昭和の子供なのだ! -31ページ目

マイク・ヘイルウッド  2

 

 

 

 

 

前項に続き、マイク・ヘイルウッド

 

下は1967年、オランダ・ダッチTT 500ccクラス

宿命のライバル、ジャコモ・アゴスティーニとの

エキサイティングなレース・シーンをとらえた有名な写真です。

 

この写真を参考にして10年程前から描いている絵が上図。

観客を酔わせたテール・トゥ・ノーズの激しいドッグ・ファイトは

結局、ヘイルウッドの HONDA RC181

アゴスティーニの MV AGUSTA 500 を制し

ラップ・レコードを打ち立てて優勝しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マイク・ヘイルウッド

 

 

暇にまかせて絵の修正をしながら、PCであらためて

マイク・ヘイルウッドを検索してみました

1981年一般道での事故で死去、享年40歳

あぁ、もう39年も経っているんだ

当時、ぼくの中での憧れのレーサーは

M・ヘイルウッド G・アゴスチーニ

日本人では隅谷守男 の完全ミーハー

アゴスチーニは健在だけど隅谷さんは

1975年、フランスのブカッティ・サーキットで

31歳で亡くなっている

当時、ホンダCB500の顔であった隅谷さん

静かなる男のための500 >のキャッチ・コピーに魅かれ

物静かな渋い男になれると、その気になって

CB500FOURを買ってしまったんだったけ

長く破られなかったM・ヘイルウッドの

鈴鹿のコースレコードを’72年に破ったのは

隅谷さんと CB500改だった

 

M・ヘイルウッド 1940年、G・アゴスチーニ 1942年

隅谷守男 1944年生まれ

ボクは1948年生まれの、現在 72歳

ヘイルウッドが健在だったらもう80歳か・・・

誰も来ない事務所でひとり感慨にひたる

昼下がりの午後でした

 

年の功より亀の甲、年くってもバカはバカだなぁ・・・・

 

 

 

 

 

コロナ、コロナ、新型コロナ・・・・

 

 

以前にも書きましたが、昨年末から体調を崩し

(寒い日の葬儀出席5回、お手伝い2回っていうのも影響があったのかもしれません)

発熱3回、内、インフルエンザ1回、床に伏すこと計八日という

散々たるものでした。お医者さんへ行ったら、即隔離室行。

今時は仕方ないんですが、心細いったらありゃしない。

約二ヶ月は酷い咳と微熱が止まらなかったんですが

2~3日前からどーにか治まってきまして・・・・・

という近況であります。

以前に肺炎になり入院せずに無理強いで治したことがあり

ひょっとすると、ひょっとしたら、ひょっとすれば・・・

不安があったんですが杞憂だったようです。

多分

春爛漫のイイ季節になりましたが

皆々様、くれぐれも御油断なされませんよう。

 

バイクにも乗れないのかなぁ