欧州復興開発銀行設立協定の改正案について | 坂本雅彦のブログ

坂本雅彦のブログ

作家、国会議員秘書、教員、学者

 今国会で欧州復興開発銀行設立協定の改正に関する承認を求められている。欧州復興開発銀行(EBRD)が、新たに総務会において決定する限られた数のサブサハラ・アフリカ諸国等においても業務を行うことを可能とすること、EBRDの貸付等融資に係る上限額を自己資本以下に定める現行協定上の規定を削除し、理事会が適切な上限を設定及び維持することが改正の内容となる。改正の背景にはサブサハラ・アフリカ諸国の開発上の支援ニーズが大きいこととの融資の上限の撤廃が国際開発金融機関の既存資本の最大限の活用に繋がることがある。日本が加盟国の中で早期に受諾することで他の加盟国の受諾を促すことに貢献する。中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)がサブサハラ諸国への融資を活発化させる中でアフリカ開発銀行(ADB)だけでなくEBRDが対象国を拡大し融資額の拡大による貢献がG20の取り組みとして合意している。

 欧州復興開発銀行は中央及び東ヨーロッパで共産主義体制が崩壊して前ソビエト諸国が民主的な環境の中で新しい企業部門を育成する必要の生じた1991年に設立された。設立の目的は旧共産圏である中東欧諸国の経済体制転換を促進することと民間の経済活動による自由市場経済の発展を支援することである。本部はロンドンにあり加盟国は72カ国とEUとEU投資銀行の2機関である。米国10.1%、日本8.6%、英国8.6%、ドイツ8.6%、フランス8.6%、イタリア8.6%、ロシア4.0%、カナダ3.4%の割合で出資している。1991年の設立以来、6,600件以上のプロジェクトに1,800億ユーロ超の投融資を行っている。最近ではウクライナに対する支援やトルコ地震の災害復興支援等で積極的な役割を果たしている。支援対象国は中東欧の旧社会主義国及び旧ソ連構成国、ギリシャ、中東・北アフリカ諸国(トルコ・エジプト・ヨルダン・モロッコ・チュニジア・レバノン)、モンゴルの38か国・地域であったが、ここにサブサハラ諸国49カ国が対象に加わる。

 日本・EBRD協力基金(JECF)という信託基金を創設し技術協力活動等を継続的に支援している。JECF資金の活用に当たっては日本として重視する分野と信託基金の運営者たる

EBRDの業務戦略とをマッチングさせつつ支援戦略を策定していく必要がある。重点支援分野は質の高いインフラ、エネルギー・環境の技術革新、現地通貨建て融資・資本市場育成等であり各国や国際機関と協働しながら取り組んでいる。例えばモンゴルではモンゴルのインフラ投資会社と日本のソフトバンクグループの完全子会社であるSBエナジーが出資して設立した合弁会社にJICAとEBRDが融資を行い風力発電事業を後押しした。国営企業が支配的なモンゴルの電力セクターにおける民間企業の参入促進、CO2排出量削減、類似の後続案件誘引に向けたデモンストレーション効果といった高い移行効果を期待しての支援である。この事業を主導したのがソフトバンクグループだというのが少し気がかりである。ソフトバンクグループを率いる孫正義氏は自然エネルギー財団の創設者でありFIT制度で既得権益を最大化した人物であるが邪推しても仕方がないことなのか。また、トルコではブリジストンとトルコ企業との合弁会社であるトルコ最大のタイヤメーカーBrisa BridgestoneにEBRDから1.5億米ドルの融資がされた。新タイヤ工場の設立及び同国北西部イズミット市のトラック・バス用タイヤを製造する既存工場の機材拡張を支援するものであり、若年層の雇用創出と同時に職業訓練プログラムも組まれている。

 国際社会としてはウクライナに対する支援に緊急に取り組む必要がある。ロシアによるウクライナ侵略の影響はウクライナにとどまるものではなく避難民発生等により周辺国に波及し、さらに、エネルギー価格や食糧価格の高騰、貿易や金融の経路を通じEBRD支援対象国を含む世界全体に波及している。その影響を受けて苦しむ人々に一刻も早く支援を届けることが重要である。

 EBRDは「複数政党制と多元主義にもとづいて民主主義を支持する国々の市場経済への移行を支援する」という民主主義条項を定款の第一条に持つ国際金融機関である。EBRDの創始者アタリ氏はロシアを民主化へ導きたいと考えていたという。アメリカがロシアをよく思わない中でEBRDはロシアが民主化されればヨーロッパの一部であるべきでEUは歓迎するべきだという方針を貫いた。旧共産国であるハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアなどは民主化を果たした。ロシアが民主化できなかったのは支配階級が根を張り西側諸国が介入しづらい統治構造が浸透していたからである。EBRD には国際機関としては初めて民主主義に関わる融資条件があり、民主化に向かっていない国には融資をすべきではないとされた。アタリ氏はNHKのインタビューで「ロシアも権威主義へ戻ったものの、1990年台初頭には、民主主義の兆しがあった」と語っている。アタリ氏がEBRDを創設し成し遂げようとしたのは民主主義の世界的勝利を得ることであり、権威主義体制から脱するようにしむけることだった。その道筋をロシアや中国の国民に経済発展を促すことだと話す。1993年に創始者のアタリ氏は辞任に追い込まれた。旧ソ連地域の復興は欧州主要国がリードすべきというアタリ氏の方針への反発が大きかったからだ。EBRは創設以来ウクライナに対して511件のプロジェクトで累計160億ユーロ以上の融資を行ってきた。EBRDの創立から 30年以上が経ち旧ソ連の中心にいたロシアが独立国である隣国ウクライナに侵攻したということは民主主義条項を持つ国際金融機関である EBRDの取り組みが機能しなかったということなのか。アタリ氏が言うように90年代にヨーロッパがロシアの民主化を主導すべく働き掛けを強化していたら今日の状況は違ったのかもしれない。EBRDはロシアによる侵略を受けたウクライナに対して影響を受けた市民、企業、国を支援するために 20 億ユーロの支援パッケージを発表した。ウクライナ企業の支払いの延期、債務の免除、燃料輸入を含む貿易金融の支援、企業が緊急に必要な資金の支援、ウクライナ当局による緊急立法・規制介入の支援を重点項目として取り組むとしている。併せて紛争によって直接影響を受ける近隣諸国も支援する方針を示した。ロシアとベラルーシからの輸入の損失を補う緊急エネルギー購入を含むエネルギー安全保障に係る費用、避難民のための地方自治体のサービスと生計手段の支援、貿易の為の金融支援等である。

 一方、EBRD発足以来、ロシアは重要な活動対象国であり続けてきた。2008年秋の国際金融危機の後も2009年に23.7億ユーロ、2010年に23億ユーロ、2011 年には29億ユーロとロシア支援を強化していた。ロシアのウクライナ侵攻を受けてEBRDはEUの対ロシア制裁に協調し、新規の投融資を行わないことを決定した。

 EBRDはウクライナ及びその周辺国への支援を最優先すべきであるが、ウクライナについての情勢や支援ニーズを見極められるようになっていることからサブサハラへの限定的かつ段階的な支援対象地域の拡大を行うことに障壁は見られない。既に旧東欧諸国の10カ国がEUに加盟している。EUに加盟後はEBRDではなく欧州開発銀行が支援すればよいという声も多い。そのためEBRDの支援地域の拡大が期待されるようになっていたことからサブサハラとイラクへ関与することに繋がった。2011年、アラブ諸国で民衆の蜂起が続いた「アラブの春」以降、北アフリカへの支援は既に行ってきていることから既存の支援対象国への影響を与えないことや現在のEBRDの債権格付を棄損しないことに注意を払いつつ取扱いの拡大を行う必要がある。

 旧ソ連崩壊後、米が主導する「世銀ならびに既存の他機関を活用すべき」という立場と、欧州が主導する「新機関が新設されるべき」とする立場に分かれて旧共産諸国の民主化に対する主導権を争った歴史がある。その中で生まれたのがEBRDである。EBRDの支援エリアの拡大には賛否が分かれる。その賛否を巡り欧米の綱引きが激化する可能性も否めない。 

国連加盟国であるウクライナを常任理事国であるロシアが攻撃している。国際連合による地球規模の秩序維持はいつまで機能するのだろうか。社会システムの安定の為に日本の果たす役割を見直すタイミングでもあるのかもしれない。

 

*日本政府についてもサブサハラ支援よりもウクライナ支援を優先することを確認したい。そのうえでEBRDの協定改正に同意すべきであるが如何か。

*EBRDの融資対象がサブサハラに拡大しても民主主義国であることが前提であることを再確認すべきである。

*創始者アタリ氏のEBRDへの影響力に関して政府はどのように考えているのか。

 

参考

欧州復興開発銀行設立協定の改正

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100638563.pdf

欧州復興開発銀行 財務省

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/mdbs/ebrd/index.htm

欧州復興開発銀行 Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E5%BE%A9%E8%88%88%E9%96%8B%E7%99%BA%E9%8A%80%E8%A1%8C

“ヨーロッパの知性” 経済学者 ジャック・アタリ氏 インタビュー全文 NHK

https://www.nhk.jp/p/kokusaihoudou/ts/8M689W8RVX/blog/bl/pNjPgEOXyv/bp/pVp5XDv5lK/

EBRDと日本 EBRD日本理事室 理事補 高橋 慶子/長谷川 雅英

https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F11380940&contentNo=1