No Border 生きる。ベトナムで。

No Border 生きる。ベトナムで。

自分は自分でしかない。 I'll be there.

幼少のころ、良くしてくれた方が亡くなったと一報があった。

社会人になってから会ったことは(たぶん)一度もなく

でも間接的に色々楽しく人生を送っていると聞いていた。

 

年齢はおそらく70歳ちょっと。喉頭癌だったとのこと。独身。

 

令和の時代、独身であることをどう言うつもりはないが

その方が30代くらいのご時世では結婚が当たり前だったはず。

ただ、結婚できなかった間接的な理由もまた自分は知っていて

家族(その方の妹)が身体に不自由があり、実質その方が

世話をしなくてはならなかった(その妹さんも数年前に他界)。

 

なくなるまでの数年間は1人で悠々自適に過ごされていたと思うが

最期はどうだったのだろう。何を思って過ごされたのだろう。

 

ふと、自分は決して自分の力だけで生きているのではなく周りの方の

力があってこそ、日々の生活がある、ことをしみじみと感じるのである。

 

家族がいる。ベトナムには妻の兄弟が頻繁に家に来たりしてストレスを

感じることもある。でもその繋がりが、将来なにかに繋がっていくのだろうか。

 

同時に時の流れを感じる。

昔からの知り合い、世話になった人が亡くなっていく、その年代に入ったということ。

 

今自分がベトナムで生きているということ。家族がいることに感謝して今日の1日を

生きていきたい。

今読んでいるシリコンバレーのナヴァルさんの本で

 

「幸福とは、今あるもので満たされていると感じること」

「波風立たない状態に満足感を感じて、平穏であることが幸福」

 

という旨の内容が書かれていた。欲望とはキリがなく古今東西

仏教の世界でも「執着こそが不幸の元凶」と言われることは自明だ。

 

それを理解したうえで

 

”平穏であることは、ぶっちゃけつまらない人生を受け入れること”とも言える。

”人生1度きりで、300年後には誰も今の人物・出来事に興味がない”

”数億年後には人類も滅び、数十億年後には地球も滅びる”

”つまりいつかすべて塵になる”

 

ということを考えると、自分の場合はやはりリスクテイクして冒険したくなる。

人生ざっくり80年と考えると、おおよそ半分まできて(37歳)残り半分をどう生きるか。

まだ子供が小さいのであと20年はなんだかんだで変化を外部から与えられる生活に

なるわけだが、やはり自分の内から変化し、経験し、楽しむというアクションを

能動的に起こしていきたい。今や雇われの身ではなくなり自由なのだから。

 

そのための鍵はやはり「多様な人に会いまくる」ことだろう。

人に会い、影響され変わる。これは動かしようのない事実。

1人で考え事ばかりしていても進展がない。内向きになり閉じた世界で終わってしまう。

 

最近は飲み会という名の場に行くことが滅多になくなったが会社も少し落ち着いてきたし

自分から積極的に誘って、人に会いに行くということから始めてみたいと思っている。

 

 

 

結局ここに行き着く。

ごく僅かな人種は「ぶっきらぼうでワイルド」な態度や人当たりでも

うまくいくことがある。だが、大半の人は総じて最後には壁に当たる。

なにかトラブルを起こす。自滅していく。

 

「ああ、古いタイプだな」「お前、くそ真面目過ぎんだよ」と言われようが

自分は誰に対しても、フェアで誠実で基本丁寧でありたいと思う。

これまでもそう務めてきたし、今後もそう。

 

もちろん、あまりに失礼な態度を取る人にはそれなりに強く対応する。

が、そもそもその類の人とは距離を置くので、それ以上の関係にならない。

 

類は類を呼ぶ。丁寧でない、雑な態度やフェアではない人はいつかメッキが剥がれる。

そして敵も多い。調子が良いときは問題ないが、悪くなると本性がでて

誰も助けてくれなくなる。

 

自分は年上でも、年下でも敬語を使うし、上からも下からも伺わない。

(変に下出にでない、というもまたポイント。あくまでフェアなのだ)

 

自然体で変な色眼鏡を使わない。自分に合わないと直感した人とは距離を置く。

それが周りまわって行き着いた人間関係の在り方。

 

 

よく起業は早い方がいい、というが本当だろうか?

 

データをもとにした話ではなくあくまで個人の主観に基づく考えを述べる。

20代の早いうちに起業すると、おそらく途中で飽きたり、息切れをしてしまい

そうな気がする。完全に個人の意見だ。なんの根拠もない。

 

そして早いうちに起業する場合、どの分野で起業するかという議題に対し

「成功確率が上がる分野」「企業価値が高くなりやすい分野」などで起業するのが

筋だろう。今でいう、AIで起業、みたいなものだ。

 

だが。

 

そのような分野ほど、「面白くない」「つまらない」感じがしてならない。

自分がやりたい、よりもビジネスとしてどうか、が先にきているからだ。

もちろん、ビジネスとして上手くいかないとそもそも話にならない。

これは自明のとおりだ。

 

しかし、起業するなら「自分がパッションをかけてやる意義のあること」を

すべきだと強く思う。綺麗ごとではない。実際その方が人生豊かになると

思うからだ。

 

あっと、なんか掲題と内容がそれてきたな・・・

言いたいことは

・自分がやりたいこと

・自分の強みが生かせること

・パッションが持てること

・社会に価値が提供できること

・事業として継続性があること

 

のそれぞれの円が重なる点を見いだせるのが、30代後半なのではないかと思う。

15年ほど社会に揉まれ、自分という人間もわかってきて(強みも弱みも)

そして40歳ほど、体力低下がなく、でも人脈含めそこそこはある状態。

それが30代後半。社会人としての道のりはおよそ半分。残りの人生をかけて

単なるビジネス視点ではなく、生きがいを含有した己が成すべきことを

自分事として身体に、脳に、メンタルに浸透させ生き生きと活動できるのが

30代後半であると思う。

 

むろん、家族があったらリスクは伴うだろう。

だが、リスクが全くない選択はそもそもないし、会社員を続ける場合

その後、起業して自分で人生を舵を取る機会は恐らくないだろう。

 

どの道を選ぶか、その妥当性が一番確率論的に高いのもまた

30代後半だと思っている。いい意味で色々経験を積んでいるから。

 

まあ、先入観はあるだろう(自分が37での起業だったので)

が、なんとなくそう思うのである。

 

 

 

起業して7か月半。正直売り上げ(利益)はまだまだ乱高下が激しい。

なかなか売り上げが出ないときは落ち込むこともあるし煮詰まり過ぎて

体調不良になることもある。

 

ただ、今やっていることは今後40年事業を続けるために繋がることだ。

40年後の自分は77歳。つまりほぼ死ぬまで現役であることを意味する。

 

仕事、という感覚ではなく日常に溶け込む、そこにあるもの。

それがコメ事業であり、まさに人生を通してやっていきたいこと。

 

と考えると、その内の1年、3ヶ月、1ヶ月、1日が今でありコツコツ積み上げる

他はない。もっと肩の力を抜こう。単月でみるのではなく年単位で積み上げる。

なにより、信用を高めることを最優先する。今はスタートしたばかりだからだ。

 

こんな時こそあえて全く関係ないことを日常に加えると意外とリフレッシュできたりする。

 

それも含めて生活であり、人生である。せっかく起業して自分で舵を取っているなら

もっと楽しんでいこう。