孔明先生に私淑(ししゅく)している玄子(げんし)です。
天下三分の計*ブログセミナーの続きです。
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〜今日はここから〜
荆州北据漢 沔 利尽南海 東連呉会 西通巴 蜀
此用武之国 而其主不能守
此殆天所以資将軍 将軍豈有意乎。
荊州は東西南北に通じる用武の地。
しかし、太守の劉表は荊州を治める器に非ず。
これはまさに天が、荊州を将軍(玄徳殿)に
賜っているとしか思えないのですが
将軍の意向は如何ですか?(どう思われますか?)
荊州の太守、劉表を頼り
↓客将として新野城を護っている玄徳殿。
劉表への恩義から
髀肉(ひにく)を嘆きながらも
用武の地(戦略上における用地)で
何も出来ない状況が続いていました。
ちなみに、髀肉の嘆とは
自分の能力を発揮する機会のないことを嘆くこと。
出典は玄德殿です!
若かりし頃は馬にまたがって、戦場を駆け巡っていたので、引き締まった体でしたが、平和な荊州へ来て、戦場へ行く機会もなくなった玄德殿は髀肉(モモの肉)がついているのをみて、唖然、、、。
漢王朝の復興を志しているのに、、、何やってんだ、俺は!!!イライラと嘆きに襲われたのでした。
それが、髀肉の嘆。
「俺ももう、こんな歳か〜。しょうがないよね、だって人間だもの。中年になると皆、こんなもんでしょ?孟徳(曹操閣下のことです)もきっと同じだよ。それどころか平均的な同年代の人に比べたら、俺なんてまだ良い方だ」
って普通は思うところを
「俺は髀肉を嘆いているのに、孟徳はすでに天下の大勢を手中にしているではないか!このまま人生を終えて良いのか?」
諦めることなく何とかしようと行動して、三顧の礼を尽くし、そして今、まさに人生の大逆転ともなる「天下三分の計」を孔明先生に進言されているのです。
孔明先生を惹きつける衰え知らずの人徳☆彡
何よりもこれが玄德殿の底知れない凄さ。
玄德殿の器は大きすぎるので、その凄さは目立たないし、何とも思われないけど、50歳を目前に、志を諦めることなく、二十才も年下の相手に頭を下げられるか?って言ったら、自分に置き換えてみたら、それはもう、ただ事じゃないのです!
後世の人間的にいうなら、帝になる方はやっぱり違う、のです。
嘆くのは簡単。
大事なのは、そこから先、どうするのか?
玄德殿の覚悟と情熱が形となった【三顧の礼】に感激したからこそ、孔明先生も、自身の命運と人生を懸けて天下三分の計を打ち明けました。
荊州の太守、劉表は孔明先生の奥方のおばさま、の旦那!ですが、孔明先生は冷静に「劉表は荊州を治める器ではない」と断言。
「天が荊州を将軍に賜っているようなものではないですか?」
というのもお世辞ではなく、客将でありながら将兵や民衆に信頼されている玄德殿ならば、荊州を治めるのに相応しい。
早い話が、玄德殿は劉表以上の器の人物である、と分析しています。
兵力や権力ではなく【一人の人間】としての玄德殿を見ている孔明先生と、肩書きや年齢差に関係なく【一人の人間】として孔明先生に教えを求める玄德殿。
後世論ですがこれはもう、すでに水魚の交わりな予感ですな(*^O^*)
が、一つだけ大きな違いがありました。
それは、、、
玄德殿は荊州でどうすれば良いのか悩んでいたのに対し、孔明先生の目は荊州だけには留まっていませんでした。
荊州を足掛かりにするのを前提とした
孔明先生の構想は、ここからが本番!
孔明先生が自作の地図を広げて
玄徳殿の前で指差した場所とは─