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ヘルマンZのブログ

恋愛理屈屋の不思議君
一応イケメンで通る男だが変人すぎて彼女できません

ヨーガ業者の長瀬雅春さんが著書の中でおっしゃられていたが、一般に超能力と思われているものはすべて常能力であり、多くの場合超能力者本人にとっては当たり前の力らしい。結局超能力も五感を延長したものでしかなく、私たちが電話や車、パソコンなど、便利な道具を使うようになってから退化してしまったとかなんとか。

 

ヒマラヤ聖者の本に書いてあったが、人が夢の中で寝ている間は空を飛んだり、あらゆる場所に瞬時で移動したりと自由自在で、この現実世界も本当はそのような心のありようになれば同じように全能になれるらしい。つまりその人の中で「当たり前」になってしまえば、超能力(常能力)が使えるということだ。夢の中ではどんなに変なことがあっても変だと感じなかったりする。だから夢の中で人は全知全能だ。

 

超能力(常能力)を当たり前にするには結局習慣を変えるしかないと思う。毎日行っていることが当たり前になるのだからそれしかない。外を走るとき、健康のためだけにただたらたらと走るのではなく、空を飛べるようになりたい!っという目的意識をもって飛び跳ねるように走り回れば、いつか成瀬雅春さんみたいに空中浮揚ができるかもしれない。

最近ある人のことを考えて腹を立てていて、ちょっとその人を責めるようなものの言い方をしてしまった。そして少し話して、その人がそれなりにものを考えていることを知り何となく納得して引き下がるということがあった。そしてその人は、なんと自分がいつも考えているようなことを頭の中で考えていたのである。付け加えて、そのあとある人が自分に対して何となくイライラしていることにも気づく。

 

今日少し感じたんだけど、こういう状況を引き寄せたり、他人の中に自分と同じ思考を引き起こす力が、何か私たちの心そのものにあるんじゃないだろうかって思った。ヒマラヤ聖者の本にも、思考そのものが力だって書いてあった。自分の心の中で感じたことや考えたことは、他人の思考とも連動しているってことは十分あると思う。例えばある人に電話をかけて、ちょうどその人も自分に電話をかけようと思っていたとかね。

 

考えることそのものに注意を払えたら、自分の置かれている状況をもっとコントロールできるのかもしれない

 

 

確かシェークスピアの名言で、「人はどう扱われたかでその人が決まる」という言葉があった(はず)。

 

愚か者として扱われたものは愚か者に育ち、偉大な人間として扱われたものは偉大な人間になる…というものですね。

 

実際、親が思った通りに子供は育つ…と自分は今になって思う。親が勉強しろといくら言っても、心の中でうちの子は勉強をしない子供だと思っていると、やっぱり勉強しない。そしてダメな子だなあ…と思って育った姿が、結果的に親にそっくりの人間だったりする。子供は親を映す鏡といわれるのは、そういうことだ。

 

学校や仕事場、友達や恋人からどうゆう扱いを受けているのか…。それがその人の人生を決めてしまっているといってもいいと思う。

 

でも一番大事なのは、自分で自分をどういう人間として扱うかだとやっぱり思う。自分で自分をダメな奴だと思っていると本当にそうなってしまうし、素晴らしい人間として扱えば本当にそうなる。周りに左右されず、自分を第三者目線でみて、どのような人物として観じ、扱うのか。それが自分の意思を持って生きるということだと思う。