クレイジーさはやはり必要。 | No Border 生きる。ベトナムで。

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自分は自分でしかない。 I'll be there.

昨日、ベトナムに来てから知り合いになった友人と
その友人(ベトナム人)で飲んでいた。

1人とてもおもしろい人がいて「この人ちょっと頭おかしくない?」と
一瞬思ったのだが、「凄い人はクレイジーさが必要なんじゃないか」という
話に移った時、やはりこの人は凄い人なんだな~とつくづく思った。

非常に脈絡のない文章になってしまったが、言いたいことは
何か凄いこと(それが良い悪いに関わらず)を成し遂げるためには
どこかでクレイジーさがなければダメなんじゃないかということ。

もちろん、真面目にコツコツとやっている人でも凄いことを
成し遂げる人はいる。
それは見方を変えれば、誰よりも真面目にコツコツやってきたその行為自体が
クレイジーなんだと思う。

普通では、大多数の中に埋もれてしまう。注目されない。
個の時代に変遷していく世の中にあってone of themではなく
自分を他でもない自分として育んでいくために、もっと尖ったことを
”意識的に”やっていかなくては、と思った晩餐でした。



※ちなみに、昨日飲んだ友人は今25歳だけどベトナム現地法人の社長を
 やっている。肩書はあまり意味はないけど、でも凄い。
 そんな同世代に囲まれて事業の責任者をやらせてもらっている自分は
 どんだけ良い環境なんだよ!とツッコミをいれたくなりましたw