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Civ4リプレイ -日はまた昇る-10

宇宙移民への準備は着々と進むかに見えたが、学者たちはその計画を進めるごとに、日本の国力で宇宙船を完成させることは難しいのではないかということを思い知らされていった。なぜなら京都以外の都市では宇宙船の一番難しくない部品を作るにも20年以上かかるという試算が複数の学者より提出されたからである。ここに至って、将軍は宇宙移民を一時凍結し、断念。国際連合の建設による外交的な勝利を目指す方針へと変更した。

しかし、属国であるエジプトと、朝鮮と敵対関係にあるズールーの票の確保は確実であったが、オスマントルコの動向いかんによって、すぐに覆されてしまう不安定なものであった。

そこで、将軍は自らイスタンブールへと赴き、メフメト2世と直談判をし、その説得を試みた。長い歴史の中で、緊張の時代を迎えていた両国だったが、一度も戦火を交えたことなく平和を謳歌してきたということが大きな利点となり、ついにメフメト2世は日本の外交的勝利を呑ませるに至った。しかし、メフメト2世は単に日本を支持するだけでは国民が納得しないとして、ズールーを支援する形で朝鮮遠征を行うことを日本にも要求した。将軍はこの提案を二つ返事で受け、両国に100年ぶりの雪解けが訪れたのである。

そして、1946年京都に国連が完成すると、ズールーを名目的盟主とする対朝鮮連合軍が結成された。その翌年、日本は国連事務総長国へと選任された。外交勝利の足がかりを得た日本は、朝鮮軍に対し敗退を続けるズールーに新編されたばかりの戦車部隊を送り込み支援するとともに、万全の体制を整えて、外交勝利投票を決行した。

ついで、1950年。日本は名実ともに世界の指導者として勝利を手にした。

将軍は、紀元前4000年に京都を建設して以来、誰にも見せたことのなかった涙をこの瞬間その目よりこぼれさせた。宮廷前に詰め掛けた数万の市民の万歳三唱を前に、ただ将軍は瞑目し、涙を流した。

その11

Civ4リプレイ -日はまた昇る-9

経済の復興は復員兵の努力と新たな技術開発により、着々と進んでいった。特に共通規格の発見による伐採所の建設および、鉄道の敷設は日本経済を飛躍的に高めていった。一見順風満帆かに見えた日本であったが、オスマントルコのメフメト2世は日本の伸張を快く思わず、国境沿いの都市へと大量のライフル兵を配備し始めた。これに危機感を覚えた日本政府は、カノン砲の生産と歩兵の開発を急ぎ、エジプト戦時の5倍はあろうかという大規模軍拡を断行した。これにより、日土両国は表面上は貿易を続け、国境沿いではにらみ合いを続けるという政冷経熱の関係へとなっていった。

その10


いつでもオスマントルコ軍がなだれ込んできてもおかしくない微妙な均衡の元、時代は流れていった。日本国内には鉄道網が張り巡らされ、有事においてはすぐに軍を集結させられるように計画が立てられた。しかし、将軍は、対オスマントルコ戦は、先のエジプト戦ほどの利益もなく、無意味なものと考えていた。そのため、将軍は宇宙移民の可能性を指し示した日本人科学者を呼び寄せ、極秘裏にその可能性を検討し、可能であるとの判断を下した。表向きはオスマントルコとのにらみ合いもあり、カノン砲に変わる長距離砲の配備などを進めたが、宇宙移民に向けての開発も同時に開始されたのである。

Civ4リプレイ -日はまた昇る-8

事ここに至り、エジプト政府は日本の属国となることを承諾し、エジプトは日本へ無条件降伏をした。これはオスマントルコのみならず、外洋の彼方より訪れたシャカ率いるズールー、王建率いる朝鮮にも日本に対する不信の念を与えた。

その9

悲願のエジプトへの報復を果たした将軍は、仏教への再改宗も検討したが、改めて仏教に回帰するより、戦乱のさなか開発された信教の自由への体制変更をしたほうが良いという内務大臣の進言を容れ、世界に先駆けて信教の自由を国民に認めた。この体制変更に続いて、エジプト戦で消耗し尽くした国内の復興を急がせた。科学研究の振興を再開し、エジプトより奪取したビブロス・ヘリオポリス両都市に偉大な芸術家を派遣し、市民の心を慰撫し、日本への帰属を誓わせた。

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