創作陣と共にする
ライブラリートーク
完結編
〈ライカ〉のキーメッセージは
どういったものでしょうか?
劇中に「手なずける」という概念が出てくるじゃないですか。
そのように私たちが自然状態の本性、それ以上を追求する態度が必要ではないかという話をしたかったのです。
ライカとライカを見て変化する他の存在の姿を通じて、待つ中でより良い人間像を追求することが、人間が追求すべき態度ではないでしょうか。
「人間らしい」とは何だろう、というテーマを考えながら見てみるといいと思います。
ライカ編
ライカはなぜそこまで
人間を理解しようとするのでしょうか?
ライカは第2幕で「うん、もう理解できた」というナンバーを歌います。
被害者として加害者の心を理解して納得するという概念ではありません。
目的達成のために犠牲を辞さない人間の否定的な側面を、その時ライカが理解したと思いました。
B612の存在もやはり人間のように、自分のために他の生命の犠牲を黙認しようとしたのですが、その状況で悪ぶりながら自分を合理化する歌を歌うのだと思いました。
しかし、ライカは歌を終えてから他の犬たちの声を聞いて苦しんでいます。
その声はライカの良心の声だと思います。
人間とは違う正義を持っている存在としてのライカを見せたくて、その場面が入りました。
ライカはどのように
心を変えるようになりますか?
2幕序盤にライカは自分の姿を客観的に見つめながら苦しみます。
人間と同じように人間に仕返しをすると悪ぶりますが、バラが出てきて「私が美しいのは」ナンバーを歌ってくれます。
本当に君が望む選択が何なのか考えてみてごらんと。
その次に「人間は何だろう」というナンバーが出てくるのですが、その時にライカは「本当に私が望む答えは何だろう」と考えるようになります。
もちろんライカがその悩みの末に下した答えが結局「会いたい」なのだと思いました。
しかし、そこでライカは止まりません。
理想的な人間らしさについて語るライカの姿は、自分の個人的な願いを超える姿です。
自分が本当に望む答えは「会いたい」ですが、それでも「さよなら、キャロライン。さよなら」と言いながら「より良い答えを見つけるよ」と話すのがライカの叙事だと言えます。
(訳注:最後のアンニョンを「さよなら」と想像してみたけど、ライカがB621から地球のキャロラインに呼びかける「こんにちは」が正しいのかもしれない!本当に「アンニョン」はくせものだ。)