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ヘルマンZのブログ

恋愛理屈屋の不思議君
一応イケメンで通る男だが変人すぎて彼女できません

本当に何となくだが、ロウソクを立てるための燭台を買った。

 

サンゲージングをたまにしているのだが、そのサンゲージングと同じ効果がロウソクを見つめることにあると感じたからだ。

 

ろうそくの炎を見つめていると、何となくだが眉間のチャクラが反応する。そしてなんだか炎から直接エネルギーを得ているような感覚もある。

 

また、ロウソクを立てている横で本を読むのも雰囲気があってなかなか悪くない。集中力を上げてくれるアイテムとしてこれから活用したい。

自分の体が自分の意思とは関係なく動いてしまうときがある。悲しくなんてないはずなのに悲しい顔をしてしまっていたり、そんなこと考えてもいないのに冷たいと思われる台詞が自分の口からポッと出てしまうということが何度かあった。あれ?俺こんなセリフ言う人じゃなかったはずなんだが…ってなもんである。

 

サードマンという言葉があり、人が今にも死にそうな危険に直面した時、自分の体が勝手に自分の意思とは関係なく動いて時にものすごいパワーを発揮するということがあるらしい。極寒の地を旅していた冒険家のチームなんかも、危険な旅をしているときは3人のはずのチームが4人いるような錯覚に陥るなどがある。でも自分の考えでは、それは極限状態でなくても、日常的に起こっていることなのではないかと思う。

 

よくよく考えれば、自分は今まで自分の意思を完全に支配できたことなんてないし、心臓自体自分の意思で動かしているわけじゃないし、体の各消化器官もそうだ。自分の体を管理している人がほかにいるんだと思う。

 

何となくそう思った

この世界で永遠に続くものは存在しないと思っている人がほとんどだと思う。でも自分の考えは少し違って、強く愛されたものや強く愛した物は永遠に存在し続けると思っている。

 

実際、人はいつか死ぬものだとしても記憶の中の思い出は永遠に残る。そしてその人への愛情が強ければ強いほど、その人の発言や表情なども詳細にまで思い出せる。その人の性格まで詳細に思い出せて、あの人がこの場にいればこう言う発言をし、このように行動しただろうというようにまで理解できていたのなら、それはもうその人は自分の中で生きているといっていい。

 

好きな恋人や好きな食べ物などは実際に、目を閉じていてもそれを詳細に思い出すことができたりする場合が多いだろう。その人への愛情や、食べた食事への感謝の気持ちが強いほど、それはくっきりと思い出せる。

 

もし目を閉じて何も見えない思い出せないのであれば、本当の意味で人生を生きれていないのではないだろうか?いつか朽ちてなくなってしまうものしか身の回りにないのだとすれば、それはちょっと悲しい人生だろう。

 

永遠に続くものを自分の中に蓄えたい。イエスがおっしゃられた「虫に食われたり錆がつくこともない天に宝を蓄えなさい」という言葉の意味はそういうことだと思う。