森美術館と国立新美術館の二館で同時開催の
「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」へ行ってきた。ASEAN設立50周年記念の美術展だ。二館セットで1800円なのでお得。美術館が若干離れているので、移動も含めて観終わるのに3~4時間はかかる。ちなみに、サンシャワーとは東南アジアでよくある晴れているのに雨が降る現象のことである。
それにしても、アジアの現代美術についてあまり明るくなかったが、ここまで洗練されているとは思わなかった。日曜だったがかなり空いていた(やはりアジア美術に興味を持つ人が圧倒的に少ない)。予想以上に素晴らしい美術展なので一押し。急成長するアジアのアートのいまがわかる展示会。以下、気になった作品などを乗せます(本美術展は一部を除き撮影可能です)。
◆国立新美術館

手前の赤いオブジェはインドネシアで虐殺された華僑を追悼するモニュメント。
これは写真のネガで、紛争で夫を亡くしたマレー系イスラム教徒のタイ人の女性たちが映されているが、陽にさらされて真っ黒になっている。彼女たちはいまは団結して自活しているという。陽にさらされたネガは、みえないが現に存在する人を象徴する。そして黒のネガは反射していまの私たちを映す。黒のネガは忘却された過去と、今を生きる人をメタファーだろうか。
ホー・ルイ・アンの講演をまとめたインスタレーションが面白かった。インスタレーションとは、場所や空間を作品として展示するアートである。ホー氏は「汗」を労働の象徴(「記号」)として論を進める。植民地支配で隠蔽された「汗」という記号、そこから植民地支配、西洋に対してまた、現代の各国の労働の疎外の実情にも批判的なまなざしを向ける。講演のラスト、エリザベス女王の人形(上記写真)が手を振り、背を向ける。シンガポールがかつて英国の植民地だったことを示唆し、講演を幕を閉じる。
それにしてもプンカワラという職業は初めて知った。東南アジアは年中暑いので部屋の天井に布をぶらさげ(彼のサイトの下から2枚目で布がぶら下がっているがそれに当たる)、それを左右に揺らして扇風機のように使用するが、それを動かす人をプンカワラというらしい。隠蔽された「汗」(労働)の一例で登場するが、興味深かった。
※彼のサイトに講演の写真があった:サイト。
アンコールには頭部のない仏像が多い。現地では胴体だけの仏像を信仰するが、一方で欧米ではそれを仏教や歴史的文脈から断絶し美術として展示することもある。ベトナム戦争で移住を余儀なくされた作者ディン・Q・レの、美術へのアイロニーを感じる。
ラオスはアメリカに200万トンの爆弾を投下された歴史を持つ。この絵は、爆弾投下直後(着弾前)をテーマにし、破壊・殺戮の一瞬の静寂を描く。あえて破壊の前の静寂を描くことで、これから起こることを観る者に想像させ、それの当事者として立ち合っているかのような臨場感を与えることに成功している。
ミャンマー出身のティン・リンは長く刑務所に収容されていたが、そこで看守から着色料を秘密裏に入手し、囚人服などに絵を描いた。ミャンマーの負の歴史を感じさせるアートである。

クソンウォンの作品。一面の布きれの中に金のネックレスが隠されており、発見すれば持ち帰ることができる。みんな必死に探しているが、はたからみると滑稽だ。人の欲望をあらわにすることで、消費社会と資本主義への批判的なまなざしを感じる作品。
◆森美術館

国立新美術館から森美術館へ移動。入口にはアピチャッポン・ウィーラセタクンの像のオブジェが。タイで神聖とされる像を入口に配置し、ASEANの今後の発展を祈っているかのよう。
マレーシアのクンユウの作品。マレーシアの都会の写真を用いたフォトコラージュ。これは都市の発展を讃美するかのようにみえるが、俗悪にもみえ、その急速な発展へのアイロニーともとれる。こうした派手なものは観る者を楽しませるが、刹那的な印象もある。そこには失われていくものの郷愁すら観念できない。都市発展の両面性をあらわしているようにも思われる。

仏教の思想体系のアビダルマにおける宇宙の要素と、それを存在させる空間を抽象的な図で表現されている。欧米的な物質主義、合理主義とは違うスピリチュアルなモチーフである。
インスタレーションアート。画面の前に大きなクッションがあり寝ころびながら鑑賞が可能。作者のラップから映画・森での創作の様子が次々に動画で流れていく。様々な映像を流し、タイにおける見えざる社会文化の姿を映し出している。
仏教の影響を受けたブンマーの作品。お香を練りこむことで微かにお香をにおわせる。ブンマーが妻の治療のために寺院を訪れた経験に基づくという。円形の図形、茶色一色。静謐な印象を与えて、観る者に落ち着きを与える。
1200個の風鈴が風に揺れて音色を奏でる。フィリピンは暴風雨が多い。そうした空模様を表現しているという。人間は温暖化を引き起こし、気候にも影響を与える。風鈴は鳥獣を追い払う警告としての意味もあるという。鳴り響く風鈴の音を、人間への警告とみるのは深読みし過ぎだろうか。
東南アジアはイスラム教、キリスト教、仏教など宗教も多様で、人種もそれぞれ異なり、文化は多様だ。19~20世紀に経済成長から乗り遅れたものの、もともとは文明を築き、偉大な王国が各国にあり、その文化の素地は盤石だ。大戦後にベトナム戦争、ポルポトの大虐殺など暗いニュースがあり文化の断絶があったが、それを乗り越え、いまASEANは経済成長の軌道に乗りつつある。アジアをただの遅れた地域とみるのは誤りだ。負の歴史の超克、経済成長によって生じる歪み、アジア文化の多様性・重層性、アジア社会の活力、本美術展ではそうしたアジアのいまが感じられる。まことに素晴らしい美術体験で、ぜひ多くの人に鑑賞してもらいたい。
=追伸=
本美術展はやけにレベルが高いと思ったら、キュレーター4人が参加し、数年がかりの緻密な調査に基づいているよう。調査の様子の紹介サイトがあったので、紹介しておく:
サイト。