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軽く超能力が使えたかもしれない

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ちょっと前ですが、例のスーパー整体師先生 のミニセミナーに行ったのですよ。マンションの一室に10名ぐらいが集まりました。

怪しいって?私はオカルト、スピリチュアル大好き人間ですからね。じゃないと、占い なんかお金を出して習いませんよ。まあ、もちろん本当にインチキなものは嫌いですよ。正邪の判断は自分の感覚を信じるしかないです。

セミナーでは、そのまさに自分の感覚を磨こうということがテーマでありました。

そこで行われた実験。封筒に誰だかわからない名刺を入れ、外から透けてないようにしてメンバー10人の間をまわす。そして各人が封筒に手を置いて中の見えない名刺の特徴を当ててみましょうというものでした。

その実験を3回やったのですけれど。

(1回目)
私には赤いマークが見えました。もちろん、まぶたの裏にです。本当に目で見たわけではありません。
→封筒を開けると、中から赤く四角い印を押した名刺が出てきました。

(2回目)
濃い黄色が浮かび、私はそれを山吹色と表現しました。
→山吹色でふち取られた名刺でした。

(3回目)
色は浮かばなかったのですが、長い名前の人ではないかと言いました。
→ペンネームですが、ひらがなで7文字の名前でした。

そこにいたメンバーで唯一、私は3回とも見えない名刺の特徴を当ててしまいました。

ヤバイ、俺って超能力者じゃん。


でも、こういうことは誰も試したことがないだけで、やってみると意外とできることなのかもしれませんね。

ただ、残念ながら、日常生活で封筒に入れた名刺はどんなのだ?と質問されることはありません。あくまでも感覚を鋭くして、頭脳以外のところでいろいろな判断をすることが目的であります。

何回も引用しますが、ブルース・リーの
Don't think. Feel! (考えるな。感じろ)ってやつですよ。

単なる自慢話になってしまいそうなので、そこで教わったOリングテストの話でも書こうかと思ったのですが、Webであっちこっちに解説がありますから、そっち をご覧ください。

補足しておくと、指は利き手の薬指と親指で輪を作った方がいいようです。そこをもう一本の手ではずそうとして、はずれたらNo、はずれなかったらYesの結果です。

あと、未来のこと(いつ結婚できる?とか)を尋ねても無駄ですからね。今、自分が知っていることだけ(ここに行くべきか?これを食べるべきか?等)に答えが得られます。面白いので、ぜひお試しください。

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道後温泉で神秘体験

実は私、10連休なんですよ。休みをあと4日残して、脳みそが溶けかけています。連休明けには大きな仕事に取り組まないといけないのですが、大丈夫かな?まあ何とかなるでしょう。

で、連休の前半に広島(呉)と松山へ行ってきました。今日は後半、松山のレポートです。そこで私は神秘体験をしました。

その日の晩飯は道後温泉本館の道後館という地ビール屋へ友人と行きました。ここのビール、特にスタウト(黒)はうまいのでお薦めです。黒ビールのギネスはあまり好きではない私でもグイグイ飲めました。
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宿泊は大和屋本館という道後温泉で1、2を争う人気の宿です。ここは普通の和室とは別にシングルルームなんかもあるという珍しい造り。これは正解だと思いますよ。一人で泊まって気に入ったら、絶対誰かを連れてこようと思いますもんね。
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大和や本館は食事も有名で、JAL国内線のファーストクラスに料理を出したりする ほどです。晩飯は外ですましたので、せめて朝食を食べてみようと思いました。2,000円の朝飯なんか普通は食べませんけど、私の食い意地と好奇心はどうしても行けと私を煽ったのです。

そう、今にして思えば、それは魂の声でした。

朝食はこんな感じ。ひと皿、ひと皿が実にいい味でした。前の晩、飲んだだけではなく、実は結構いろいろ食べていたのですが、それでも箸が止まりませんでした。
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左上の鉄板は愛媛名物のじゃこ天(小魚のすり身を揚げたもの)用です。火をつけて温めている間にご飯とおかずをほとんど食べ終わってしまいました。私は結構早食いなのです。

そしてデザートまで食べ終わった後、じゃこ天に箸をつけました。

口に入れた、その時。全身を感動がつらぬきました。

うまい、うますぎる。


美味とかそういうレベルじゃありません。言葉で言い表すことなどできない、それはまさに神の創造物、天界の食物であります。

これを食べるために自分は生きてきたのだと思いました。それまでにあったいろいろな出来事は、すべてこの二きれのじゃこ天へたどり着くための壮大な前振りだったのです。

思わず亡くなった母へ産んでくれてありがとうと感謝の念を捧げました。あの時死ななくてよかったなと自分を褒めたことも覚えています。後から考えると、その「あの時」が思い出せないのですけれど。いったい、いつだったのだろう?

そう、それは神と私とじゃこ天が三位一体となった神秘体験でありました。

(玉井詩織)過去だって変えられる

Quick Japanという雑誌があって、最新号ではももクロの玉井詩織(黄)インタビュー が掲載されている。
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上の写真はあんまりいいと思えないけど、こんな写真を見ると最近美しさを増していることがわかる。
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TOKIOの番組では1億円のティアラを身につけ、可愛いと評判になった。
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私は基本的には百田夏菜子(赤)押し(ファン)なのだが、最近しおりん(玉井詩織)にぐらりと来ることがある。まあ、それはいいとして(笑)。

インタビューに答える彼女のコメントは非常にしっかりしていて、読みごたえがある。ただ、ひとつ気になったのが、この言葉。

「未来と自分は変えられますから」

これは過去と他人は変えられないの逆で、非常に前向きな発言である。でも、必ずしもそうじゃないのではとも思う。

過去だって変えられるのではないか?

もちろん、タイムマシンがない以上、過去におきた出来事を変えることはできない。

でも、過去はどこにあるのだろうか?それは私たちの記憶の中にしか存在しない。記憶から呼び戻して初めて過去は姿を現す。そして、その際には必ず何らかのイメージや印象を伴っている。

いやな思い出、ぱっとしない過去は誰にだってあるだろう。

でも、もし、あの時のつらい出来事が今、役にたっているなと実感できることが起きたとしたら?

嫌な記憶は昇華され、思い出すたびについてきた「悪いイメージ」はなくなってしまうのではないか。ああ、あれは必要だったなと。

記憶の中にしか存在しない以上、これは立派に「過去を変えた」と言えると思うのだ。

というわけで、別にいちゃもんをつけるつもりはない。

がんばれ、しおりん。ももクロの若大将。

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【映画評】舟を編む

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(概要)
ある出版社の寄せ集め編集部が、気の遠くなるような歳月をかけて二十数万語が収録された新辞書作りに挑む姿をユーモラスに描く。辞書の編さんに没頭する主人公・馬締光也には松田龍平。彼が一目ぼれするヒロインには宮崎あおいがふんするほか、オダギリジョーら多彩な顔ぶれがそろう。
(ここまで)

三浦しをんの原作は未読です。

辞書を作る映画ということで興味深く見ました。

日本の映画では、どうしても「仕事を頑張ること」を描くのに照れが出てしまうんですよね。子供が勉強していても友達にしていないと嘘をつくみたいな、あれですよ。

残念ながら、この映画も例外ではありません。主人公の恋愛とか変な性格の描写に時間をさくのはもったいないですよ。ラストシーンなんてまさにその典型で、完全な蛇足になっていましたね。あれはいらないわ。私なら宴会場で終わりにしていますね。

十数年かけて完成した辞書が完成したのは2011年という設定ですよね?この出版不況下で大型本の辞書が売れたでしょうか?電子辞書に触れないのも片手落ちだと思います。現実は厳しいのです。

いろいろ書きましたが、決してつまらない映画ではありません。この手の話は情に流されてグダグダになりがちなのですけど、最後まで節度を保って描ききったのは立派です。それだけに詰めの甘さが惜しいのです。

ぜひ、次回はいささかも照れることなく「仕事」を真正面から描いて欲しいと思います。

てつのくじら館

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大和ミュージアムの隣にある海上自衛隊の広報施設、てつのくじら館です。入館料は無料!

退役した本物の潜水艦の中に入れます。
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閉所恐怖症気味の私は絶対無理です。ここで働くの。

その後で乗った呉港の遊覧船では、長期航海から帰港した動く潜水艦に遭遇!これは超ラッキーだそうです。
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乗組員の皆さん、お疲れさまでした!


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大和ミュージアム

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広島の呉から四国は松山を旅行中です。大和ミュージアムはオススメです。見ごたえありますわ。

またゆっくり書きますね。



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(集団馬鹿とスーパー床屋さん)補足と今日の事件


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ゴールデンウィーク特別企画と致しまして、好評だった集団馬鹿の話床屋さんの話 をもうちょっと書きます。未読の方は先に上のリンクから過去記事をご覧ください。じゃないと、何のことかわかりませんので。

(1)集団馬鹿について

派遣社員としてやってきた集団馬鹿がどのぐらい馬鹿だったのかをもっと聞きたいとリクエストがありました。まとめると、こんな感じです。

・ひと目見て馬鹿だとわかった。

・話してみると、やっぱり馬鹿だった。

・時間がたつと共にものすごい馬鹿であることを確信した。

・今、思い返しても奴らを超える馬鹿には、あの後一度も会っていない。これからも会わないだろう。


(2)床屋さんの話

今日、例の床屋さんに行ったんですよ。電車を3本乗り継いで。

例によってグダグダ会話しながら髪を切ってもらっていると、床屋さんの手が滑り、はさみで私の耳を切ってしまいました。少量ですが、血が流れました。

さすがの床屋さんも焦って叫びます。
「20年以上やっているけど、お客さんの耳を切ったのは初めてだ!」

なぜそれが私なのでしょうか?

私は笑いながら言ってやりました。
「このまんま外に出たらまずいでしょう?通行人から、おい、床屋から血まみれの男が出て来たぞって指さされたら」

床屋さんはキッパリと答えます。
「出血が止まるまで、店を一歩も出しません」

何で切られた上に監禁されなきゃいけないのか理解不能です。

店から出る時、床屋さんは、また出血した時のためにとバンドエイドをくれました。

私はそれを見て言いました。
「もし出血多量で倒れたら、ダイイング・メッセージ(推理小説でよくある奴。被害者が犯人のヒントを残す)で、あの床屋にやられたと店を指さしてやる」

床屋さんは悲しげな顔をしながら首を横に振りました。
「そんなことはさせません。その時は、きっちりとどめを刺させてもらいます」

人生なんて、どこでどう終わるかわからないものですね。

バックパッカーをやっていました

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大学生の後半から社会人に成り立ての頃、ちょっと長い休みがあると、リュックをかついで海外に出かけたものでした。

最初は大学3年の中国。NHKのドキュメンタリー番組「シルクロード」に感化され(結構ミーハーです)、ウイグル人が住む地域を1ヶ月訪ねました。

あの滅茶苦茶な国を1ヶ月まわることは、まさに冒険でした。カルチャーショックというか、それまでの価値観や考え方を根底から覆される旅となったのです。そのへんのことは、また詳しく書きますね。

卒業旅行では約2ヶ月でロンドン→オランダ→フランス→ポルトガル→スペイン→西ドイツ→東ドイツ→スイス→オーストリア→イタリア→ギリシャ→エジプト→ケニアをまわるという強行軍です。

社会人になってからも韓国、台湾、シンガポール、インド等をまわりましたが、ある時、どこかの国で街を歩いている時、ふと思いました。

あっ、俺って空気じゃん。

今、ここにいる自分は、この国の人々に何の影響も与えていないよなと感じたのです。そう、ただの見学者。

でも、見学という意味でも中国の無茶苦茶さ、ピラミッド、東ベルリンを見てしまった自分にとって、その後の旅でもそうそう大きな刺激があるはずがありません。みんなが凄い凄いというインドも中国に比べたらはるかに文明国だと感じましたし。

その瞬間、急に旅がつまらなく思えてきました。俺は何をやっているのだろうと、すぐ日本へ帰りたくなったほどです。

そういうわけで、もう何年も前ですけど、バックパッカーをやめました。最近では、旅行に行くとしたら親しい人を訪ねたり、また一緒に行ったりという場合がほとんどです。

リュックをかついだ一人旅ですが、若いうちに行かないと損だと思います(男性の場合。女性には薦めません。誰かと一緒に行くべきです)。でも、いつまでも行き続けるのもどうかなと。まあ、他の人も自然と卒業しているみたいですけど。

人間はいつまでも同じことを続けられないようになっているのですね。

次のステップへ進むために。

新卒採用試験の意義について

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ちょっと珍しい体験の話をしますね。これは前に勤務していた外資系IT企業での話です。

ある年、若手社員の試用をすることになりました。普通の新卒だって一応3ヶ月ぐらいは法律上の試用期間ってありますよね?でもあれは形式的で、その期間に解雇とか私は聞いたことがありません。そうじゃなくて、文字通りの試用なんです。

大学を卒業したての若者10数名が営業部門へやって来ました。男女は半々ぐらいでした。彼らを営業見習いとして使ってみるのです。

実は彼ら、大学4年の就職で1社の内定も取れず、4月になって人材派遣会社から「派遣社員」として(当時の)うちの会社へ来たのです。それをしばらく働かせてみて、いい人材は正社員にしようという試みでした。

人事が派遣会社の営業の口車に乗ってしまったのでしょうか?普通に新卒を試験して採用すればよさそうですが、なぜかそんなことを始めてしまいました。

1社も合格できないとは、どうせたいした人材は来るまいと、みんな予想していました。でも、現実はそれをはるかに上まわっていたのです。

ほぼ全員が、すさまじい馬鹿ばかりでした。

まず、日本語が通じない。いや、確かに日本人なのですが、まともにコミュニケーションが取れないのです。こちらの意図が全く伝わらない。向こうが喋ることも支離滅裂。

当然、礼儀作法以前に年長者への口の利き方も知りません。平気でため口をきくので、客先へ連れて行く時はヒヤヒヤものでした。

生まれてから本の一冊も読み通したことがないことを確信できる知識、教養の無さ。四年制大学を出たての奴が徳川家康すら知らないんですよ(これ実話)。

品が無い。表情、ふるまい、服装のすべてがだらしない。ちなみに何人かの女性は、会社の飲み会で堂々と自らにまつわる下ネタ体験を披露し、社員をドン引きさせました。

全くやる気が無い。自分で考えて動こうという気にならない。いや、一人だけ例外がいました。先輩や上司の承認も得ず勝手に動きまわり、さんざん顧客を怒らせて謝りもせず最初にクビになった奴が。

とどめとして、性格も悪い。しばらく一緒にいるだけで気分が悪くなる人間性。とにかく口を開けば人を不快にさせるのです。

1社も内定が取れない理由は明白でした。彼らは本物の馬鹿だったからです。

そして彼らがオフィスにいる間、営業部門の売り上げは落ち込む一方でした。そりゃそうですよ。身近に馬鹿の集団がいてごらんなさい。働く気になれませんから。

結局、数ヶ月もたたないうちに彼らは1名を除いて全員が契約を解除されました。残った1名は就職活動期間中に病気で入院していたとのことで、活動自体を行っていなかったのです。

そして彼らがいなくなると共に営業部門の数字は急上昇しました。まるで憑き物が落ちたように。いや、本当に落ちたんですけどね。むしろ悪魔払いと言ってよいかと。

この経験から思ったこと。

企業の採用面接はいい加減だと思っていたけど、ちゃんと意味があるのだなと。ああいう馬鹿どもはちゃんと落としているのです。

あと、自分のまわりの人々、上司、同僚、顧客、友人、家族、親戚、彼らがいかに素晴らしいかをを実感しました。居酒屋の店員だって、駅のキオスクのおばちゃんだって、話せば、ちゃんと意思が通じるんですよ。いや、うちの猫だって、あいつらよりは理解力があります。

私は本当に恵まれています。私のまわりには、あんな連中がいません。当時の同僚たちも見たことがないと言っています。

あれから何年もたちました。いったい彼らは今、どうしているのでしょう?どこかでちゃんと働いているのでしょうか?

心からどうでもよいですけどね。

仕事と休み

大学の時、私は結構まじめにお勉強系サークルへ入っていたんですよ。夏合宿なんか、確か5拍ぐらいだったと思うのですが、最初の3日は閉じこもって勉強していました。アルコールも無し。

で、3日経過した時に部長が宣言するんです。「勉強終わり!」ってね。

その後は湖でボートレース大会やったり、寸劇大会やったり、もちろん飲み会もあって、めっちゃはじけました。

つまり、勉強があったから遊びが盛り上がったんですね。圧縮の後の解放みたいな感じです。

大学では私が入ったところとは逆にお遊び系サークルも結構ありました。春はハイキング、夏は海、秋がテニスで冬がスキー(まだスノボーなかったんだよ、ごめんね)みたいな。

でも、これだとあんまり楽しくないんじゃないかなと思います。つまり、遊ぶこと自体が「仕事」になってしまうからです。メリハリがないのですね。伝え聞くところによると、途中で遊びネタが切れたり、人間関係が崩壊したりで、お遊びサークルが4年間続くことはまれみたいですよ。

海外旅行なんかでも同じ事を思います。私が人生で一番楽しかった旅行はマレーシアに10日間行っていた出張でした。そのうち8日間は英語を使って一生懸命働いていたのですが、間に2日あった休みの楽しかったこと。同僚とリゾート地へ日帰りで行って盛り上がりましたよ。

ということで、いよいよゴールデンウィークです。私は谷間も有休を取って10連休であります。遊びが仕事になってマンネリにならないよう毎日何か「仕事」をやろうと思っています。

なーんて、そんなことを言うのは今のうちですけどね。始まっちゃえば......。

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