THE EVIL OF THE PERFECT PITCH
音楽の世界にいて、あると得するものの一つとして「絶対音感」とか「相対音感」なんてのがある。作曲をするような人間は、特にそうなんじゃないかな。
譜面にするまでの工程は、多分人それぞれだと思うけど、私の場合は殆どが脳内で構築されて行く。
ある一定の時期までは、それが当たり前の事だと思っていた。
意識しなくても欲しい音階が正確な形で脳内でメロディを奏でる事も、日常些細な物音が全て音符になって聞こえるなんていう事も特に「特別な事」だなんて思った事は無く、ただ単にピアノをやっているから身に付いただけのものだと思っていた。
それが先天的な「絶対音感」である事に気付き、極稀な能力である事を教えてくれたのは父親だ。
その時はこの能力はとても素晴らしいものだと言う言葉を繰り返された気がする。
一般的にもこの能力の利点ばかりが取り上げられ、少し有頂天になっていた事もあった。
けれど、それが必ずしもありがたい能力では無いと思い知ったのは、初めてバンドを組んだ中学二年の時だった。
「絶対音感」を持つ人間全員が必ずしもそうであるとは言い切れないが、先述のリンク先から一部を抜粋しつつその詳細を書き出して行こうと思う。
12音につき完全な絶対音感を持つ人は次のことが基準音を与えられずに容易にできる。
・さまざまな楽音やそれに近い一般の音に対して音名を答えられる。
・和音の構成音に対しても反射的に音名を答えられる。
また、次のようなこともさしたる努力もなしにできる人が多い。
・楽曲を記憶するのが速いことが多い。
・耳で知っているだけの曲を楽譜なしで即座に弾くことができる。
・任意の曲(初見の曲を含む)を任意の調に即座に移調して弾くことができる。(これは非常に困難なことであり、絶対音感保持者でも自己の音感を自由にコントロールできない人は却って難しい場合もある)
一方で、
・移動ドで歌うことを苦手とする場合がある。
・移調楽器や現在の基準音(A=440~442)に設定されていない楽器(古楽器等)を演奏する場合、鳴っている音と譜面の音が一致していないと感じてしまい、演奏に抵抗を感じることがある。
・薬物の作用によって、絶対音感が狂うことがあり、不便を感じることがある。
などの弊害もある。
ーwikipediaより一部転載ー
こういう事が生活の一部になっている人間が、出来ない人間の立場になって考える事ははっきり言って不可能だった。
こう言う事が出来る様になるまでに特別な訓練をしたわけでもないわけだから、そこに至るプロセスを語る事も、アドバイスすらも出来ない。
譜面が読めない人間に対して何を思う事は無かったが、即興演奏が出来ない人間に対しては実に見下した態度をとっていたと思う。
結果、チームとして稼動しなければならないバンド内においてそれがどう言う事に繋がってしまったかは皆さんのご想像にお任せするが、それが「絶対音感が齎す弊害だ」と決め付けるに値する出来事であった事は言うまでも無い。
それからもう一つ。
あからさまに「弊害」とも言え無いが、それに近いものとして友人・知人達と行く「カラオケ」なんかもある。
さすがに自費で出掛けるようになる頃には(年齢的に)、音痴だろうが、テンポが狂っていようが、ある程度は許容出来る様になってきたが、それでも不快感が消える事は無い。
正直「これ以上、聞いていたくないなぁ」なんて思う事もままある。
それでも許せるのは彼らが素人だからだ。
そんな素人でも許せないと感じる事があるのは日曜昼にオンエアされる某局の歌番組。
それも許せないのは歌っている本人では無く、審査の方だ。
まぁそれは置いといて。
プロの歌手(ヴォーカリスト)に対しては、殊更評論家めいた感覚で見ている事が多い。
その瞬間の私は非常に嫌な奴の顔になっていると思う。だから歌番組は極力見ない。
見るとすればMTVくらいのもんだな。
良く、絶対音感の弊害として、生活の音が全て音階になって聞こえるので、雨音などの自然音と室内の生活音などが混じりあった際に不快感を得る事が多い、なんて言う様な事が取り上げられるけど、実際私自身の事を言えば、楽音以外の音に対してそこまで神経質になる事は無い。(それはただ単に性格上の問題だけなのかも知れないが)
ただ私にとっての弊害は、やはり上記にある通り、許容力の欠落だったと思う。
そこに気付くか気付かないかで、現在の私は大分違っていただろう。
その出来事以降は、耳で聞いてコードを、音を理解出来ない相手に、タブ譜や楽譜を書いて伝えるようになった。
追記:
それにしてもオケ譜は大変だ。
全部の楽器が最高の状態で鳴っている音を知っていなければならない上に、その楽器の音色の特色も正確に把握していなければならない。
これにはさすがに「絶対音感」なんてまるで役に立たない。
ひたすら感覚に覚えさせるのみ。
なので最近はオーケストラ演奏のCDを聞きまくっている。
CIVILIZATION
道を歩いていて、ふと顔を上げ天を仰げば、綺麗なグラデーションが拡がっていた。それを邪魔する幾重もの電線。
だけど私はこう言う景色が意外と好きだったりする。
何の邪魔の無い空もそれはそれで綺麗だけれど、こうやって文明が発展した現代世界で見る綺麗な空って言うのは、
「地上が鉄やコンクリートで埋め尽くされようとも、空の色だけは不可侵なんだ」って感じで、何処かニヒルなんだよな。
都会のコンクリートジャングルで見るこの空が、我々人間をせせらわらっているような気がしてならない。
人工的に作られた美しいもの、便利なもの、色んなものが世の中に溢れている現代。
結果的にそれが人間と言う生き物から、欠いてはならない何かを少しづつ奪っている現実を、ね。
それと同時にこういう景色を見るたびに私がいつも感じてきたのもまた、地上を埋め尽くす高層ビルも、生活を豊かにする電力も、今まで我々人間が知恵を絞って築いて来た文明の数々は、全部無駄な事だったんじゃないかって事。
今、私はPCでこの記事を打ち込んでいるわけだけれど、デジタルの世界では一つ前の段階に戻す、或いはリセットすると言う事が容易に可能だ。
デザイン作業なんかでもその機能が使われる機会は多い。
最近私が怖いと思った事は、一瞬その機能が現実世界、つまり生活の中でも使えるかの様な錯覚に陥ってしまう事がある、と言う事実。
それはほんの一瞬なのだけれど、例えばネイルアートの作業をしている最中なんかに、ちょっとした塗りの失敗をしたりなんかすると、頭の中で咄嗟にCommandキーとZキー(またはCtrlキーとZキー)が浮かんでしまう。
直後に「いやいや、無理だから。これデジタルペイントじゃないから!」って心の中で突っ込んではいるけど、たとえ一瞬でもそれが出来ると錯覚した自分が怖い。
それって要するに「そう簡単にやり直しは効かない」って言う意識が欠落しているって事。
デジタルで絵が描けるようになる前には、ずっと持っていたものが薄れかけている。
一筆一筆を慎重に、って言う気持ちが。
ただしこれらは私個人に纏わる事で、皆さんにとってはどうしようもなく些細な話(だと思う)。
だけど、実際はもっと大きな部分で人は色んなものを文明に奪われているんじゃないかと感じる。
先日、斉藤 工のブログにあったこの記事【 daughter→papa 】では、切り口は違えど、根本的に共通する内容が書かれていた。
ただ、この文明社会を一度崩壊させて、何も無い、それこそ縄文時代の様なまっさらな時代に逆戻りした場合、今この地球上に住んでいる人間の殆どは生きてはいけないだろうと思う。
だから大事なのは、失ったものがある事を認識する心と、それが現代社会に於いてとても大切なものであると言う事に気付く事、それをどうやったら取り戻せるか、と考え実行に移す行動力だと私は思った。
隣家に醤油を借りる事が出来る世の中は、文明云々では無く人々の意識が「そうであった当時」の感覚を取り戻す(或いは知った上で再び作り上げる)ことで、蘇らせる事が出来るんじゃないかな。
CONTROL ONE'S MIND
八王子の女子大生殺傷事件。
東京都八王子市の京王八王子駅ビル「京王八王子ショッピングセンター」で22日夜、「啓文堂書店」アルバイト店員(22)=中央大学4年、八王子市打越町=ら2人が殺傷された事件で、殺人未遂容疑で緊急逮捕された容疑者(33)=同市川口町=が、「現場近くで文化包丁を購入した」と供述していることが分かった。警視庁捜査1課は、凶器を用意した計画的な事件とみて、書店を狙った動機などについて追及する。
同課の調べに容疑者は淡々と応じているといい、「仕事がうまくいかず、人を殺そうと思い包丁を買った。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」などと供述しているという。駅近くのスーパーなど購入場所の特定を進めている。
『誰でも良かった』
冗談じゃない!と思う。
だからって誰か特定の相手を狙う事も同じくらい腹立たしいし、同時に悲しくてどうしようも無い事だけれど、「仕事がうまくいかず、人を殺そうと思い包丁を買った。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」なんて言うのは、人ひとりの人生を奪う理由にならない。当たり前だ。
そもそも人を殺す動機として他人を納得させる理由なんて、法的に認められた死刑以外には存在しないだろう。
東京都八王子市の京王八王子駅ビルの書店で2人が殺傷された事件で、逮捕された容疑者(33)を知る人たちは「学校でも職場でも1人だった」と声をそろえる。社会から孤立しかけていた男のよりどころは、両親だった。しかし、その両親に相談をしたが相手にされなかったとして、容疑者は無差別殺人に走った。「仲良し親子」と映った家族に何があったのか。
この記事を読んで同情する人間は居ないと思う。
居るとすれば、その人間とていつか理性の箍が外れて凶行に走る可能性すらある。危険な兆候だ。
孤立するのには当人にそれなりの問題があるからで、それは多くの場合が内向的で自分の内に篭るというような性格的なものだったりする。その癖プライドだけは無駄に高いもんだから、自分に非がある事を決して認めようとはしない。
とまぁここで容疑者叩きをしてもそこには何の生産性も無いわけで、真に書くべきはこれ以上こういった事件の犠牲者が出ない事を祈る言葉のみ。
最近笑えない事が多く、同じ様にムシャクシャしている方、自分が孤立してしまっていると自覚している方。
そう言う時は自分が心から楽しいと思った日の出来事を思い出してみて下さい。
どういう事が起きた時に笑い転げた、とか、どういう人のどういう性格に笑わされた、とか。
人生を楽しくするヒントは意外と過去にあったりします。笑顔のヒントを探ってみて下さい。
いつも仲間に囲まれてる人間に憧れている方。
そう言うヒトが近くに居たら、その人を分析してみてください。
吸収できる部分は沢山あると思います。ただその人の真似をしてはいけません。
他人は自分が思っているより鋭いですから「変わろうとしている人間」と「上辺だけ真似ている人間」をちゃんと見抜きます。
私が思う重要な事とは、その日その日を如何に笑顔で過ごすか。
笑顔の数だけ良い事は訪れます。これは私の実体験に基づく事。
「変わろうと思った時に人はもう変わっている」とは良くある台詞ですが、それはまったくその通りで、差し出がましいようですが、今回書いた事が「どう変わるか」と言う事へのちょっとしたヒントになればいいな、と思います。はい。
東京都八王子市の京王八王子駅ビル「京王八王子ショッピングセンター」で22日夜、「啓文堂書店」アルバイト店員(22)=中央大学4年、八王子市打越町=ら2人が殺傷された事件で、殺人未遂容疑で緊急逮捕された容疑者(33)=同市川口町=が、「現場近くで文化包丁を購入した」と供述していることが分かった。警視庁捜査1課は、凶器を用意した計画的な事件とみて、書店を狙った動機などについて追及する。
同課の調べに容疑者は淡々と応じているといい、「仕事がうまくいかず、人を殺そうと思い包丁を買った。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」などと供述しているという。駅近くのスーパーなど購入場所の特定を進めている。
-Yahoo!毎日ニュースより転載-
『誰でも良かった』
冗談じゃない!と思う。
だからって誰か特定の相手を狙う事も同じくらい腹立たしいし、同時に悲しくてどうしようも無い事だけれど、「仕事がうまくいかず、人を殺そうと思い包丁を買った。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」なんて言うのは、人ひとりの人生を奪う理由にならない。当たり前だ。
そもそも人を殺す動機として他人を納得させる理由なんて、法的に認められた死刑以外には存在しないだろう。
東京都八王子市の京王八王子駅ビルの書店で2人が殺傷された事件で、逮捕された容疑者(33)を知る人たちは「学校でも職場でも1人だった」と声をそろえる。社会から孤立しかけていた男のよりどころは、両親だった。しかし、その両親に相談をしたが相手にされなかったとして、容疑者は無差別殺人に走った。「仲良し親子」と映った家族に何があったのか。
-Yahoo!毎日ニュースより転載-
この記事を読んで同情する人間は居ないと思う。
居るとすれば、その人間とていつか理性の箍が外れて凶行に走る可能性すらある。危険な兆候だ。
孤立するのには当人にそれなりの問題があるからで、それは多くの場合が内向的で自分の内に篭るというような性格的なものだったりする。その癖プライドだけは無駄に高いもんだから、自分に非がある事を決して認めようとはしない。
とまぁここで容疑者叩きをしてもそこには何の生産性も無いわけで、真に書くべきはこれ以上こういった事件の犠牲者が出ない事を祈る言葉のみ。
最近笑えない事が多く、同じ様にムシャクシャしている方、自分が孤立してしまっていると自覚している方。
そう言う時は自分が心から楽しいと思った日の出来事を思い出してみて下さい。
どういう事が起きた時に笑い転げた、とか、どういう人のどういう性格に笑わされた、とか。
人生を楽しくするヒントは意外と過去にあったりします。笑顔のヒントを探ってみて下さい。
いつも仲間に囲まれてる人間に憧れている方。
そう言うヒトが近くに居たら、その人を分析してみてください。
吸収できる部分は沢山あると思います。ただその人の真似をしてはいけません。
他人は自分が思っているより鋭いですから「変わろうとしている人間」と「上辺だけ真似ている人間」をちゃんと見抜きます。
私が思う重要な事とは、その日その日を如何に笑顔で過ごすか。
笑顔の数だけ良い事は訪れます。これは私の実体験に基づく事。
「変わろうと思った時に人はもう変わっている」とは良くある台詞ですが、それはまったくその通りで、差し出がましいようですが、今回書いた事が「どう変わるか」と言う事へのちょっとしたヒントになればいいな、と思います。はい。
FESTA
そろそろと色んな所で夏祭りが開催されております。ウチの近所でも、夕方18時くらいから祭囃子が聞こえ始め、ローカルな祭りなんだろうけど、それなりに屋台が出てたりして、祭り好きの私にとっては誘惑の嵐。
けれど仕事を放棄するわけにも行かず、それを私は横目で恨めしげに見ながら通り過ぎる。
ところで、私は演歌と言うものにはとんと興味が無く、紅白歌合戦でも演歌が始まるとトイレに行ったりして席を立つ事が多いわけですが、祭りのBGMだけはやっぱり演歌だな、と思います。
日本独特の提灯に紅白の彩り。
如何に私が洋楽ロック好きと言えど、この時ばかりはカート・コバーンやトム・ヨークの出番は無い。
(まぁNIRVANAやRADIOHEADが流れたらそれはそれで、それ自体に問題はあるが→基本ダウナーなので。)
ジャンル的にはポップスに入るのかもだけど、仮面ライダー電王のダブルアクションキンタロスバージョンだったら許しましょう。
屋台で売ってる焼きそばとかたこやきって何であんなに美味しいんでしょうね。
これがまた不思議で、家にもって帰って食べても大して美味くないわけですよ。
その場で食べるのが一番美味しい。
やっぱ空気なのかなぁ。祭りの中にいるって言う。
基本人混みが嫌いな私なんですが、こう言うローカルな盆踊り祭にはやっぱり心惹かれます。
あ~盆踊り踊りたい。
QUESTIONAIRE
「スラムダンク」の湘北高校バスケ部員で一番好きなのは?
スラムダンクが北米で発売されるに当たってYahoo!がこんな意識調査を行っている。
主な湘北バスケ部員についてはコチラを参照の事。
私が投票に参加した直後の結果は以下の通り。
合計 28453票
1位 三井 寿(11487票)
2位 桜木 花道(5540票)
3位 流川 楓(4635票)
4位 宮城リョータ(3703票)
5位 小暮公延(1742票)
6位 赤木 剛憲(795票)
7位 その他(551票)
ダントツで<三井 寿>の独壇場である。
それでも二番手に流川ではなく桜木が来ているのが嬉しい。
尚、個人的にこのランキングを付けるなら、私の場合宮城と流川が逆になる。
バスケ部員と言う括りだから今回は入れられないけど、湘北高校バスケ部関係者と言う括りであったならば、三番手には水戸洋平が入るだろう。
更に、もし登場する全キャラから好きな順位を付けるとすれば、私はこうなる。↓
1位 三井 寿(湘北)
2位 桜木 花道(湘北)
3位 牧 紳一(海南)
4位 水戸 洋平(湘北)
5位 清田 信長(海南)
6位 宮城リョータ(湘北)
7位 安西先生(湘北)
8位 流川 楓(湘北)
9位 赤木 剛憲(湘北)
10位 仙道 彰(稜南)
うん。
こんなもんだな。