教育経済学・医療経済学の研究者が、原因と結果の関係を分析する統計手法を分かりやすく解説した本である。著者の一人、中室慶大教授は、「『学力』の経済学」で有名だろう。ビッグデータが数年前から流行っているが、これの分析手法をろくに習得しないままにデータを濫用しているケースは多い。東洋経済やプレジデントのビジネス誌などの独自記事のデータの使い方は滅茶苦茶で読むに堪えないものが多い。
原因と結果で重要なのは、因果関係と相関性の識別である。因果関係とは原因と結果であるが、相関性は2つのことがらに関係はあるが原因と結果の関係にないものをいう。「気温が高いと、アイスクリームの販売量が増える」のは因果関係である。一方で、「ニコラス・ケイジの映画出演本数と溺死者数」に相関性があるが、もちろんただの偶然なので因果関係ではなくただの相関性である。ただの相関なのか、それとも因果関係があるのか。この識別のために計量経済学者は熱心に分析を行う。本書で扱う手法は、次の4つである。
①差の差分析
政策の実施の前後で比較すれば、政策の効果がわかると考える人がいるが、NOである。政策の効果なのか、時間経過によるトレンドによる変化なのかの識別がつかない。そこで用いるのは差の差分析である。「A」のグループと、「B」のグループを用意し、政策実施後の「A」と「B」にどれだけの変化があったのかを求める(「政策前A-政策後A=Aの変化」、「政策前B-政策後B=Bの変化」)。さらに、Aの変化からBの変化をひいたものを、政策の効果と考えるのだ。
これを用いた分析によると「保育所定員率」と「母親の就業率」の間には、因果関係がないという。これまで専業主婦だった人は、保育所の定員が増えようと就業しないのだという。アメリカの調査では、非行に走ったらこんな目にあうぞと脅かす教育法(スケアード・ストレート)について検証したら、逆にその教育を受けた方の犯罪率が上がったという。
②操作変数法
広告を出せば売り上げが上がるのかという問いがある。しかし、広告を出せば売り上げが上がるのか、広告を出すほどに営業熱心なお店だから売り上げが上がるのかの識別はつかない。そういう場合、「結果に直接影響を与えないが、原因に影響を与えることで間接的に結果に影響する」変数を用いる。例えば、広告費の値下げという変数は、広告を出す出さないという原因に影響するが、「売り上げ」には直接の影響はない。このような変数を用いた手法を操作変数法という。
これを用いた研究では、幼少期にテレビを観ていた子供は、小学校入学後の学力が高い傾向があるという。特に移民等にその効果が顕著だったという。テレビは必ずしも有害ともいえないという。
③回帰不連続デザイン
回帰分析などは線形モデルであるが、一定のところでデータが断絶された場合、その両サイドのサンプルから因果関係を推定する手法である。例えば、米国のエリート高校の入学試験のスコアは一定基準で落されるが、この場合、この合否の基準点がカットオフ値になる。このカットオフ値以上の学生と、カットオフ値以下の学生のサンプルを用いて、勉強のできる友人に囲まれると本人の学力は上がるのかというピア効果について検証した研究があるが、残念なことに、ピア効果は確認できなかったという。諸説あるが、やはり学力は友人ではなく、本人の能力の問題らしい。
④マッチング法
広告と売り上げの関係を検証する場合に、100店舗中、広告している店が70店舗と、広告していない店舗が30店舗があるとする。しかし、単純にこれらは比較できない。広告していない店舗は立地が良いので広告の必要性がないかもしれないし、店長が若いのでITに明るく、ネット広告へのハードルが低いのかもしれない。この場合、似た店舗同士を比較しなければならない。立地の良さや店長の年齢を共変量と呼ぶ。この共変量は多様にあるので、これを1つの得点にすることができる。「プロペンシティ・スコア・マッチング法」という。
このマッチング法の検証によると、偏差値の高いA大学と、そこよりは偏差値の低いB大学があるとして、両方に合格したが、Aに行った学生と、Aを蹴ってBに行った学生を比較したところ、卒業後の賃金に有意な差はないという。(ただマイノリティなどはこの結論は当てはまらない)という。大学進学によって得られる人的ネットワークが賃金に正の効果があるからだという)。プロペンシティ・スコア・マッチング法を用いて、学力スコア・高校の規模・高校の教員の質・親の学歴及び職歴・新聞購読状況などの共変量を用いて検証したが、偏差値高い大学に行ったグループと偏差値の低い大学に行ったグループでは統計的な差がないという。偏差値とはただの基準の1つに過ぎず、将来の収入を約束するものではないという。「どこが最高の大学かではなく、誰にとって最高の大学か」を考えなくてはならないという。
とても分かりやすい一冊だった。統計等に興味があればオススメ。よく雑誌や新聞などに出てくる杜撰な調査を見抜く視点を養えるので、教養としてもオススメ。
追伸
ただ本書で「逆の因果関係」の説明において、「犯罪が多いから警察官の数が多い」のであって、逆の因果関係(警察官の数が多いから犯罪が多い)はないと書いている。これはそうともいえない。警察の人出が足りないと、それだけ重大犯罪しか取り扱えない一方で、警察官の人数が増えれば、軽微な犯罪も受理するようになるので、統計上のトータルの犯罪は増える可能性は高い。「犯罪の経済学」では、この逆の因果の問題は一つのテーマである。犯罪分析では、警察の受理方針の影響を受ける犯罪は分析に適さないので、「殺人率」などで分析することが多い。犯罪と警察人数の関係において、「逆の因果関係」がないとの説明は不適であろう。