ドナルド・E・ウェストレイクの小説「斧」を原作とした作品。名匠コスタ=ガブラスが先に同原作を映画化していたのだが、韓国の鬼才パク・チャヌク監督がリブートを熱望し本作が誕生。

韓国社会における男性へのプレッシャーなどを下地にしつつ、グローバル化・AI・機械化等で奪われていき、仕事を奪われる人々を起点として物語が動き出していく。笑えないのに笑ってしまうブラックユーモアあふれる展開が魅力。シュールな笑いが好きな人には強くおすすめしたい。

(以下、一部ネタバレ有)
結局、真実を話すのが正しいとしても、その選択がしあわせとは限らない。しあわせのためなら目をつむるべきだろうか?人生とは選択の連続だ。妻と息子は現実的な選択をするが、しあわせな現実な一方で倫理的には正しいのだろうか?こうした俗っぽい2人と対比すると、娘は無垢で純粋だ。娘は音楽の才能があるが、こうした汚い現実を浄化する存在として、音楽・芸術がおかれていたように思う。

最後、主人公はイヤホンで耳を塞ぎ、機械化された工場で働く。人の意見など聞いていられないのだ。そして、伐採される木々の映像が流れながらエンディングとなるが、この伐採される木々は、労働者のメタファーだろう。

楽曲の使い方も印象的で、3人の取っ組み合いで流れるチョー・ヨンピルの「赤とんぼ」はすごい良かった(「パラサイト 半地下の家族」での家政婦と家族との取っ組み合いをほうふつとさせる)。ノリノリの音楽に身を任せながら崩壊していく倫理観がたまらない。

ただこんなに面白い設定と素晴らしい俳優陣なのに、なぜかテンポの悪さと、まとまりが若干悪い感じがしたのが惜しまれる。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」のように注目されるべき作品になったと思うのだが、どこか惜しい。パク・チャヌク監督作品は、凄い面白い設定と演出なのに、どこか余計なことをしてバランスを崩している作品が多いように思う。本作もずば抜けて面白かった、素晴らしかったと言い切れないのが悔しい。こんなに良い作品なのに!

 

★ 3.8 / 5.0

 

大好きなミュージカルの「ウィキッド」の映画版。二部構成で、前作の公開から約1年、ようやく本作で完結。アカデミー賞もノミネートゼロで、前編のほうの出来が良かったという声が多いのだが、たしかに納得。各シーンは素晴らしいし、感動もしたのだが。。

ミュージカル版だと2時間半ほどの作品だが、本作は前編・後編をあわせると5時間になっており、特に後編はストーリー展開があまりなく間延びしている感じがする。いっそのこと1本の長編として描いた方がよかった。二部に分けることで、一気に観た時の感情の高揚感も減ってしまう。

映画版では細部まで丁寧に描いているのであるが、さすがにテンポが悪いし、観客が想像する余地を奪ってしまう。また、楽曲は良いものの、前作と比べてしまうと、見せ場となる楽曲シーンも本作は限定的である。

前作よりも「オズの魔法使い」のストーリーに絡んでくるので、「オズの魔法使い」を知らないと何のことを言っているのか分からないシーンが多くあるので、映画版「オズの魔法使い」は予習で観ておくことを推奨したい。

本当に良い作品ではあるのだが、求めていた期待値からすると、少々腰砕け感が否めなかった。もし二部作ではなく、3時間半ぐらいにまとまっていたらものすごい名作だったのではないかと思う。

 

★ 3.8 / 5.0

 

 

1940年代、戦後の混乱期にある上海のある洋館を舞台に、一癖ある映画業界人が集められる。一晩で殺人事件の映画脚本の完成を求められるのだが、なんと事件の真犯人も同席。事件の真相を明かして脚本に落とし込もうとする中で徐々に衝撃の事実が明らかになっていく・・・。

よくある洋館を舞台にした謎解きサスペンスかと思いきや、最初のほうはコミカルなタッチ。中盤は当時のシックな上海の劇場を想起させるダンスシーンがあったりするのだが、後半の謎解きから衝撃の真相が明らかになり、さらにもう一段オチが来る展開で、かなり面白かった。

なかなか事件の真相がえげつないのだが、エプスタイン事件を彷彿とさせる。2021年の中国の作品が、いまさら日本で劇場公開ということで、その話題性にのっかったのかなと思う。しかし、韓国ノワールほど、残忍でもなく、絶望のまま終結しないのが救いである(中国では政府の意向もあり、道徳的・倫理的な節度とラストが用意されている)。

洋館を舞台にした謎解きというとよくある話だが、これを社会問題も絡めた展開にするとは恐れ入る。中国では大ヒットしたそうだが、さすが面白かった。

 

★ 4.0/ 5.0

 

 

観ながら「あれ、こんな話だっけ?」と思い、映画を観終わってあらすじを再度読んだのだが、だいぶ改変されている。というか、後半部分は全カット。主人公キャサリンのお兄さんも出てこない。原作に忠実な映画版ではなく、エメラルド・フェネル監督が「嵐が丘」を原作に、現代風に再構築した映画。

前半は物語に引き込まれたし、全体通して興味深く観させてもらった。ただ、当初は全体的に装飾や調度品などがモダンなテイストで素敵だなと思ったのだが、さすがに過剰でくどい。キャサリンのお父さんが亡くなるシーンで、背景のうず高く積まれた空き瓶とかギャグにしか見えなかった。キャサリンが身に着ける服装はあまりに派手で、身に着けている宝石は主張があまりに強く、大き過ぎる。ヒースクリフの部屋もいくらなんでも荒れ果て過ぎだろう。

そして、原作にはない性的シーンがあれこれ追加されているのだが、SMタッチのシーンなどは、正直、気分が良いものではない。暖炉の手をモチーフにしたデザインなども個人的には少々悪趣味に感じられた。

ただ全体的には登場人物を削り、表現は過剰だが、キャサリンとヒースクリフの純愛に焦点を当てたプロットは分かりやすく、ストーリー展開も推進力が維持され、飽きずに観れた。衣装や室内装飾なども節度あるものについては素晴らしかった。格調高い文芸作品の映画版と思ってみると、全く異なるものであるが、モダンなテイストで再構築されたものとして鑑賞すると、斬新で興味深かった。英国のシンガーソングライターのチャーリー・XCXの楽曲なども個人的には良かったと思う。

 

★ 3.7 / 5.0

 

3連休最終日の夜は松本和将さんのピアノリサイタルへ。松本和将さんの演奏はずっと前にテレビで聴いてから虜になっており、一度、生演奏を聴きたいと思っていた。オールラヴェルプログラムと、なかなか粋な選曲である。場所は音楽ホールではなく、「タカギクラヴィア 松濤サロン」という50席ほどの小さなサロン。防音性が低く、道路の音などが結構聴こえてくる(;´∀`) しかし、ピアノはスタインウェイで、小さなサロンなので響きもちょうどよく、大変満足だった(1ドリンク付きだったのでワインもいただけましたし笑)。

 

松本和将さんは日本音楽コンクールで優勝しており、また、ブゾーニ国際ピアノコンクールで第4位、世界三大ピアノコンクールの1つエリザベート王妃国際音楽コンクールでも第5位の上位入賞を果たしている。知名度がとても高いわけではないが、CDも多数リリースしており、レコード芸術特選盤に2枚が選ばれるなど、名演奏家として知られる。

 

【プログラム】

(前半)亡き王女のためのパヴァーヌ、水の戯れ、ソナチネ、夜のガスパール

(後半)鏡

(アンコール)亡き王女のためのパヴァーヌ

 

本当に極上の演奏だった。ピアニッシモが本当に儚く美しい。色彩豊かで、詩情たっぷりで雰囲気の引き出し方が率直にすごい。過度な演出や、過剰な感情表現などはなく、どこまでも中立的に誠実に奏でていく。曲の深い理解と、真摯な姿勢が演奏から伝わってくる名演だった。ピアノの音を鳴らしているというより、ピアノが音色をそれこそ自発的に奏でているような自然さがある。天から音が降り注ぎ、スッと心に染み入ってくるような感覚。素人の聴衆がおこがましいが、大変な音楽性だと思う。トークをはさみつつの演奏会だったが、曲の解説も興味深く拝聴させていただいた。「鐘の谷」を「風の谷」と言い間違えて「ジブリになっちゃう」というセルフツッコミには微笑まさせていただきました。

 

最近はピアニストというと、Youtubeなどで派手な演奏だったり、超絶技巧で分かりやすい表現をされる人が好まれる傾向があるように思われるが、一方で、松本さんのような正統派の極上のピアニストももっと注目されてほしいなと思う。超絶技巧は加齢とともに失われていくし、派手な演奏は飽きられやすい。ウィスキーやワインのように年数を重ねることで円熟を増す演奏はもっと長く楽しめて良いものである。