋律、華麗な装飾音はあまりない。ロマン派にしてはタイトルがあまりにも現実的でありふれている。ここらへんは欧米ロマン派と一線を画し、ブラジルの舞曲をベースにしたブラジル人作曲家である。

 

南米音楽は非常に複雑である。先住民の音楽の影響があるかと思えば、奴隷として連れてこられた黒人のアフリカのリズムがあり、欧米からもたらされた西洋音楽の和声がみてとれる。スペインが南米を植民地化したため文化的な発展から遅れたが、そのために古い音楽がそのまま残っており、ラテン音楽のメロディは中世のスペインで生まれた旋法に近似しているという。南米音楽は音楽史でももう少し取り上げられてもいいと個人的には思う。

 

ロシア音楽というと西洋コンプレックスによる過剰なまでの西洋上流文化の受容、東方正教会ゆえの禁欲による沈黙的な思弁、神秘主義への傾倒が随所にみれる。一方で、南米音楽は地理的に西洋から離れていたためにそういうものと無縁であり、どこか日常的で実用的な雰囲気が漂う。大衆的で楽しげだが、どこかアフリカ奴隷の哀愁も感じられる。

 

私は好きな音楽というとショパン・リストが主で、他にバッハ・ベートーヴェン。現代の作曲家だと断然にマイケル・ナイマンが好きである。この際、ナザレの曲もレパートリーに加えようと思う。ナザレの曲を2~3曲はストックとして持っておきたいところである。

 

 

宮崎幸夫さんは武蔵野音楽大で教鞭も取っているようだが、南米音楽の普及に努められており、ナザレの楽譜集もいくつか出ている。ナザレの曲は技巧的にはさほど難しくはないので、大人でピアノをはじめた方にもおすすめ。

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最近はまっているのがこちらのボルサオの赤ワイン。「いきなりステーキ」でたまたま飲んでおいしかったのだが、近くのスーパーでも売っていたので購入。果実味が豊かでタンニンとのバランスが良く、その割に味わいは軽く、肉料理によく合う。ボルサオはスペインのワイナリーで数々の賞を受賞している(といっても、ワインは財界と評論家等が癒着して値段を釣り上げているので正直評論家が評価しているからとか、値段が高いからというのはあてにならないのだが)。500円以下のワインでまともなものを飲んだことがないが、800~900円以上になるとそこそこ飲めるワインがある。このボルサオは、1000円ほどのワインだが自宅で飲むには十分に美味しい。最近ワインを飲んでいるが、やはりコンビニで一押しのワインはどれも微妙(笑)。ワインは好き好きあるが、ボルサオはコスパも良く飲みやすくオススメである。

経産省の若手官僚が作成した「不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」がネットで話題になっている。これは省内の公募で選ばれた若手官僚が作成した資料だという。ネットでは基本的に肯定的意見が多い。しかし、一方で、渡瀬裕哉氏は「時代遅れのエリートが作ったゴミ」と切り捨て、常見陽平氏も「あれを礼賛する人はバカだと思う」と辛辣。

 

今回のレポートを私も読んだのだが、そもそもの意識が「かつて、人生には目指すべきモデルがあり、 自然と人生設計ができていた。 今は、何をやったら「合格」「100点」か分からない中で、 人生100年、自分の生き方を自分で決断しなければならない。」であるが、この時点でズレている。いつの時代だって人生に合格や点数などない。この考えの前提には「東大卒官僚は100点」というかび臭いエリート主義の残滓がみてとれる。人生には目指すべきモデルがあったと信じているのは一部のエリート大卒層だけだ。「自分の生き方を自分で決断しなければならない」というのが、親や先生のいいなりに生きてきた官僚らしい発想である。大多数の人は自分の生き方を自分で決断して、自分の人生を生きているし、そういう人々の活動の蓄積が社会を発展させてきたのではないか。

 

続けて「「サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし」という 「昭和の人生すごろく」のコンプリート率は、既に大幅に下がっている。」という。ここでいう昭和の人生すごろく的な仕事のライフコースを送っているのは50年代生まれでも3割ぐらいしかいない(と資料11にあるが、自分たちで書いていておかしいと思わなかったのか)。7割はそんな人生を送っていないわけで、これを標準とみなすのも誤りだ。東大卒官僚からすれば、高卒自営業者はそもそもすごろくの標準コースから外れた連中に過ぎないということか。よくこんな差別意識が滲む資料を公表できたものである。

 

結局、問題意識は、「「自由の中にも秩序があり、 個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」 を創るための努力をはじめなければならないのではないか。」と落ち着くが、無内容で抽象的で当たり障りがなく官僚らしい。

 

「手厚い年金や医療も、必ずしも高齢者を幸せにしていない」、「社会のひずみの縮図のような弱者が生まれている」、「若者の社会貢献意識は高いのに、活躍できていない」という個別的な話に進んでいくが、各論自体はすべて随分と前から指摘されている話で、なんの目新しさもない。おまけに各論の政策は経産省が所管していないので何の手立てもない。

 

だいたい他人事のように資料を書いているが、そうした問題のある社会システムを構築してきたのも、問題を解決しないで放置してきたのも、そもそも君たち官僚やん。政府は税金という巨大な集金装置のおかげでお金がどんどん入ってくるので失敗に気が付けないから、こんなどうでもいい今更感溢れるレポートを、税金で食ってる官僚が作成して公開してしまう。政府に必要なのは、上から目線のパターナリスティックな政策の自粛であろう。プレミアムフライデーのような税金の無駄でしかなおバカな政策ぐらいしかやることないなら経済産業省は要らない。

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小林愛実さんのピアノコンサートへ本日行ってきた。会場は練馬文化センターの小ホール(つつじホール)。小林愛実さんは子供のころからピティナのコンクールで優勝を重ねるなど天才少女として有名で、「題名のない音楽会」などでの出演歴もある。名門の桐朋女子高音楽科を経て名門カーティス音楽院へ留学。2015年度のショパンピアノコンクールでは日本人として唯一ファイナリストに入ったが、惜しくも入賞は逃した。ショパンコンクールに挑む様子は「情熱大陸」でも報道されたので、覚えている方も多いだろう。

 

プログラムは下記である。練馬区の独立70周年イベントの一環らしく、パリで活躍した音楽家を中心としたプログラムである。独立というと大げさだが、もともと練馬区は板橋区の一部で、1947年に23区目として独立した経緯がある(なぜパリなのかは分からない・・・)。練馬区立美術館で記念展示も行われているらしいが、1駅離れていたので時間的に観に行けなかった。

 

第1部

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 《トルコ行進曲付》
ショパン:2つのノクターンよりOp.62-1
ショパン:ポロネーズ第6番「英雄」 変イ長調 op.53

 

第2部
ドビュッシー:版画(塔、グラナダの夕べ、雨の庭)
リスト:3つのペトラルカのソネットより「ペトラルカのソネット第123番」
リスト:巡礼の年第2年「イタリア」より 「ダンテを読んで」(ソナタ風幻想曲)

 

アンコール

リスト:3つのペトラルカのソネットより「ペトラルカのソネット第47番」

ショパン:ワルツ op.17-4

 

もともとプログラムは1部と2部が逆だったが、構成が突如変更された。ホールの音響はそんなによいとは感じなかったが、前から6列目だったのでピアノの音色は堪能できた。演奏ピアノはスタインウェイで、なめらかな暖色系の音色だった。小林さんは、濃紺のシックなドレスで登場。モーツァルトの演奏は、ペダルをうまく使っく音色を使い分け、端正がとれており、またとても上品。次のノクターンも非常に音楽性ある演奏で、シックにまとめた。英雄ポロネーズも力強く雄大だったが、ミスタッチが散見され、せっかくの和音の響きが失われている箇所があったのが残念。第2部は本当に見事。ドビュッシーは色彩と音色を使い分けて繊細に曲を描き、またリストは、深淵な思考を音楽的に表現し、またヴィルトゥオーソの安定した技巧を披露した。アンコールの曲も、20代前半とは思えないとても落ち着いた円熟した演奏だった。

 

ただ若干疲れた様子で、演奏終了後もちょっと晴れやかではないお顔なのが気になった。開始も5分遅れ、また第2部では曲の合間に袖にいったん隠れたり。情熱大陸でももともと引っ込み思案なのを治すためにピアノをはじめて才能を開花させたらしく、根が繊細なのかな。以前いったユジャ・ワン牛牛のコンサートだと、拍手がなりやまずアンコールが4曲も5曲も披露されたが、会場は小林さんの様子を察してか、アンコール2曲目で拍手が終了し、静かにコンサートは終了した。

 

小林さんはショパンコンクールで入賞できなかったのが相当なショックだったらしいが、次回の入賞を目指してほしいところ。若手ピアニストの中でも活躍が期待されるピアニストなので、今後の活躍が楽しみである。