〈名もなき約束から〉観劇記録 | 韓国ミュージカルを 訳しまくるブログ

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韓国ミュージカル
自分の予習復習用につき、かなりの偏りあり
(注意: 目標はネタバレ100%)
メモ付き写真アルバムとしても使用中

10/13

簡単なあらすじ以外ノー予習で臨んだ〈名もなき約束から〉。

 

1950年に起きた「保導連盟事件」が落とす影を描いた作品...だと見終わって調べてから知った。「アカ」というレッテルを理由に軍隊が民間人を無差別に虐殺した「保導連盟事件」。成果を見せるため、老若男女を問わず一つの集落を皆殺しにしたようなこともあったらしい。被害者数は数十万人とも、100万人以上ともされる。済州島4.3事件も同時期に起こっている。

 

 

上記記事には「虐殺当時、駐韓連絡事務所の総責任者アボット少佐が記録した写真は、1950年、駐韓米国大使館所属武官のエドワード中佐の手で『韓国での政治犯処刑』という報告書にまとめられ、ワシントンの米陸軍情報部に報告された」とある。

 

韓国では近年までタブー視され多くを知られていなかったが、米国の資料が1999年に機密解除となって、虐殺が広く知られるようになったそうだ。

 

 

さて、ミュージカルの方。

 

1961年、ようやく落ち着きを取り戻した韓国。

 

朝鮮戦争当時に行方不明となった長兄を探し続けるウヒョン。しかしウヒョンの次兄ユンソプは未だに長兄の死を受け入れず探し続ける弟に苛立ちを隠せない。

 

父親を虐殺事件で失った大学生インギョンは虐殺事件を調査し続け、責任の所在を明らかにしようとしている。

 

後輩であるウヒョンはインギョンの活動を手伝うようになる。

 

インギョンと共に虐殺のあった地域に取材に行ったウヒョンは衝撃的な過去を知る。

 

当時虐殺を行った軍は警察隊を末端組織として使っていたが、警察官の次兄がそこに所属していたらしいのだ。(訛りがきつくて聞き取れず想像)


しかも積み重なった遺骨が残された現場を見て衝撃を受ける。


インギョンは虐殺事件のあった地方で勤務していたユンソプから話を聞こうとするが、成果は上がらない。

 

実は虐殺に関与した次兄のユンソプは、事件を忘れて生きようとあがいている。あがくのは忘れられないからだ。かつて加害者側にいたユンソプ。
 
軍の命令に自分が従わなければ殺される、家族を守るため、極限状態の中で引き金を引いた、「アカ」だから射殺した、と弁明し必死に目を背けても、真実は消えない。

長兄が姿を消したのも、「アカ」と呼ばれる側の人間だったかららしい。

ベトナム戦争の米帰還兵がトラウマに苦しむ話はよく聞く。まして、銃向の先にいるのは同胞であり、身近な人かもしれないのだ。真実を直視したら正気ではいられないだろう。


苦しみから抜け出せずに生きている彼は、しばしば発作に襲われ神経症の薬を手放せずにいる。彼は加害者なのか?被害者なのか?

 

未来のために事件を忘れてはならないというインギョンも正しいとは思うが、子供も産まれて家族を愛し守ろうとするユンソプのような人は、忘れるしか生きる道がない。


ユンソプの妻は、生きるために忘れるのは罪ではない、過ぎたことは過ぎたこと、あなたの責任ではないと言って彼を慰める。


確かにインギョンも、責めるために調べているのではなく、繰り返さないために真実を記録したいんだと言っている。

 

彼女は訴える。なぜこんな事が起きてしまったのか。これは単に他人に起きた悲劇なのか。だから止められなかったのではないのか。「ウリ(自分たち)」の問題だと真剣になっていたら違っていたのではないか。だからこれから起きるどんな事も自分の問題として向き合っていくべきじゃないのか。


ギリギリのところで生きてきたユンソプが、改めて真実に向き合うことになり迎える結末。

 

〈ダチョウ少年たち〉の少年たちは、突然事故で亡くなった親友は自殺だったかもしれず、しかも自分たちの行動が死の原因だったかもしれないことを悟る。彼らがそんな自責の念をかかえたまま生きていくのはどれ程辛いか…という見方もできるのだが、〈名もなき〉は友人1人の死くらい吹っ飛んでしまうくらいの苦しさ。(もちろん1人の命が軽い、という意味ではないが。)
 

演劇の〈パンヤ〉も同じ題材を含んでいるが、個人のエピソードにフォーカスしているせいか号泣したとしてもまだエンタメの範疇として受け取れる。こちらの方は隠蔽されて来た事実だと思うと…。


音楽も良いし、「未来に向かうために」という姿勢が感じられて見応えある作品だった。しかし余りにも辛いので1回で終わってしまった。

 

 (4:55〜)