【映画評】TIME
未来は時間が通貨になっているという設定で、富める者は長生きで貧乏人が早死にするという、わかりやすい世界。最後までこの世界観を貫き通したのは立派。
価値観の転換というのはSFの基本なのだが、その意味で今ひとつ凄みというか、迫力に欠けるのはなぜだろうか?それは、この「時間」の価値が普遍的過ぎるからだ。つまり、それが誰にでも大事なもので、みんなが欲しがる。まさにお金そのものだ。最初はえっと思って引き込まれても、すぐに慣れてしまう。あとは昔ながらの義賊の話とあまり変わらない。
「ブレードランナー」という映画はP.K.ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を原作にしている。この原作には強烈な価値の転換があり、その部分はほとんど映画で省略されてしまっている。小説の世界では人間の夢は「生きた動物を飼う」ことなのだ。金の無いやつは電気羊などの代理品を買うしかない。登場人物がたいした目的もないのに生きた動物に恋い焦がれるさまは異常であり、まさにセンス・オブ・ワンダー、SFの醍醐味だ。
どうせなら、この映画も徹底的に「時間」の意味を突っ込んで欲しかった気もするが、やり過ぎると客がついてこれなくなってしまうかな。
ということで、きれいにまとまってそれなりに面白かったが、もうちょっと何とかと、ないものねだりをしたくなった映画であった。☆3.7ぐらい。
なぜ私はペットボトルのふたを捨てるのか?
この運動の効率の悪さはよく語られているところです。ふたを集めていくらになるかと言うと、400個で10円ですよ。実はこれはいい方の試算で、一説には1,600個で10円という話もあるぐらいです。ポリオ(小児麻痺)のワクチンは1本20円かもしれませんが、いくら何でも効率悪すぎでしょう。なぜ、ポケットの10円を寄付しようという運動にならず、こんなくだらないことをやるのでしょうか?
これを集める人の時間、化石燃料と人件費を消費する輸送、また化石燃料で溶かして薬品入れて不純物を除去して...割が合うわけがありません。エコキャップ運動を推進するNPOの定款には「焼却処分に伴うCO2の発生を抑制し、地球環境を改善する」とありますが、噴飯ものです。普通のゴミとして燃やした方が、よっぽどエコです。石油生成物だからよく燃えますし、生ゴミ燃やすために焼却場で足している灯油を減らせるかもしれないのです。
こんな小さな運動でも、やらないよりやった方がいいという声もあるでしょう。私は全面的に反対です。むしろやらない方がいいと思います。その理由を述べましょう。
それは、この運動自体が人間の限りある「時間」を浪費しているからです。私は人間の「時間」は地球上最大のエネルギーだと思っています。人間は生きるために動植物の生命を食料として犠牲にし、限りある化石燃料を燃やしまくっているわけです。私たちが生かされている時間、何かをする時間は貴重なエネルギーであります。
あまりに非効率なこの運動を推進すると、無駄な収集、無駄な輸送、無駄な団体、無駄な再生処理に費やす人間の「時間」浪費を助長してしまいます。化石燃料+人間の「時間」をトータルでマイナスにしてしまう運動なら、やらない方がいいのです。その時間で自分の仕事にうちこむ、買い物をする、何か勉強をするなどした方がよっぽど社会のためになります。
寄付行為をやりたければ、ポケットの10円をコンビニのレジ脇にある寄付箱に入れれば、単純計算で400倍~1,600倍、いろいろ前記の無駄を考慮すると、実際にはさらにその数十倍は効果的でしょう。
キャップを専用の収集箱に入れるということは、この許されざる超非効率かつ自己満足の運動に賛同することになってしまいます。だから、私は入れません。人が入れるのを止めようとまでは思いませんが、この運動が滅びることを心から願うばかりです。
下着泥棒の話
そもそも私は女系家族の一員だ。妹が3人いる。父が仕事で家にいない時間は、母、妹たちの女性4人と家で過ごしてきた。だから今でも女性の集団に自分一人が混ざっていても全く気にならない。普通にその場へ溶け込んで雑談できると思う。
ある年齢までは女性の歳を聞いて一番上の妹以下の年齢だと、おえっという気持ちになった。妹の同類に見えてしまって、女として見られなかったのだ。だから好きになる子は同い年や年上が多かった。これは妹が複数いる男で、同じことを言う奴に何人か会ったことがある。
ちなみに私も今では人間的に成長し、何歳下でもOKとなった。20でも30でもどんと来いである。もっとも、向こうがどんと来たいかどうかは知らないが。
女性だけの中で暮らしてくると、もうひとつ他の男たちと感覚が違うところがある。それは、女性の下着に対する思い入れが全くないことである。何しろ、下着なぞ家のあっちこっちにころがっていたのだ。母がテレビを見ながら洗濯物をたたみ、これ誰の?と女性のパンツを振り回し、妹の誰かがそれあたしと手を上げるのはいつもの光景。自分のタンスに間違って妹の下着が入っていることだってよくあった。私にとって、それは見慣れたものに過ぎなかった。
だから下着泥棒の話を聞いても、泥棒の気持ちが全く理解できない。なぜそんな物に関心を持つのか?パンツが欲しいなら、うちに来ればやるのにと不思議に思った。※嘘だよ。パンツくださいと来ないでね。
もう十数年前の話になるが、この話を飲み会でしたところ、女性の同僚が自分の下着が盗まれた話をしてくれた。
彼女は女性3人姉妹だったが、ある日、庭に干していた彼女たちの下着をごっそり盗られたとのこと。その中には姉妹のものだけではなく、お母さんのものもあったそうだ。同僚の彼女はスリムだったが、そのお母さんは体格がいいと言うか、要はたいへん太っていたらしい。
「あら、あたしのも盗まれちゃったわね」と、お母さんはカラカラと笑ったそうだ。高価な下着を盗まれて落ち込む娘たちを元気づけようとしたのか?それとも、もともとさっぱりした性格だったのか。
翌日、庭に紙袋が投げ込まれていた。開けてみると、お母さんの下着だけが入っていたそうだ。つまり、返品されたのだ。ひどい泥棒である。
それを見た時のお母さんのリアクションを聞き漏らしたのは、今でも悔やまれる。女性心理は複雑だ。いくつかのパターンが考えられる。
1.おのれ、私の物だけ突っ返すとは失礼千万、泥棒め八つ裂きにしてくれると怒り狂った。
2.とりあえず、自分の物だけでも返ってきてよかったと、内心ホッとした。
3.一度、変質者の手に渡った物など再び身につける気にならない。気持ち悪い。迷惑だ。
いったいどれだろうか?私は長い間悩み、考え続けた結果、そんなことはどうでもいいという結論に達した。人んちの母ちゃんのパンツがどうなろうと知ったことではない。冷たいようだが、これが真実である。
もちろん、その泥棒に何らかの天誅が下ったであろうことは信じて疑っていない。

営業をやっていて悪かったこと、良かったこと
営業という職種は会社では最前線です。軍隊なら歩兵、自衛隊なら普通科連隊ですね。私は約20年近くやってきたわけですが、ちょっとだけ振り返ってみますね。
●営業をやっていて悪かったこと、良かったことは?
以下は私の主観です。どの会社にも当てはまるものではありません。念のため。
(悪かったこと)
・売れない時、これほどつらい仕事はない。
・契約を取り損なうと、心底ガッカリする。
・自責でないトラブルに巻き込まれやすい。
・夏暑い時、冬寒い時、土砂降り雨の外出は嫌だ。
・どう見ても競争力のない商品を売れと言われても困る。
・給料は上がらないのにノルマだけ上がる理由が理解できない。
・機械にやってもらいたいぐらいの煩雑な事務仕事が多い。
・社内では比較的馬鹿だと思われやすい。
このように書いてみると、うんざりします。よく20年近くもやってきたものです。営業は、会社の中で、もっとも波瀾万丈な目に遭う職務であることは保証します。
一番最後のやつは、本当にそうなのです。スタッフ部門に5年ほどいたのでわかるのですが、「営業の考えそうなことだ」、「だから営業は……」、「営業に言うな。すぐ客に漏れるぞ」といった感じで、知的レベルが一段落ちる集団として、よく語られています。もちろん、営業の聞こえないところでの話ですけど。
(良かったこと)
・売れていると、こんなに楽しい仕事はない。
・契約を取れると、めちゃくちゃ嬉しい。
・棚からぼた餅で、契約が取れることがある。
・春や秋、気候がいい時の外出は楽しい。
・優れた商品を扱っていれば、どんどん売れてしまって快感。
・ノルマを達成できてしまえば、気楽な毎日。
・知恵と策略を使って売り込むのは結構クリエイティブな仕事。
・顧客から感謝されると、いいことをしているなあと幸せな気分になる。
要は悪かったことの裏返しです。契約が取れた時に感じる空の青さ、野に咲く花の美しさ、道行く恋人たちを祝福したいほど優しい気持ちになってしまう、あの感覚……経験者しかわからないでしょう。
外出が多く、わりと時間が自由になりやすいのも営業ならでは。昼食の混雑時を避けて、テレビなどで気になった食堂へ行くこともできてしまいます。
あなたが表、裏のどちらを見るかで評価は正反対になります。それが営業という仕事です。
運のいい奴
運のいい奴。それは私の妹である。
とにかく、くじ運が強い。会社の福引きでロスアンゼルス往復航空券を当てたり、どっかで家電を何回も当てたりとすごいのだ。そんな彼女のエピソードの中で、もっとも強烈なものをご紹介しよう。
彼女がまだ中学生の頃。遠足から電車で帰る途中、ひと組の老夫婦に席を譲った。その老夫婦はよっぽど疲れていたらしく、その親切にたいへん感激したらしい。遠慮する妹の名前まで聞き出したそうだ。
翌週、中学校に連絡があった。あの時のお礼がしたいとのこと。実は老夫婦、千葉県の潮干狩り場のオーナーだったのだ。
かくして妹の学年全員が無料で潮干狩りに招待された。しかも、その様子は夕方のテレビニュースとして放映された。
話はここで終わらない。そのニュースを見た岐阜県の著名な陶芸家、その方も妹の小さな親切?に大感激した。どうやってかはわからないが、我が家の住所を探し当て、段ボール一杯の陶器をプレゼントしてくれた。
それが何と10年は続いた。暮れになると、必ず送ってくれたのだ。おかげでその間、我が家は全く食器に困らなかった。
世の中は理不尽なものだ。間違いなく兄の私は妹の50倍は席を譲っているだろう。だが、一度もそんな目にあったことがない。
いつも目の前にお年寄りがいると、必ず席を譲っているのに。「いいえ、次で降りますから」と困惑されても、にこやかに無視して、その場を立ち去っているのに。
なぜだろう?おかしいな。
【映画評】ドラゴン・タトゥーの女
もうちょっと短くできると思うし、ちょっと欲張りすぎか。謎解きにも新鮮さはない。そもそもタトゥーの女が事件の真相に激しく関係あると普通思うでしょ?それが、こういう役割だったのはちょっと拍子抜け。
ただ、日本でこういう映画やろうと思っても、演技する女優がいないですわな。ここまで激しくやっちゃうと、思いっきり品のないVシネマもどきになってしまいそうだし。そういう意味ではいいもの見せてもらいました。あと、今どき、まだモザイクってかけるのな。世の中にはこれだけ無修正映像があふれているのに。
結論。見に行って損はないと思うけど、デート向けでは絶対ありません。星3.3ぐらいかな。
猫が逃げた話
猫という生き物は外に出さなければ結構長生きするものらしい。家の中だけで飼えば20年以上生きることもざらだとか。外に出してしまうから、病気や怪我で早々と死んでしまうのだ。私も同居猫には長生きして欲しかったので、外へは出さなかった。
やつにはそれが不満だったようだ。昼間はいつも窓ガラスごしに外をじっと見ていた。一度も出たことがない家の外は憧れの世界だったようだ。私がドアや窓ガラスを開けると、一瞬の隙をついて外に飛び出ようと何度も試みた。もちろん、猫ごときに出し抜かれる私ではない。いつも簡単に捕まえては「馬鹿、早死にしたいのか!」と叱りつけた。そのたびに猫は恨めしそうな眼でじっと私を見るのだった。
それがある日、あいつがいなくなった。家の中を探し回ったが、どこにもいない。ついに脱走に成功したのか。私は落ち込んだ。いると鬱陶しい相棒でも、いなくなると寂しいものだ。とてもではないが、あの軟弱な生き物が自然界で生きていけるはずはない。早々に死んでしまうのではと気になった。
その夜。布団の中で私はうちの猫の声を聞いた。外だ。何匹もの猫がいたが、飼い主は自分の猫の声がはっきり聞き分けられるものだ。あいつに間違いない。
それどころか、外で何が起きているかすら理解できた。猫同士の喧嘩が起きていた。意外なことに、うちの猫は近所の野良猫どもを追い払っているようだ。よく考えると、うちの猫は散髪をした直後だった。実は長毛種で毛が落ちて困るので、年に何回かペット美容室で丸坊主にしているのだ。逃げたのはまさに坊主にした翌日。見た目は地球上に存在するはずのない生き物となっていた。近所の野良猫どもがびびったのもやむを得ない。
翌日は休日だった。猫の居場所はあっさり見つかった。隣の家の軒下である。ところが、名前を呼んでも、こちらを見向きもしない。猫同士の喧嘩に勝っていい気になっているようだ。この恩知らず。
野良猫は追い払えたかもしれないが、あいつに餌を見つける能力があるとは思えなかった。そんなノウハウやたくましさはない。夕方まで思案した末、私は奴に餌をやることにした。逃げるならもっと遠くに行ってくれ。隣で飢え死にされては寝覚めが悪い。私は暗闇にまぎれて隣の家の塀を乗り越え不法侵入すると、地面に紙を敷き、いつものドライフードを置いてやった。そして猫の名前を小声で呼んでみたが、何の反応もなかった。
翌朝、出勤途中に隣の家をのぞいて見ると、餌はきれいになくなっていた。
3日後。その日は雨だった。晩秋の冷たい雨。夜、帰宅した私がドアの鍵を開けようとした時、気配を感じた。私は振り返らずに言った。
「来いよ」
そいつは動かなかった。ドアを開けた私はさらに言った。
「風邪ひくぞ。早く入れ」
振り返ると、暗闇から猫が現れた。しょんぼりしている。逃げた時の威勢の良さはどこへやら。この3日間で世間の厳しさを思い知ったらしい。
私に続いておずおずと猫が家に入ってきた。下を向いたままで、私と目を合わせようとしない。猫なりに恥ずかしいようだ。私は猫の食器に餌を入れてやった。
「食えよ。腹へってるだろう」
猫は本当にいいんですかという顔をして私を見た。
「いいから食え」
猫は軽く会釈すると、猛然と餌を食べ始めた。背中がぶるぶる震えている。泣いているようだ。
でも決して涙は見せなかった。
法人営業、これだけはやっておこう
まわりを見渡すと、これができていない営業が結構います。悪いことは言わないので、ちゃんとやれるようにしておきましょう。業務効率が上がることは保証します。
1.キーボードのブラインドタッチ
誰かがキーボードを打っているところを見たら、左手の小指に注目しましょう。これが浮いていたらその人はブラインドタッチができません。キーボードを見ながら入力しています。なぜなら、左手の小指は「A」を打つ指なので、かなり使うのです。
キーボードを見ながPCの入力をしているあなた、悪いことは言いませんから、ブラインドタッチを覚えましょう。スピードが全然違います。思考がそのまま指に乗ります。メール、提案書、見積書...一生のうち、あなたはどれだけPCに向かうでしょうか?指を見ずにサクサク入力するのは格好いいと思いませんか?妙に二本指や四本指の高速入力?に慣れたからいいやと考える人、あれは肩こりや腱鞘炎のもとです。一刻も早く正しいお作法を習得しましょう。
では、どうやって学ぶか?市販のソフトウェアを買ってきて練習するのが一番です。探せばフリーウェア(無料)ソフトも結構あります。たとえば、こういうやつです。
http://www.vector.co.jp/soft/win95/edu/se076802.html
ローマ字入力なら比較的早く身につきます。ちなみに私は同じ方法でカナ入力を覚えようとして挫折しました。あれ、右手の小指を酷使し過ぎ...。
2.名刺の管理
輪ゴムでたばねて、何かあると毎回ババ抜きやるみたいにお客の名刺を探している人がよくいます。これは絶対にやめましょう。名刺ホルダーなんて、文房具屋に行けばいくらもせずに買えます。会社名をアイウエオ順に並べておけば、一発で見つかります。
そもそも名刺は個人の所有物ではありません。あなたが所属する会社が受け取った物です。会社の代表として営業活動を行うあなたは、第三者が見てもすぐわかるように管理する義務があります。また、営業活動を行うにあたっても、名刺探しごときに時間をかけていては、時間がもったいないです。
携帯で写メを撮って管理する人もいますが、あまり長続きしないようです。面倒くさくなって、結局トランプ状態になってしまうのです。私が見る限り、普通にホルダーに入れて管理するのが一番整理が簡単なようです。
一度、会社の朝礼で、「名刺トランプ」をやっていた数人の若手を叱ったことがあります。おまえら、ちゃんとやれと。ところが、ふと脇の机を見ると、朝礼に参加していた隣の課長、上司の部長も名刺を輪ゴムでくくっていたのを見てしまいました。その二人、ばつが悪そうな顔をしていましたが、私もそれ以上説教を続けられなくなりました...。
以上、この2つは簡単なことですから、ぜひ取り組んでみることをお薦めします!
ちまたの営業本は、なぜ役に立たないか?
出版不況と呼ばれる昨今でも、ビジネス本には一定の需要があるようです。その中でも、いわゆる営業ノウハウ本はどんな小さな書店でも必ずと言っていいほど、棚の一角を占めています。みんな営業がうまくなりたいのですね。
何冊かは購入し、数十冊は立ち読みしたのですが、まずほとんどは法人営業にとって実用的だとは思えませんでした。その代表的な理由をまとめてみましょう。
1.「潜在顧客を見つけること」と「商談をうまく進められること」をごっちゃにしている。
前者に一般的な鉄板ノウハウなどあるはずがありません。顧客の業種、業態、こちらの取扱製品やサービスによって、顧客の見つけ方は全く違うはずです。絶対うまくいく方法なんかあったら、みんなやってますって。そんなのは「絶対に儲かる方法」と同じレベルです。
一方、後者はちょっと違います。顧客があなたの会社の商品やサービスに興味を持っていること、かつそれらが価格や品質に競争力があることが大前提ですが、こちらは「売れやすくなる」やり方はあります。思いっきり途中を省略して結論を言ってしまえば、それはあなたが顧客に好かれることです。なんだと拍子抜けするかもしれませんが、そのコツはたぶん営業の三割ぐらいしか実践していないでしょう。
詳しくは別の機会に語りますが、法人営業が顧客に好かれるコツは3つです。
(1)レスが早い。(2)約束と時間を守る。(3)名前と役職を間違えない。
1から3の順に重要で、比率は6:3:1ぐらいだと思います。嘘だと思うかもしれませんが、これらができない営業の方が圧倒的に多いのです。
2.「法人営業」と「個人営業」の話をごっちゃにしている。
断言します。個人相手の営業がうまくいった話をいくら勉強したところで、法人営業の参考には全くなりません。同じ営業という名前はつきますが、全く別の職種と言ってもいいでしょう。お金が自分の財布から出ているか、会社から出ているかは当たり前ですが、もっとも大きな違いです。その他、決定プロセス等、違いをあげればきりがありません。よく保険屋さんとか、ネットワークビジネスの営業が「営業」を語っていますが、法人営業はやり方が違います。
3.個人の成功体験を普遍的に語っている。
営業がうまくいくか否かは、さまざまな要因に左右されます。いくらあなたが優秀な営業でも、取扱製品の価格が他社の十倍で、品質が劣悪であったら、絶対売れません。逆にどう考えてもあなたの会社の製品がもっとも優秀なのに諸般の事情で競合他社に負けることだって、よくある話です。
要は、どうやったらうまくいくなどと、営業プロセスを普遍化するのは絶対無理です。運としか思えないことで、うまくいったりそうでなかったりは結構多いのです。
逆にこんなことをやって顧客に嫌われたとか、受注に失敗したとかいった体験談があれば、そっちの方がまだ役に立つかもしれません。成功と違って、失敗の理由はわりと参考になります。同じことをやらなければ、それだけリスクが減るわけですから。もっとも、そんなノウハウ本をお金出して買う人はいないでしょうけどね。
4.経営者が熱血営業を礼讃している。
汗をかき、情と涙と根気で迫る営業がよく褒められていますが、私が顧客だったら、そんなめんどくさい奴と取引したくありません。実際の現場を見ていただくとわかりますが、トップセールスと言われる人は、逆にあっさりしている人が多いものです。
5.コンサルタントが科学的営業法なるものを推奨している。
いかにもアメリカ流というか、営業プロセスを一種の流れ作業と見て評価、分析しているものです。いわやるSFA(Sales Force Automation)という英語の字づらを見ただけで頭が悪そうな、あれです。どこぞのシステム営業にだまされて、高額なソフトを導入した企業は多いのではないでしょうか。
会社の売上管理のため、営業状況を把握することは重要ですが、SFAだから売上倍増なんて、ぜーったいありません。私が保証します。実際の営業プロセス(商談)は段階をすっとばして売れたり、戻ったり、異次元にぶっ飛んだりとさまざまで、とてもではありませんが、一般化できません。
というわけで、当ブログにおきましては、法人営業の皆さまにちょっとだけ売れやすくなるコツをお話したいと思っている次第です。できないことはできないと、はっきり書きます。万能の営業なんてこの世に存在しないのですから。
3月11日の奇跡。自転車店にて。
道路は大渋滞でタクシーに乗ってもピクリとも動かない。多くのサラリーマンたちは家へと歩いた。主要道路の歩道は歩く人でごった返していたという。ちなみに私自身は家に猫しかいないので帰宅をあきらめ、会社に泊まるつもりだった。ところが地下鉄が夜中に動いて帰れてしまったので、今から書くことは人に聞いた話である。
いくら家族を案じたと言っても、やはり何キロもの道のりを歩くのはつらい。それで大人気だったのが自転車店。空前絶後の大繁盛で自転車が飛ぶように売れた。当然ながら1万円とか2万円とか、安い方から売れていく。後に残ったのが5万円とか10万円の高級車のみ。
何を犠牲にしても自転車が欲しいサラリーマンがたくさんいた。金ならいくらでも払う気だったが、多額の現金を持ち歩いている人はそう多くない。しかも通信回線が死んでいたので、クレジットカードは使用不能。買いたくても買えなかったのだ。
そこで何が起きたか。
何と、見知らぬサラリーマン同士が名刺交換をして、現金の貸し借りを行っていたそうだ。たまたま現金を多めに持っていた人が持たない人に融通したのだ。それも1件や2件でなく、店頭で多数そのやり取りが見られたとのこと。
こんな国、他にありますか?いくら非常事態とはいえ、初対面の人間に5万円とか10万円を貸してしまうのだ。その話を聞いて、つくづく自分が日本国に生まれたことを誇りに思った。
大震災は金曜だったから、月曜日にはきっと、借りた人がみんな返しに行ったのだろう。想像すると、とても感動的な光景だ。
「お世話になりました。こちらをお返しします!」と自転車を返したら面白いけど、いないか、そんな人。
