約4年半の台湾滞在が終わる。
(正確には明日夜に台湾を発つがインターネットの関係で今日整理したいと思う)
台湾を離れることが正直実感が湧いてなかったが
友人らと最後の食事会が連続して続くと、「ああ、もう終わりなんだな」と
ようやく実感がこみあげてきた。
台湾は間違いなく自分にとって「第二の母国」になった。
外国とは思えないほど馴染んでしまっているので日本に帰国してもあまり変化を
感じないだろう。
4年半の期間をざっと俯瞰すると下記のようになる。
●1年目
新しい国でのチャレンジの始まりに新鮮さを感じ同時に
会社立ち上げという全て自分でやり繰りしなければならない状況に
全力投球。やるしかない、という状況で必死だった。
●2年目
少しずつ事業として軌道にのりかけ、2年目終盤にようやく一人正社員を雇う。
非常に優秀な社員のおかげで、じわじわではあるが売り上げが伸びる。
(終盤には単月黒字も達成)
●3年目
成長に行き詰まりを感じ始める。社員は一人増え売上も下がってはいないが
大きく上がることもない。思うように事業が成長しないことに歯がゆい思いを
するとともに、自分の中でコントロールすることの難しさを痛感し始める。
●4年目
3年目終盤から、体調を崩す。これは致命的なものではなく仕事は続けたが
体調不良はつい先日まで(期間にして1年半ほど)続いた。
知り合いからはこぞって「痩せたね」と言われるほどけっこう参っていたのだと感じる(笑)
社員は、トータルで5人に増え、自分がいなくても事業が回るようになる。
4年目の途中から「自分はそろそろ台湾を離れるべきだ」と思い、社長に打診。後任探しを始める。
後任に無事引継ぎが終わり2018年3月末で台湾での任期が終了。
仕事の面で、4年半の経験を通して身をもって学んだことは大きく3つ
① 0からのスタートでは自分が動かないと何も起こらない。行動あるのみ
② 経営者としてコスト意識が甘かった。もっと細部にわたり削れるコストがあった。
同時に数値関連(資金管理、BS,PL管理)も甘かった。知識はもちろんだが、実行部分で
確認をしっかりしてなかったり詰めていなかった。
③ 人の縁は大事。途中からは自分からの営業より紹介ベースでお客さんを紹介してもらう割合が
増えていった。ビジネスライクで行き過ずお客さんからの信頼を得るためにじっくり人間関係を
築いていくことは重要
また、生活部分では台湾人の友人らに本当にお世話になった。
中国語が離せない自分をなにからなにまで助けてくれて、共に旅行に行ったり
ご飯を食べにいった思い出は今後も色褪せないだろう。特に2018年に入ってから行った
小琉球と花蓮は素晴らしかった。台湾らしいナチュラルだけどエレガントで且つ人の温もりを感じられる
素晴らしい旅だった。
台湾生活で繋がった友人らとは今後も連絡を取り続けるし、台湾に来たときはもちろんいつか
日本で自分がいろいろ案内できればと思う。
ずっと台湾にいることで慣れ、自分の中でモチベーションをコントロール
できなくなった時期があったことは反省点で、これは今後どこで生活しようとも
つきまとう問題。台湾でその状況を打破したのは結局行動したことで
あった。行動しなければ成功も失敗も何も生まれないことを痛感した。
とはいえ、やはり台湾での生活は素晴らしいものだった。仕事でもまた来ることがあるだろうが
いつかプライベートでもきて、ゆっくり台湾旅を楽しみたいと思う。真的謝謝台灣!再見!
次のステージは、、、、実はまだ完全に決まっていない。
一度日本に帰国した後、今年中には再び海外(恐らくアジア)に行くことになる。
どんな場所にいようとも自分の中での軸は変わらない。
「自分が心躍ることにチャレンジする。二択あったら難しい(普通なら選択しない)ほうを選ぶ」 だ。
6月で30歳になる。まだまだ人生これからだ。止まらず走り続けていこう。