ロンドン条約1996年議定書2009年改正について | 坂本雅彦のブログ

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作家、国会議員秘書、教員、学者

 ロンドン条約1996年議定書2009年改正の承認案が今国会に提出されている。ロンドン条約は海洋の汚染を防止することを目的として陸上発生廃棄物の海洋投棄や洋上での焼却処分などを規制するための国際条約として1972年に創設され日本は1980年に締結している。締結国は87国で水銀、カドミウム、高レベルの放射性廃棄物などの廃棄物等を限定列挙して海洋における投棄を禁止している。国内法は廃棄物の処理及び清掃に関する法律および海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律である。ロンドン条約では有害性が強い物質を附属書に掲載し掲載物質について投棄を禁止或いは厳格に制限するリスト方式を採用していた。有機ハロゲン、水銀、カドミウム、持続性プラスチックの浮遊物、廃油、放射性物質、生物兵器・化学兵器の7項目に関しては廃棄禁止となっている。その他のリスト掲載物は慎重に検討することを要する。リストに掲載されていないものに関しても申請して許可を得る必要がある。

 その後の世界的な海洋環境保護の必要性への認識の高まりを受けて同条約による海洋汚染の防止措置を更に強化するために1996年にロンドン議定書が採択された。日本は2007年に締結している。1996年議定書は廃棄物等の海洋投棄及び洋上焼却を原則禁止した上で例外的にしゅんせつ物や魚類残さなどを海洋投棄を検討できる廃棄物等を列挙するとともにこれらの廃棄物等を海洋投棄できる場合であっても厳格な条件の下でのみ許可することとしている。元々のロンドン条約では海洋投棄ができないものをリストアップする方式であったが1996年議定書では海洋投棄できるものをリストアップし、リストに掲載されないものは原則投棄が禁止される方式に変更された。

 日本はカーボンニュートラルの達成に向けてCO2のCCS(回収し貯留する)を進めているが、その貯蔵先として見込まれているのが海底である。環境省が示すロードマップでは2050年には1.2億から2.4憶トンのCO2を貯蔵できるように整備することが目標とされている。それを達成するには陸地の地下へのCCSだけでなく海底でのCCSやCO2を輸出した先でのCCSも有力な貯蔵先として見込まれている。

 1996年議定書は改定が続けられ2009年には海底下地層への処分を目的としたCO2の例外的輸出を可能とするための改正案が採択されたが受諾国が定足数に満たないため未発効のままとなっている。2019年の締約国会議において暫定的適用を可能とする決議が採択され96年議定書締約国で暫定的適用を宣言した国はCCSを目的としたCO2輸出が可能となった。2009年の改正は2024年1月時点で11か国が受諾しているが規定国数に達していないため未発効である。2019年に暫定的適用を可能とする締約国会議決定が採択されて以後にイギリス、オランダ、韓国、デンマーク、ノルウェーなど8か国が暫定的適用を宣言している。日本は1996年議定書2009年改正を受諾しておらず暫定的適用宣言も行っていない。

 1996年議定書の6条はCO2の投棄を禁止する条項となっているが2009年の改定で海底の地層への処分のための二酸化炭素を含んだガスの輸出を一定の条件下で行うことができるようにした。2019年に例外の暫定的適用を受ける前提として、輸出国と受入国が協定を締結し又は取決めを行っていること、その協定には輸出国と受入国の間の許可を与える責任の確認及び配分が規定されること、非締約国へ輸出を行う場合は本改正後の議定書上の義務に反しないことを確保するための議定書と同等の規定がされていることを条件として海底下の地層への処分のため二酸化炭素を含んだガスの輸出を行うことができる。

 国内の制度では通常時監視において特定二酸化炭素ガスの貯留状況や海底地層内圧力の状況や海洋生物及び生態系の状況などについて1年に1回以上の監視の実施と報告が求められている。モニタリングは海洋環境への影響を確認し保全する他に地域社会の理解を得ることにもつながる。日本CCS調査株式会社は苫小牧においてCCS大規模実証試験を既に実施している。CCS事業化は7区分されており、苫小牧では北海道電力と出光が、日本海側東北地方CCSでは伊藤忠、日本製鉄、太平洋セメント、INPEX、三菱重工、大成建設が、東新潟地域CCSではJPEX、東北電力、三菱ガス、野村総研が、首都圏CCSではINPEXと日本製鉄が、九州北部沖西部沖CCSはENEOS、JX、JPOWERが、大洋州CCSは三菱商事、日本製鉄、エクソンモービルが、マレー半島沖CCSは三井が事業構想している。マレー半島沖CCSに関しては2023年9月に経済産業省と独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)及びマレーシア国営石油会社ペトロナス社でCCS事業を実現するために二酸化炭素の越境輸送、貯留に関する協力覚書を締結している。2024年2月には石油資源開発JAPEX)、日揮、川崎汽船の3社がマレーシアのペトロス社と提携し、日本を含む海外CO2の輸送、陸上受入ターミナルやパイプラインを含む貯留地の開発計画の策定やその技術、商業的実現性の評価を実施し、M3ガス田を始めとするサラワク州沖合の枯渇ガス田をCO2貯留地としたCCS事業の採算性を検討していくための契約を締結し2028年に事業の開始を予定している。日本国内で排出されたCO2を海外に運んで貯留する行為をCO2植民地化だと非難する声もあるがそれは違う。マレーシア国内のCO2を収集する陸上設備からのCO2輸送パイプラインの敷設や液化CO2の海上輸送、ならびに同国内での受入設備・海洋圧入設備などの整備、技術提供を日本が負うことになるのだから巨大な国際貢献事業といえる。CO2を貯留する予定になっているのは事業を終了した枯渇ガス田である。日本が排出したCO2だけでなくマレーシア国内のCO2も一緒に貯留することからマレーシア政府の方向性にも合致した共同事業である。

 マレーシアはロンドン条約には締結しているが1996年議定書は締結していない。そのことから日本はマレーシアとの協定はCO2の輸出側も輸入側も1996年議定書に沿った内容で整備し議定書上の義務に反しないことを確保する必要がある。

 日本におけるCCSは2030年に操業開始を目指している。苫小牧沖の実証実験は完了しており各事業者にデータのフィードバックが為されている。2022年末時点において世界においては既に商用の30施設が操業している。建設中は11施設、開発中は153か所となっている。ノルウェーでは世界初の海底CCSが稼働している。ブラジルでも海底CCSが開業した。IEAは排出量ゼロを達成するにはCCSなしでは実質的に不可能であると述べている。奇しくもコロナ禍の中で人間によってCO2排出をどの程度削減することができるのかという実証が誘発された。2020年、産業活動および航空移動に関連するCO2排出が激減した。しかしながら、気候変動を実質的に軽減するためには程遠いものであった。経済活動や人々の行動制限だけでは不十分である。地球規模で脱炭素化を進めるには技術的介入が不可欠であるという結論が明確となった。つまり、地球規模で脱炭素化を進めるということはあらゆる経済レベルで新たな事業を創出し職業を与えるという重要かつ独特な役割がある。生産された石油またはガスの総量はその構造に貯留できるCO2の量を予測するための推定値となる。しかし、CO2のための地層貯留資源は採算性が乏しいという。世界中の多くの調査地点で採算が取れない見込みによって開発が進んでいない。欧米を中心に脱炭素化という新たな巨大産業市場を創出したが経済的価値が伴わない、もしくは追い付かない状況に陥っている。CO2排出の抑制は脱炭素化市場のメジャー構成の一つに過ぎない。排出が避けられないCO2に関しては回収貯留するしかなく、CCSなしにカーボンニュートラルの目標達成はありえない。CCSが事業分野として未成熟であることは仕方のないことだが、世界的要件を満たすには戦略的貯留資源の開発に政府が出資することが重要である。

 

*歴史上、日本での石油やガスの生産はあまりなかったが炭鉱跡は数多ある。比較的深度のある炭鉱をCCSに積極的に利用してはどうか。化石燃料は何百年も地下に閉じ込められていたことから採掘跡は資源貯留のポテンシャルが高いと考えるがいかがか。

*CO2の貯留を一度行ってしまうと半永久的に維持管理を継続する必要がある。一方、CCSの事業許可は5年ごとであることから、事業者の何らかの不備や違反が発覚し許可を継続できなくなった場合は維持管理が避けられない施設の放置に繋がる可能性があり矛盾した行政処分となるが行政にその想定はあるか。

 

参考

 

ロンドン条約千九百九十六年議定書二千九年改正 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/ila/st/pagew_000001_00446.html

 

ロンドン条約1996年議定書2009年改正 概要

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100638574.pdf

 

ロンドン条約及びロンドン議定書 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page23_002532.html

 

ロンドン海洋投棄条約体制下での「配置」をめぐる法の発展 堀口健夫

https://www2.jiia.or.jp/pdf/research/H28_International_Law/08_horiguchi.pdf

 

ロンドン条約成立の背景とは 改定ポイントからその後に与えた影響まで

https://eleminist.com/article/1927

 

CO2の「海底下貯留」商業化に向けた課題とは?

https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2311/08/news031.html

 

経済産業省、JOGMEC、マレーシア・ペトロナス社の三者による 二酸化炭素の越境輸送・貯留に関する協力覚書の締結 経産省

https://www.meti.go.jp/press/2023/10/20231006007/20231006007.html

 

マレーシアCCS事業化に向けた日本起点のCCSバリューチェーン構築共同検討に 中国電力と日本ガスラインが新たに参加

https://www.japex.co.jp/news/detail/20240226_01/

 

世界のCCSの動向2020年版

https://www.globalccsinstitute.com/wp-content/uploads/2021/03/Global-Status-of-CCS-Report-2020-Japanese.pdf