X-MENシリーズを観てきた。X -MENシリーズは2000年に1作目が公開され、スピンオフ作品も含め、9作公開されている(「デッドプール」を含めれば10作)。アメリカの二大コミックといえば「マーベル」と「DCコミック」であるが、X-MENはマーベル発のヒーローである。ヒュージャックマン演じるウルヴァリンは、これが最後だという。ヒュージャックマン演じるウルヴァリンはこれで見納めである。
映画のタイトルからもわかるように本作はウルヴァリンではなく年老いたローガンが主人公である。アメコミとは思えないような西部劇風の世界観で、バットマンシリーズの「ダークナイト」のような大人向けの作品になっている。残虐シーンが多いのでR15指定。本作はコミック「X-23」「Old Man LOGAN」などをベースに、西部劇映画「シェーン」の影響を受けている。尚、でローガンと手をローラが手をつなぐ映画ポスターがあるが、あれはシンドラーのリストのポスターがモチーフで、ミュータント迫害とユダヤ人迫害を重ねている。
チャールズやローガンの最期も衝撃的だったが、しかしながら、一番衝撃なのが、もはやアメリカが自由の国ではなく、ミュータントは排斥の対象となり、拝金主義に支配され軍が幅を利かす国家と描かれ、カナダの国境を目指すというストーリー展開になっている点である。X -MENシリーズは主にミュータントとホモサピエンスの戦いであり、それは最初のシリーズのラスト(2006年)では両者が和解するというハッピーエンドで終わった。しかし、その公開から10年の時を経過して、アメリカは寛容さを失い、トランプ政権によって排他的なアメリカになりつつある。映画中、ローガンが「「自由の女神」は昔の話だ」というセリフがあるが、これはシリーズの最初の作品のラストが自由の女神であったことと、自由の女神が象徴する自由がもはやアメリカにはないことを示している。クライマックスで、ローガンが亡くなり、その墓にたたずむローラはその墓の十字架を「X」のかたちに置き換える。そのXの向こうで、ミュータントの子供たちは国境に走っていく・・・自由なカナダへと。「X- MEN」が守ろうとした共存の道は閉ざされたことを示すようなラストになっている。現在のアメリカへの痛烈な社会批判となっている。
アメコミとしてみるというより、ローガンという男の人生の生き様をみる映画である。ローガンは自分の愛した女はみんな死ぬというが、自分の遺伝子から生まれたローラは自由なカナダへと走っていく。ローガンの最期はこれでいいのか?という人もいるが、ローガンがやっと愛する女性を守れ、亡くなっていくのだ。これ以上のラストがあるのだろうか?
いままでのシリーズとだいぶ趣向が違うが、ウルヴァリンのX-MENシリーズ最終作にしてシリーズ最高の出来である。
映画「ムーンライト」は、ウォン・カーウァイ監督の影響を受けているといわれる。カーウァイ監督作品の主要なものは教養として観ておこうと、「天使の涙」をみてみた。1994年「恋する惑星」は、タランティーノが絶賛し、日本でもヒットしたので知っている人も多いだろう。その作品のスピンオフ的な作品である。世界観等は踏襲しているというが、「恋する惑星」のポップで明るい作風とは違い、「天使の涙」は刹那的でどこか切ない。当時の香港の明るい面を「恋する惑星」で描き、それと対置されるものを「天使の涙」で描写したという感じ。
カーウァイ監督作品を観てて思うのが、映像が魅力的。登場人物をアップで撮るカメラアングル、手取りのように揺れ動く映像、何気ない香港の街の切り取り方やその色調、香港の街中に煌めくネオン。どれも物質的な世界ではなく、その裏に潜む何かを描写することに成功してる。カーウァイ監督映画の不思議な世界観、雰囲気はこのカメラワークからきていると思う。そして、そこに絶妙に流れる音楽。まさに映像芸術である。
カーウァイ監督作品は、「恋する惑星」「天使の涙」「ブエノスアイレス」「花様年華」を観たが、どれもストーリーは明確に覚えていない。というか、そもそも明確な起承転結のストーリーはない。ストーリーは揺蕩って進んでいく。ストーリーは必ずしも直線的ではなく交錯する。実際、「ブエノスアイレス」では脚本がなく、ほとんど即興で演技させていたらしい。カーウァイ監督作品について、よくわからないが好きとか、ストーリーは覚えてないけどたまに観たくなる、という感想を聞く。私も正直最初観たときは良さがあまり分からなかったが、ふとした瞬間に観たくなる。観た瞬間に楽しい映画というより、思い出して浸りたくなるタイプの映画である。特にカーウァイ監督は、恋愛を描く天才で、刹那的に揺れ動く関係を見事に切り取る。
「天使の涙」は途中、正直退屈した。ハリウッド的なストーリーの明快さはないし、何かが起こりそれが完結して映画が終わるわけでもない。ただ、我慢して観ていると、ラストにバイクに乗った男女が走るシーンになり、いままでモヤモヤしていたものが融解していく感じがする。とても不思議な感覚である。これがカーウァイ監督作品の魅力であろう。このような作品は、ハリウッドには期待できない。
好き嫌いは分かれるが、観てみなければ好きになることもないので、カーウァイ監督作品は、一度は視聴をお勧めしたい。
青山学院大は5月31日、2018年度から法科大学院の入学生募集を停止すると発表した。17年度は定員18人と前年度から半減させたが入学者が12人にとどまるなど、志願者の減少で今後の学生確保が難しいと判断した。文部科学省によると、法科大学院は04年度以降に74校が開校し、募集停止(廃止を含む)は35校目。-- 日経新聞
この前、立教大と桐蔭横浜大が募集停止したが、今度は青山学院大も募集停止となった。もともと74校あったのが、39校とほぼ半減。もはや制度崩壊は明白であり、早急に制度の改善を模索すべきである。入学者数が定員の半分に足りていない法科大学院が10校、入学者数が10名以下の法科大学院5校ある。大半の法科大学院の経営は赤字だから、これ以上の赤字を耐えるか否かという経営判断の問題で、もはや時間の問題である。いま考えれば、有名大でありながら早々に募集停止した明治学院大は、経営戦略的には賢明だった。
弁護士1年目の所得の中央値が317万円(平均327万円)であるから、弁護士は、これからわざわざ大学院経由して、2割しか受からない試験を経て、司法修習を1年受けてなる職業ではない。弁護士3.9万人で就職できない若手弁護士が続出しているのに、2030年には弁護士は5万人規模にまで膨らむ。犯罪は激減し、訴訟も低下傾向。他の士業の増加も続く一方で、2030年には日本の総人口は現在から1000万人も減っている。もはや法曹市場が蘇ることはないだろう。
アメリカは試験はほとんどの人が受かるから、その品質の証明としてロースクールが重要であるが、日本は科挙のように試験合格こそが品質の証明であり、わざわざ法科大学院を経る意味がない。法科大学院の存続は原理的に無理があり、そろそろ政府は、方針転換を決断すべきである。
マイケル・ムーアの最新作を視聴。ツタヤに行こうと思ったのだが、Amazonタブレットを買ったことだし、Amazonでレンタルした。レンタルはものによるが本作は300円で、30日以内に視聴を開始し、2日視聴可能だった。返却の手間暇がないので本当に楽。次回も使おうと思う。
ムーア氏の作品は日本公開作品は全部観ているが、内容は悪くはないものの、本作の出来は微妙。ネタがキレたのかなという感じ。特に過激さもなく、ウィットの効いたネタも少ない。設定としては、アメリカ国防総省幹部から相談を受けたムーアが、自身が「侵略者」となって、世界各国から「あるモノ」を略奪し、アメリカに持ち帰るためにヨーロッパに出発するというもの。
ムーアがアメリカに持ち帰るものは下記の通り。
・イタリア:有給休暇。昼休みはゆったり2時間。
・フランス:小学校の給食はしっかりとしたフレンチ。食器も陶器。
・フィンランド:学力は世界一だが、宿題は無し。子供たちは悠々自適に学ぶ。
・スロベニア:大学の授業料が無料。アメリカ人も留学してくる。
・ドイツ:労働時間がわずか週36時間。退社後に上司が部下に連絡するのは法律で禁じられている。
・ポルトガル:麻薬が合法。
・ノルウェー:囚人の人権が守られている。死刑はなく、懲役刑の最高は21年。なのに再犯率は世界最低。
・チュニジア:中絶費用が無料。イスラムのスカーフをするかどうかは本人の判断。
・アイスランド:男女平等が実現し、女性の活躍で政界財界はクリーン。
ちなみに、上記にはアメリカ発のものが多くあり、映画の趣旨としてはアメリカが生み出した良きものを思い出そう、過剰な拝金主義に染まったアメリカを改善しようというものである。
ただ映画をみてて思うのが、そんなにヨーロッパは良いのだろうか、そしてアメリカはダメなのかという気もする。イタリアでは北イタリアで良い企業に勤めている人を取り上げていたが、イタリアは貧しい南部と豊かな北部では全く状況が違う。アメリカのダメなところと、ヨーロッパの良いところを比較すれば、後者が良く見えるのは当然だ。移民がつくった歴史の浅いアメリカと、歴史の長いヨーロッパでは国情があまりにも違い、単純な比較はできない。
例えば、有給に関してだが、アメリカは有給が法律で決まっていないから良くないという論調だが、有給を取得せずにひたすらに働きたい人もいるわけで、休むことを会社と個人の契約の自由に委ねるのは一概に悪いとはいえない。大学の学費もアメリカは高いが、一方で学歴は個人の私的収益を増加させるのだから、受益者負担とすべきなのは当然ではないか。日本でみると、東大は富裕層が多いが、彼らの多くは一流企業に勤めたり、官僚等になり、高給取りになる。東大の学費を安くとどめるには合理性がない。低所得者に限って学費の減免を行えば済む話である。
ただヨーロッパの人生をゆったり楽しむ文化は参考になる。アメリカも長時間働くことが尊ばれ、日本では過労が美徳とされる。日米に共通するのは、貴族文化がないのだ。貴族的な「閑暇」と「優雅」の文化が根付かなかった日米において、「勤労」と「蓄財」が美徳されたのは何ら不思議はない。取り入れられそうなヨーロッパ文化を取り入れる努力は必要だろう。過労大国の日本こそ本作は観るべきかもしれない。

