Civ4リプレイ -日はまた昇る-7
第二攻撃軍がアレキサンドリアで激闘をしている中、第一攻撃軍もまたメンフィスにてエジプト軍の根強い抵抗にあっていた。しかし、ここでもまた衆寡敵せず、日本軍の前にメンフィス守備隊は壊滅し、メンフィスもまた灰燼と帰した。しかし、第一攻撃軍のこうむった損害も決して軽微ではなく、本国から新編されたマスケット部隊の到着を待たざるを得なかった。
アレキサンドリアを攻略した第二攻撃軍は旧エレファンティネ周辺で軍を再編し、東京の喉元にナイフを突きつけているエジプト第四の都市ギザへと侵攻を開始した。ここでもエジプト軍の守りは堅く、日本軍の再三の降伏勧告も無視してエジプトは抵抗を続けた。増えギザへの攻撃とヘリオポリスの包囲によって損害が増え続ける日本政府は、エジプトとの講和を模索し始めた。日本外務省は250ゴールドの賠償金のみを科して早期講和をすべきと主張したが、将軍と軍部はあくまでヘリオポリスの割譲と属国化を譲らず、講和会議は決裂した。そんな中、突如としてオスマントルコがエジプト戦からの離脱を表明。これにより、日本政府は一時動揺するが、軍部は敢然としてギザ攻撃を続行し、これを焼き払い、新たに開発された榴弾兵をヘリオポリス戦へと投入した。榴弾塀の前に、ヘリオポリスは日本軍の支配下に入り、テーベもまた無防備なその姿をさらした。
Civ4リプレイ -日はまた昇る-6
国境沿いに日本軍主力が展開していることに気づいたエジプト政府は、すぐさま各都市に防衛体制を固めさせたが、時既に遅く、怒涛のごとく攻め寄せる日本軍を前になすすべもなく粉砕されたいった。緒戦でエレファンティネ・ピラメセスを日本軍の猛攻によって焼き払われたエジプト軍は動揺し、国境沿いの要衝ビブロスもまた失陥するという憂き目を見た。緒戦の快勝に気を良くした日本軍はエジプト領内深くへの侵攻を決断。侍とカタパルトを中核とする第一攻撃軍はエジプト第二の都市メンフィスへ。マスケット兵も含めた第二攻撃軍はエジプトの持つ唯一の大陸西岸としにしてエジプト第三の都市アレキサンドリアへと向かった。
アレキサンドリアへと到着した第二攻撃軍はカタパルトによる城壁への猛攻を加え、降伏を勧告したが、アレキサンドリアを守るエジプト軍の太守は毅然としてこれを拒否。最後の一兵となろうとも戦い抜くことをアレキサンドリア市民に誓った。この軍民一体となったエジプトの抗戦により、3ヶ月程度で終了すると見込まれていたアレキサンドリア殲滅戦は半年以上に及び、日本軍新鋭のマスケット部隊も壊滅するなど大損害をこうむった。これにより、日本国内では沿線感情が高まりを見せ、将軍はやむを得ず警察国家体制への移行を政府に指示し、日本は総力戦体制を整えていくことになった。
一年に及ぶ猛攻の末、アレキサンドリアに立てこもったエジプト軍は壊滅。アレキサンドリア太守は最後に果敢な突撃を見せ、日本軍の侍部隊をして驚嘆せしめた後、カタパルト部隊の投石にて絶命した。
Civ4リプレイ -日はまた昇る-5
エジプトを仮想敵国としたものの、現実に敵国となれば帝国軍がエジプト軍にとって鎧袖一触の存在であることは、将軍にもわかっていた。そこで、将軍は後ろ盾を得るべく、オスマントルコに接近する。これまでかたくなに拒み続けてきた国境開放条約を締結し、さらに彼らの信奉するヒンズー教へと改宗したのである。この改宗はエジプトに不信の念を与えることになったが、エジプト政府は遺憾の意を表明するだけで直接行動には打って出なかった。
日埃国境沿いで両軍のにらみ合いが続く中、カタパルトの開発が完了すると将軍は量産を命じた。これはエジプトの諸都市が固い城壁に守られ、白兵戦力だけでは心もとないという軍部の判断を容れた結果であった。
カタパルト部隊の整備が終了すると、次は白兵戦力の整備が侍の開発を待ってはじめられた。帝国固有の戦力である侍は、同時期の白兵ユニットに対し、優勢に戦闘を進められることができ、戦場での活躍を大いに期待された。途中、国内の学者たちの尽力により、火薬が発明され、一部マスケット兵の配備も進みはじめた。



