本屋で見つけて面白そうなので読んでみた。アパレル業界のイノベータ―(変革者)からアパレルの歴史を読み解く入門書。著者も書いているがあくまで入門書のため、紹介しきれていないイノベーターは多いらしい。ただカバー範囲は広く入門書としては良書だと思う。
オートクチュール(高級仕立服)のビジネスは、フレデリック・ワースが始めたという。デザイナーが布地の選定・デザイン・仕上げを一貫して行うビジネスである。それまでは顧客が自分で生地を買って、仕立て屋に持っていきというように分業制だった。そんな中で最初期に名を上げたのがポール・ポワレだった。当時ジャポニスムも流行っていたがポワレは東洋趣味を取り入れて名声を得た。日本の着物に着想を得てデザインされたキモノ・ドレスは女性をコルセットから解放した点で画期的だった。その後、シャネルが登場する。彼女は貧しく孤児として修道院で育ったが、それが白と黒のモノトーンを生んだという。彼女は当時高級素材ではなかったジャージ生地を使用したり、メンズライクな服装を込んだり、当時の上流階級のファッション文化への反逆が感じられるが、それは育ちにあるのだろう。その後、せっかく葬り去ったと思ったコルセット文化を、クリスチャン・ディオールがくびれを強調したデザインとして復活させた。ディオール的なエレガンスが流行るとシャネルは欧州で勢力を失ったが、合理性を尊ぶ米国で機能的なデザインのシャネルは受け入れられていったという。
それにしてもやはり近現代のファッションの震源地はフランス・パリである。これは絶対王政化で宝飾・服飾文化が発達したためだろう。イタリアは中世では欧州の圧倒的先進国であり(フランスの料理文化もイタリアから持ち込まれた)、その後もイタリア貴族の庇護のもとで宝飾・服飾文化が根付いていたので特に北イタリア発のファッションブランドも数多い。一方で、もちろんドイツにも高級ブランドはあるが、どこかドイツのブランドはラグジュアリー感に欠けるのはプロテスタント的な質素倹約の精神の反映だろうか。
20世紀後半には社会情勢も反映しつつ様々なデザイナーが世に出てくる。多文化主義や前衛芸術を取り入れたディオールの後継者のイヴ・サンローラン、ミニスカートで若者革命を起こしたマリー・クワント、英国において「パンクの女王」と異名を取る環境活動家でもあるヴィヴィアン・ウェストウッド、艶やかで柔らかくセクシーなスーツで一世を風靡したジョルジオ・アルマーニ、米国の上流階級という夢をファッションで具現化したラルフ・ローレン、多彩な色彩やプリント生地を使用して男性服に遊びを打ち出したポール・スミスなど挙げればきりがない。しかし、こうしたトレンドは後継者不足というかたちでデザイナーの時代は幕を閉じる。例えば、カルバン・クラインはディレクターがすぐに退任してしまうなど、後継者の育成が難しいことを示しているという。また、後継者によって内実は変容し、もはや消費者は、ブランドの名前が人命だったことすら分からない。
デザイナーの百花繚乱の時代は幕を閉じ、90年代以降は資本家によるマーケティングの時代となる。資金力を武器に次々とブランドを買収し、いまやヴィトンを筆頭にハイブランドを抱えるLVMHは売上高5兆円を上回る巨大コングロマリットになっている。それに続くのがグッチを擁するケリングだが、連結で3兆円を超えている。こうした一方でZARAの創業者オルテガはファストファッションを生み出し世界展開に成功する。日本では柳井がユニクロを成功させたが、持株会社のファーストリテイリングの売り上げは2兆円を超しているから、ラグジュアリーブランドのコングロマリットと遜色ない勢力である。
こうした90年代以降のグローバル化によりデザイナーは単にデザインだけしていれば良いのではなく、より世界市場で注目を集められるように広告から販促、店舗展開なども一貫してブランディングを行う必要性が出てくる。最近ではデザイナーではなく「クリエイティブ・ディレクター」というのはそのためだ。そのはしりとなったのがトム・フォードだ。彼は倒産寸前だったグッチ(本書ではそのいきさつが紹介されていないがなかなかこれも陰謀渦巻いていて面白い話ではある・・・)をたてなおして一躍注目された。現在は独立してブランドをつくり、映画監督としても活躍している。ただ世界展開はやはり難しく、ドルチェ&ガッバーナはローカリゼーションを取り入れて成功していたかと思われたが、友愛のつもりで公開した動画が中国で炎上してしまい、中国市場から締め出されるという憂き目に合っている。「21世紀はアジアの世紀」と言われるが、実際GDP及び人口のシェアはすでにアジアがトップであり、アジア市場攻略がブランドの世界展開の成否を握っているといって過言ではない。
その他、本書は日本人デザイナーである日本人として初めてパリで認められた森英恵、スティーブ・ジョブズ愛用のタートルネックをデザインした三宅一生、コムデギャルソンの川久保玲、レディ・ガガに寵愛されヒールレスシューズで名声を得た舘鼻則孝、ファッション業界で影響力のあるアメリカ版ヴォーグのアナ・ウィンターなどが紹介されている。軽いタッチなのでサクサク読めるのでお勧めの一冊だ。教養として一読して損はない。
本書を読んで思ったのは日本のファッション文化の影響力の強さである。日本の浮世絵がゴッホに影響を与えたこと等は知られているが、ファッションも欧米の価値観に影響を与えていたのだと改めて認識した。ジャポニスムの一環でキモノが流行り(フェルメールの「地理学者」に描かれる男性も着物を羽織っている)、コムデギャルソンの歪な「こぶドレス」は西洋の美意識を揺さぶり、最近では花魁から着想を得たヒールレスシューズがレディ・ガガを通じて世界的に注目を集めた。ユーラシア大陸で文化を輸入しつつ、しかし、他国の侵略を受けず、大きな国内市場の中で磨かれてきた日本の美意識というのは、かなり世界的にみても稀有なんだと思う。日本のスタイルが主流となることはないが、日本という独特のスパイスは、ファッションをより良い味にしたててきたのだと思う。
原宿などで奇抜なファッションをしている人、日本のヴィジュアル系バンド、アニメのコスプレをする人など、一見すると不可解なファッションも、様々な相互作用により人々に影響を与えて美意識を刺激して新しい価値観を生み出す原動力になりえる。サブカルチャーが跋扈する日本の不思議なファッション文化はぜひこれからも続いてほしい。一方で、リクルートスーツで黒い鞄を持って同じ髪型をしている就活生をみると、日本の服飾文化の葬式を見ているようだ・・・・いや、これらが共存するからこそ日本のファッションは興味深いのかもしれない。