チョウセンジとアカ新聞共の風評煽り人非人ぶりは、この頃もいまもかわ。
中国共産党政権なんて、人非人の親分みたいなものだから、尚更だな。
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声なぞで、「戦」が止むかよ、馬鹿野郎。妄想夢想も、大概にしろ。ー【毎日社説】ウクライナ侵攻 アフリカの仲介 和平求める切実な声だ
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1.【毎日社説】ウクライナ侵攻 アフリカの仲介 和平求める切実な声だ
https://mainichi.jp/articles/20230629/ddm/005/070/101000c
朝刊政治面
毎日新聞 2023/6/29 東京朝刊 English version 847文字
和平を求めるアフリカの切実な願いも、プーチン露大統領には届かなかった。
南アフリカ、エジプト、セネガル、コンゴ共和国、コモロ、ザンビア、ウガンダの首脳がウクライナとロシアを訪れゼレンスキー、プーチン両大統領と会談した。
「戦争を終わらせるべきだ」。南アのラマポーザ大統領はそう訴えて和平案を示した。ウクライナからの露軍撤退や、ベラルーシに配備された戦術核の撤去が柱だ。
ゼレンスキー氏はロシアによる占領が続く限り、交渉に入らないと述べた。プーチン氏は紛争を始めたのは西側だとの持論を展開し、和平案は実を結ばなかった。
アフリカ諸国の多くはかつて欧州の植民地だった。独立の過程で旧ソ連の支援を受け、冷戦時代、東側の影響下にあった国もある。対露制裁に加わらない背景にはこうした歴史的事情もある。
7カ国の中では、南アとウガンダがロシア寄りとされている。そうした国々も、戦争を終わらせるべきだと考えていることをロシアは重く受け止めねばならない。
アフリカ諸国はこれまで、域内の紛争では、協調して解決に乗り出してきた。大陸外で仲介外交を展開するのは異例だ。
ウクライナ侵攻から1年4カ月が過ぎ、影響は各地に広がる。アフリカのような貧困層の多い地域では特に打撃は大きい。
黒海の封鎖で、ウクライナやロシアから穀物、肥料を輸入できなくなり、深刻な食糧不足を招いた。エネルギー価格の高騰でインフレも起きている。
新型コロナウイルス感染拡大で経済が落ち込む中での物価高騰は、政情不安につながりやすい。指導者には、市民の不満が政権に向かうことへの危惧がある。
アフリカ7カ国の首脳はロシアに人道的な対応も求め、ウクライナから連れ去った子どもを帰国させるよう訴えた。
占領地からの住民の移送は戦争犯罪だ。プーチン氏は「子どもたちを紛争地から移動させ、生命と健康を救った」と説明したが、暴論というほかない。
プーチン氏はウクライナ危機の早期収束を希求する新興・途上国の声に耳を傾け、直ちに軍を撤退させる必要がある。
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2.「和平を求める声」ならば、大概「ある」し、「あった」だろうさ。
其れは、人類の有史以来の殆どありとあらゆる戦争において、だろうよ。「国民や民衆の圧倒的な支持を得た戦争」ってのも相応にある(*1)のだが、そんな戦争でも「実は反対」って声ないし「声なき声」は、大抵「あった」だろうさ。
で、そんな「和平を求める声(ないし"声なき声")」で戦争が「終わった」とか「停戦に至った」とか言う事例は、幾つあるかというと・・・どうも、浅学非才な私(ZERO)なんぞには、精々の所、ベトナム戦争ぐらいしか覚えが無い。
即ち、ベトナム戦争以外の大多数の戦争において、「和平を求める声(ないし"声なき声")」は、「見るべき程の効果を挙げていない」。
私(ZERO)が見るところ、コレが冷厳なる厳然たる史実・事実である。真、ベトナム戦争に於ける「和平を求める声の奏功」ってのも、かなりの程度怪しいモノなのであるが。
であるならば、アフリカだろうが中国だろうが、「ウクライナ戦争に対数仲介」に「和平を求める声」が影響していようが居なかろうが、その様な声がどれ程「切実」であろうが、その「切実さ」は、戦争の主体たる侵略者=ロシアにとっても、被侵略者=ウクライナにとっても、「大した問題」な、訳が無い。
特に、今正に侵略され、国土を蹂躙されているウクライナにとって、何処の誰のどんなに切実な「和平を求める声」とて、「今正にそこにあるロシアの侵略」以上の意味・意義・深刻さがあろうとは、全く期待できないし、期待すべきではない。ハッキリ言って左様な期待は、「図々しい」と言うべきだ。
であると言うのに、上掲毎日社説は其れを、期待しちまうんだよなぁ。図々しいったら無いな。其れはある意味「ロシアのウクライナ侵略を、肯定している」事になるんだが、気づいているんだろうか?
「気づいていない」と言うよりは、「気にしていない」のだろうな。
そう言うのは普通、「敗北主義」と言うのだぞ。
- <注記>
- (*1) 「例を挙げろ」と言われれば、我が国の日清戦争と日露戦争が挙げられる。大東亜戦争だって開戦当初「国民の大多数は歓呼の声を上げた」事を、想起すべきだろうな。
- ABCD包囲網の重圧ってのは、今日では一寸想像しがたいモノがあったんだろう。
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間抜けな間抜けな「クラスター兵器供与反対」論-【琉球新報社説】米のクラスター弾供与 非人道兵器の応酬止めよ 他
ま、こんな粗雑なロジックが罷り通ってしまう様なおつむだから、核兵器保有国が唯の一国も批准しない「核兵器禁止条約」を、有り難がったり、自慢できたり、しちまうんだろうよ。
実に、目出度い限りだな。
「条約は、破るためにある。」なんて言葉もあるが、そもそも批准も署名もしていない条約では「破りようも無い条約」だ。そんな条約に「掣肘される」と思えてしまうのだから、まあ、ある種の気違いだな。
己が理想だか願望だかが投影された条約だとて、批准も署名もしない者には、基本的に「無関係な条約」だぞ。
⑤【琉球新報社説】米のクラスター弾供与 非人道兵器の応酬止めよ 7/11
①【朝日社説】クラスター弾 供与よりも根絶目ざせ 7/13
③【東京社説】クラスター供与 支援の正統性を損なう 7/13
②【毎日社説】ウクライナ侵攻 米のクラスター弾 人道被害の拡大を危ぶむ 7/16
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(1)⑤【琉球新報社説】米のクラスター弾供与 非人道兵器の応酬止めよ 7/11
米のクラスター弾供与 非人道兵器の応酬止めよ
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1744248.html
2023年7月11日 05:00
社説
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ロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援で、米国が殺傷能力の高いクラスター(集束)弾の供与を決めた。クラスター弾は非人道的だとしてオスロ条約で使用や製造を禁じられているが、米ロ、ウクライナは条約に未加盟だ。非人道兵器の使用拡大は、戦争をさらに長期化させ、軍民ともに犠牲者が増える。殺りくの応酬を止め、戦闘を止める努力が必要だ。
クラスター弾は、1発の親爆弾の中に数個から数百個の子爆弾が詰められ、空中で子爆弾をまき散らすことで広範囲を無差別に攻撃する。第2次大戦以後、ほとんどの戦争、紛争で使用されてきた。
特に不発弾によって民間人の被害が長く続く。ベトナム戦争で戦場になったラオスでは、50年以上たつ今も、毎年多数の死傷者が出ている。オスロ条約が2008年に発効し、現在日本を含む110カ国超が参加している。
ウクライナでは、ロシアが侵攻当初から民間地域で無差別攻撃に使用したとして非難されてきた。人権団体などによるとウクライナ側も使用している。昨年12月、ウクライナが米国に供与を要請したが米政権は応じなかった。
しかし、今年6月からのウクライナの反転攻勢が弾薬の枯渇などで難航する中、ロシア軍の塹壕(ざんごう)への攻撃に有効だとして、方針を転換した。米政権はウクライナが民間の被害を最小化すると確約したとし、不発弾発生率がロシアの30~40%に対し2.5%以下でリスクは小さいと主張している。
米の供与決定に対し北大西洋条約機構(NATO)内のオスロ条約加盟国から反対表明が続いている。英国、イタリア、スペイン、カナダの首相や国防相らが反対の姿勢を示した。ドイツは外相が反対を表明し、報道官が「米国が軽々しく決めたのではないと確信している」と一定の理解を示した。日本は、松野博一官房長官が「(米とウクライナの)2国間のやりとりであり、コメントを差し控える」として反対しなかった。
官房長官は「多くの国が条約を締結することが重要との考えの下、引き続き非締約国に働きかけを行っていく」とも述べたが、条約には非加盟国に使用させないよう最善の努力を払う義務も定められている。ロシア、米国、ウクライナに働きかけ、条約上の義務を果たすことが日本のなすべきことではないか。
ウクライナ侵攻を巡って、ロシアは核兵器使用をほのめかし、ロシアが占拠するザポリージャ原発の破壊も懸念されている。今重要なことは、ロシアに無差別攻撃や戦争犯罪に問われる行為をやめさせることだ。そして、両者に非人道兵器を使用しないよう働きかけなければならない。そうしなければ、戦争はさらに長引き、犠牲者が増え、ウクライナの荒廃が進む。国際社会が協調して一日も早い停戦を目指すべきだ。
(2)①【朝日社説】クラスター弾 供与よりも根絶目ざせ 7/13
クラスター弾 供与よりも根絶目ざせ
https://www.asahi.com/articles/DA3S15686446.html?iref=pc_rensai_long_16_article
2023年7月13日 5時00分
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写真・図版
2022年10月21日、ウクライナ北東部のハルキウで、ロシア軍の使用した多連装ロケットから取り出されたクラスター弾を手にするウクライナ軍の整備士=ロイター
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戦火がやんでも子供を含む市民を無差別に殺傷し続ける。そんな非人道的な兵器の根絶に尽力してきた国際社会の意思に背く決定である。米国はクラスター弾をウクライナに供与する方針を撤回すべきだ。
クラスター弾は一つの親爆弾が多数の子爆弾を広範囲にばらまく兵器で、不発の子爆弾が長期にわたり一般市民を巻き込む被害を起こす。そんな兵器を米国はウクライナ軍の砲弾不足を補うために提供するという。
ウクライナ政府はこれを歓迎している。ロシアによる違法な侵略や、民間人への攻撃、子供の拉致など目に余る戦争犯罪の被害国として、自国領からロシア軍を一刻も早く追い出すためには、なりふり構っていられないという心情はわかる。
しかし、それらの事情に鑑みても、米国の供与が正当化される理由にはならない。
米国がベトナム戦争でクラスター弾を大量に投下したラオスでは、終戦から半世紀近く経過したいまも、残された不発弾による人的被害が続く。ボールのような形状の子爆弾を思わず手に取った子供が犠牲になる事例があとを絶たない。
将来、ウクライナに平和が戻っても、命を理不尽に奪われ続けるのはウクライナの市民であり、復興も妨げられるという悪夢に想像力を働かせたい。
クラスター弾の使用や製造を禁じる条約は2010年に発効している。被害国の途上国や市民社会が成立に向け先導した条約には、日本や英仏独を含む100カ国以上が参加する。決して使用されてはならない兵器だというのが、もはや国際社会の総意といっていいだろう。
ロシアやウクライナと同様に禁止条約には加わっていない米国も、近年はクラスター弾の製造、使用、輸出を控え、国際規範を守る姿勢を示してきた。
憂慮されるのは、規範がなし崩しにされることで、非人道行為への歯止めが損なわれる事態である。国連のグテーレス事務総長は「戦場でクラスター弾が継続的に使われることは望まない」との見解を示した。米国の同盟国からも懸念や疑問の声が上がるのは当然だ。
ウクライナを支援する国々には、ロシアと同じ土俵に乗るのではなく、国際的な法秩序を守る姿勢が求められる。クラスター弾を使い続けるロシアへの国際圧力をむしろ強める時だ。
米国の供与について官房長官が「コメントは差し控えたい」と述べるにとどまった日本政府の反応は理解に苦しむ。禁止条約発効時からの加盟国として、クラスター弾の根絶を訴えるべきだった。戦後の不発弾処理などの貢献策も欠かせまい。
(3)③【東京社説】クラスター供与 支援の正統性を損なう 7/13
クラスター供与 支援の正当性を損なう
https://www.tokyo-np.co.jp/article/262838?rct=editorial
2023年7月13日 07時54分
バイデン米政権がクラスター(集束)弾をウクライナに供与することを決めた。非人道的な兵器の提供は軍事支援の正当性を損ない、大きな禍根も残す。
クラスター弾は親爆弾に数十から数百個の子爆弾が入り、空中で破裂した親爆弾から子爆弾が広範囲にばらまかれる。不発弾が多く紛争終結後も民間人、とりわけ子どもが犠牲になる悲劇を生む。ベトナム戦争、イラク戦争、シリアやイエメンの内戦でも使われた。
非政府組織(NGO)の国際的な連合体「クラスター弾連合」の報告書によると、一九六〇年代半ばから二〇二一年末までの間に、クラスター弾による死傷者は全世界で約二万三千人。うち不発弾による死傷者の方が多く一万八千人余に上る。クラスター弾は無差別殺傷兵器と言ってよい。
クラスター弾の使用や製造を全面的に禁じる国際条約(オスロ条約)には日本を含む百十カ国以上が加盟するが、米ロ中の三大国をはじめウクライナも非加盟だ。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチはウクライナ、ロシア両国ともクラスター弾を使い、民間人に犠牲者を出しているとして使用をやめるよう訴えている。
ところがウクライナは通常弾薬が枯渇し、クラスター弾の供与を米国に求めていた。反転攻勢も難航しており、背に腹はかえられないのだろうが、不発弾は戦後復興の大きな障害になる。同胞をも殺傷する危険性をゼレンスキー政権はわきまえるべきだ。
米国も通常弾薬の在庫が不足してウクライナへの提供に事欠く状況だ。クラスター弾の供与は通常弾薬の増産態勢が整うまでのつなぎの措置であり、不発率の小さいクラスター弾を提供すると、バイデン政権は説明する。
だが、米政府自身がクラスター弾使用は「戦争犯罪の可能性がある」(前大統領報道官)と批判してきた経緯がある。
西側がウクライナ支援で足並みをそろえるのは、ロシアの侵略行為という不正義を看過すれば、世界が弱肉強食の時代に逆戻りしてしまうからにほかならない。
公正を貫くべき局面で倫理を踏み外すような支援を行えば、その道義は色あせてしまう。
オスロ条約に加盟する西側諸国からも米国への異議が出ている。結束が乱れないかも心配だ。バイデン大統領に再考を促したい。
(4)②【毎日社説】ウクライナ侵攻 米のクラスター弾 人道被害の拡大を危ぶむ 7/16
ウクライナ侵攻 米のクラスター弾 人道被害の拡大を危ぶむ
https://mainichi.jp/articles/20230716/ddm/005/070/145000c
注目の連載
オピニオン
朝刊政治面
毎日新聞 2023/7/16 東京朝刊 English version 825文字
不発弾が長期にわたって農地などに残る非人道的な兵器だ。市民の被害拡大を懸念する。
ロシアの侵攻を受けるウクライナからの要請で、米国がクラスター弾を供与した。
親爆弾から数十~数百の子爆弾が広い範囲にばらまかれる。敵の拠点を制圧するという戦術的観点からは、他の砲弾や爆弾より効率がよいとされる。
しかし紛争が終結した後にも、不発弾による民間人被害が続く。このため、製造や使用を禁じるオスロ条約が2010年に発効し、日本を含む100カ国以上が批准している。
国際人権団体によれば、ロシアとウクライナは既に戦場で使用している。条約非加盟の米国は供与に当たり、民間人被害の最小化に努めるという誓約を取り付けたという。だが、どこまで徹底できるかには疑問が残る。
オスロ条約発効から10年以上たち、「使ってはならない兵器だ」という規範意識は国際社会に浸透した。ウクライナに兵器を供与している西側諸国からも批判の声が上がっている。
カナダはクラスター弾供与に反対する声明を出した。ニュージーランドとスペインも、使用されるべきでないとの立場を示した。スナク英首相は、加盟国として条約を守る姿勢を強調した。
過去の戦争で各地に残された不発弾の被害を受ける民間人は後を絶たない。
クラスター弾に関する国際NGOは、不発弾による死傷者は21年に149人確認され、9割以上が民間人だったと発表している。年齢の分かる被害者では、18歳以下が3分の2を占めた。
不発弾の除去には長い年月がかかる。ベトナム戦争で米軍が大量に使用したラオスでは終結から半世紀近くたった今も、年間数万個の処理が続いている。
不発率の低いタイプを供与すると米国は強調するが、不発弾は復興を妨げ、ウクライナの将来世代にとっても重荷となる。
米国は、民間施設に対するロシアのクラスター弾使用を非難してきたはずだ。自らウクライナに供与して人道被害を広げることは許されない。バイデン大統領は再考すべきである。
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(5)ウクライナが核兵器保有・維持していたら、今次の侵略戦争は始まらなかったろうさ。
勘違いしている、としか思えんのだが、ウクライナもアメリカもロシアも、クラスター爆弾禁止条約なんざぁ批准していないのだから、そんな条約が「世の中にはある」と言うだけ。クラスター爆弾ないしクラスター弾頭の使用・運用を「非難される」事はあり得ることだが、正当に、客観的に、普通に考えて、「非難される、筋合いは、無い。」。
実際、今次ウクライナ侵略において、ロシア軍はクラスター兵器を使用している(で、「非難はされている」が・・・・「非難はされている」だけ。)。ウクライナがさほどクラスター兵器を使用していないのは、それが無いからである。まあ、「ロシアが一方的にクラスター兵器を使用している!!!」として、ウクライナに同情が集まる効果は期待できる、かも知れないが、「一方的にクラスター兵器を使用される」ってのは。明らかなハンデ、デメリットである。
で、アメリカも「クラスター爆弾禁止条約」なんて批准していない。呑気にもこんなモノを批准できるのは、脳天気な我が国(*1)とか、もはやロシアの脅威をさして気にせずに良くなった(最近「そうでも無い」と気づいた、かも知れないが。)西欧諸国の幾つかとか、だ。
端的に言って、周辺の敵対的な諸国がクラスター爆弾禁止条約を批准しない中、「孤立して」同条約を批准し、あまつさえ当時既に保有していたクラスター爆弾を破棄までした我が国の状況は、相当に自己満足的であり、自己陶酔に近い。
その自己陶酔が、上掲アカ新聞社説に、如実に表れていよう。
⑤琉球新報「非人道兵器の応酬を止めよ」だぁ?言うだけなら、タダだが、そもそも兵器の大半は「非人道的」だ。第一、クラスター爆弾禁止条約を批准すらしていないロシア、ウクライナ、アメリカ相手に「クラスター兵器は非人道敵兵器だから、その応酬を止めよ。」って、「聞く」訳ないだろう。タタの自己満足、自己陶酔だ。「非人道的兵器の応酬を止めようとしている、俺、カッコ良い!!!」」と思っているんだろうが、タダの馬鹿だぞ。
①朝日新聞「供与よりも根絶目ざせ」ってのも、同工異曲だな。「応酬を止めよ」よりも更に「要求が拡大している」が、それだけだ。言うことがデカくなった分、滑稽味も増している、気はするな。
③東京新聞「支援の正統性を損なう」って・・・・ロシアは侵略者で、既にクラスター兵器も使用した「実績」もある。「支援の正統性」は十二分であり、ウクライナが元核兵器保有国であることや、その核兵器をロシアが取り上げてウクライナの安全を保障した経緯を考えれば、「ウクライナへの核兵器供与」すら、正当性があるだろうに。
クラスター兵器供与如きに、ナンの遠慮が要るモノかよ。
②毎日新聞「人道被害の拡大を危ぶむ」って・・・その「拡大する人道被害」の相当部分は、新たにウクライナ軍へ供与されるクラスター兵器によるモノとなろう。その「人道被害の拡大を危ぶむ」って事は、既存従来の「ロシア軍クラスター兵器による、ウクライナの人道被害」を甘受看過しろ、って主張だぞ。
それを、「ウクライナが甘受看過する」という選択肢は、あり得る事だが、それを決められるのはウクライナだけ。他者が、第三者が、偉そうに「甘受しろ」なんて言うべきモノでは無い。普通に考えれば、「報復する」し、「報復すべき」だろう。
何故ならば、「ロシア軍クラスター兵器による、ウクライナの人道被害甘受」は、「次のクラスター兵器使用のハードルを下げる」から、だ。「ロシアの更なるクラスター兵器使用」を含めて、だ。甘受され、報復されない「人道被害」ならば、「更に拡大させ、嵩にかかってクラスター弾攻撃をかける」ってのは、ままあること。ロシア軍ナンざぁ、そう言うのは得意だろうが。
因果応報、信賞必罰。何れも基本原則である。
Parabellum 戦いに、備えよ。
- <注記>
- (*1) ロシア、中国、南北朝鮮、共に「クラスター爆弾禁止条約なんて批准してない」という隣国環境で、「クラスター爆弾禁止条約を批准する日本」と言うのは、「脳天気」としか言いようが無かろうが。
-
再審は、再審であって、無罪ではない。理解しがたい、新聞&弁護士。-【毎日社説】袴田さんの再審公判 理解しがたい検察の対応
いや、まあ、タイトルにした通りだな。「再審」とは「審議のやり直し」である。有罪判決が出て確定した裁判に「再審」を命じられたのだから、「有罪判決は覆った。」というのは事実だろうが、「無罪判決が出た」訳では無い。言い替えれば、「再審決定」=「無罪確定」では、無い。「再審決定」で決まったのは、「再審の開始」である。コレは、再審決定した裁判の判決が死刑判決であろうが、その被告が高齢であろうが、関係ない。
「法の前の平等」とは正に、そう言う事、であろうに。元死刑囚だろうが現高齢者だろうが、ナンの関係も無い。
と、考えるのが普通であろうに・・・アカ新聞だとか、「人権派弁護士(大抵アカ)」とか言う連中は、そうは考えない、らしい。
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(1)【毎日社説】袴田さんの再審公判 理解しがたい検察の対応
袴田さんの再審公判 理解しがたい検察の対応
https://mainichi.jp/articles/20230711/ddm/005/070/206000c
朝刊政治面
毎日新聞 2023/7/11 東京朝刊 English version 833文字
冤罪(えんざい)からの救済という再審制度の趣旨からすれば、検察の対応は理解しがたい。
袴田巌さんの再審公判で、検察側は有罪を主張し、立証を進める方針を明らかにした。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で、80年にいったんは死刑が確定したが、今年3月に再審の開始が決まった。
過去に死刑確定後、再審公判が開かれた4人は、いずれも無罪となっている。袴田さんにも、無罪が言い渡される公算が大きい。
事件から57年がたつ。袴田さんは87歳になった。再審請求人の姉秀子さんも90歳である。
検察側が有罪を主張すれば、弁護側も逐一反論することになる。専門家らの証人尋問を実施する可能性もあり、公判は長期化が避けられない。
再審開始の決め手になったのは、犯人のものとされた衣類に付いていた血痕の色だ。事件の1年2カ月後、みそタンクの中から発見された。
東京高裁は弁護側の鑑定を踏まえ、みそに1年以上漬かれば、赤みは消えるはずだと認定した。
しかし、赤みは残っており、既に身柄を拘束されていた袴田さんが衣類をタンク内に隠すことは不可能だと指摘した。
検察側は血痕の付いた布を1年2カ月間、みそに漬ける実験を実施した。写真を示して「赤みが残っていた」と主張したが、退けられた。
高裁決定について、検察側は最高裁への特別抗告を断念した。再審を受け入れた意味は重い。
15年に及ぶ第2次再審請求の審理で、検察側も主張を尽くし、「血痕の色」を巡る争いは決着した。にもかかわらず、再び争点として持ち出すのは疑問だ。
写真や醸造、法医学の専門家らの意見を根拠に、改めて「赤みが残ることはある」と訴えていくという。弁護側は「蒸し返しだ」と批判した。
高裁決定は、タンクから見つかった衣類について「捜査機関が隠した可能性が極めて高い」と証拠捏造(ねつぞう)の疑いに言及している。
もともと証拠が乏しく、自白強要が疑われるなど捜査の問題点も明るみに出ている。その検証こそ、必要ではないか。
(2)【東京社説】袴田さんの再審 審理を長引かせるな
袴田さんの再審 審理を長引かせるな
https://www.tokyo-np.co.jp/article/262284?rct=editorial
2023年7月11日 07時43分
一九六六年に起きた静岡県の四人殺害事件で犯人とされた袴田巌さんの再審公判を巡り、検察側が「有罪立証」すると表明した。これまで争点となっていた「衣類の血痕」について反論するというが、審理を長引かせることは避けるべきである。
静岡地検は再審公判で「五点の衣類の血痕」について反論すると静岡地裁に伝えた。この衣類はあくまで犯行時に袴田さんが着ていたものとの主張である。
衣類は袴田さんの勤務先のみそタンクから発見された。当時の捜査資料では血痕の色は「濃赤色」と記されたが、弁護側は実験や鑑定に基づいて「長期間、みそ漬けにされた血痕には赤みは残らない」と主張。東京高裁も認めて再審決定につながった。
静岡地検は十日、「赤みが残ることは不自然ではない」ことを法廷で立証すると明らかにした。
確かに、同じ争点の場合、新証拠の証明力を弾劾する証拠であれば、提出可能とされている。
しかし、既に四十年以上も裁判のやり直しを求めていた事件である。第二次の再審請求審から九年間も「色」を巡る攻防が繰り返されてきた経緯もある。
問題の衣類は、確定判決の決め手だったが、そもそも袴田さんが着られるサイズでなかった。検察は「縮んだ」とも「袴田さんが太ったため」とも…。事件後、何と一年二カ月もたっての発見という経緯にも不自然さが残る。
今回の検察方針は、これまで争点でなかった事実や証拠を再審公判で唐突に持ち出すことには当たらないとしても、同じ論点でこれ以上、時間をかけることが本当に正義にかなうのか。
検察は袴田さんを再び収監して、死刑にすべきだと本気で考えているのだろうか。
東京高裁は捜査機関による「証拠の捏造(ねつぞう)」の可能性を指摘している。検察は「捏造」の言葉に拒否反応を示しているのかもしれないが、もはや検証すべきは当時の捜査の在り方を巡る問題点にほかならない。
袴田さんはすでに八十七歳になる。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に従って、一刻も早く「無罪」の宣告をすべきと考える。
-
(3)検察の、対応こそが、正当だ。「冤罪の冤罪」回避のために。
章題に取った「冤罪の冤罪」ってのは見慣れない表記/聞き慣れない言葉、かも知れない。ひょっとすると、私(ZERO)独自の「造語」かも知れない。が・・・言いたいことは、判るよな?判らないか(*1)?
「実は無罪である者を、誤って有罪としてしまう。」のが、冤罪だ。ならば、「冤罪の冤罪」とは、 「実はは有罪な者を、誤って"冤罪"と判定してしまう。」事。謂わば、「罪の二重否定」であり、「罪の強調・強化」とも言い得よう。
人とは、神ならぬ者であり、間違いも失敗もするモノだ。であるならば、人が人である限り、「冤罪」とは「あってはならないモノ」ながら、「常にあるモノ」であり、ナニをどうやろうとも、「無くなる」なんて事は、(基本的に)無い(*2)。
「冤罪が、無くなることは無い」以上、「冤罪の冤罪もまた、無くなることは無い。」のが道理だ。
今回再審が決まった袴田被告の「冤罪」判定が、「冤罪の冤罪である」可能性も、勿論「ある、と考えるべき」であるのだから、再審は粛々と「審議のやり直し」として開始されるのが筋であり、検察の対応は「完全に法理に適っている」。
それを、「理解しがたい検察の対応」だの、「審理を長引かせるな」だのと批判してしまえるのが、上掲東京新聞&毎日新聞社説である。それは、少なくとも一面、「冤罪の冤罪を、助長している」のだが。
だぁが、此奴ら、「冤罪の冤罪を、助長している」って、意識も自覚も無いのだろうな。
或いは、ハナっから「冤罪の冤罪を助長し、我が国法秩序の弱体化を狙っている。」と考えた方が、安全側かな。
- <注記>
- (*1) 私(ZERO)に言わせれば、明々白々、なのだが。
- (*2) 私(ZERO)が唯一考えつく「冤罪根絶法」は「ありとあらゆる犯罪を罰しない事」だけだ。ありとあらゆる罪が罰されないのだから、冤罪は生じない。
- 無論、その場合、法も法秩序も事実上消滅する、「無法状態」が現出する。
-
死者の声、聞くは生者の耳なれば、生き様により、聞こえ異なる。-「沖縄慰霊の日」各紙社説に見る、「やっぱり願望的平和論」。
毎年、「終戦の日」たる8月15日が近づくと、折に触れて各紙社説は「先の大戦」たる大東亜戦争を取り上げ、想起させ、社説の題材にもするのが「年中行事」と化している。折角我等が先人達が文字通り「血で購った」現代総力戦の戦訓が詰まった「先の大戦=大東亜戦争」の記憶なのだから、折に触れて想起させ注意喚起させる意味・意義には、私(ZERO)とて大いに賛同するモノである。
だが、そこは私(ZERO)とは「宗教の違う」アカ新聞どもであるから、同じ「先の大戦=大東亜戦争」の記憶であっても、その見え方、感じ方、果ては「得られる教訓=戦訓」まで、彼我の認識・意識の乖離は、目も眩むばかり。山よりも高く、海よりも深い、モノがある。
ま、「心、此処にあらざれば、見るとも見えず。」という奴だ。
或いは、そう、「所詮、死者の声を聞くは生者の耳。生者がどうあるかで、聞こえる声も、大いに異なろう。」と言っても良かろう。
早い話、下掲アカ新聞記者共の耳に聞こえる「死者の声」は、私(ZERO)に聞こえる「死者の声」とは、大いに異なるだろう、と言うことだ。
①【朝日社説】沖縄慰霊の日 記憶たぐる営みは今も
②【毎日社説】きょう沖縄慰霊の日 戦場にさせぬ願い共有を
③【東京社説】沖縄慰霊の日に考える 戦果に散った野球人
④【沖縄タイムス社説】慰霊の日に 「平和な島」を手放すな
⑤【琉球新報社説】戦後78年「慰霊の日」 沖縄は「戦場」を拒否する
☆
(1)①【朝日社説】沖縄慰霊の日 記憶たぐる営みは今も
沖縄慰霊の日 記憶たぐる営みは今も
https://www.asahi.com/articles/DA3S15669031.html?iref=pc_ss_date_article
2023年6月23日 5時00分
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24万2046人。沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の丘に並ぶ石碑「平和の礎(いしじ)」には、沖縄戦などでの死没者の名が刻まれている。悲惨な地上戦で奪われた命は重い。生きた証しを残し、伝えることが平和への一歩となる。
1945年6月23日、太平洋戦争末期の沖縄で、日本軍の組織的戦闘が終結したとされる。この日を「慰霊の日」と呼ぶ。「鉄の暴風」といわれた米軍の猛攻や餓死、自決などで県の人口の4分の1が失われた。その記憶をたぐる営みは今も続く。
激戦地だった八重瀬町では町史「戦争編」が昨年12月、刊行された。町が専門家や地元の人に委嘱し、7年がかりで聞き取りや手記の収集にあたった。20代の職員らは、祖父母の年代の体験者から証言を聞いたり、昔の日記や手記を人づてに探したりし、掘り起こした。
海に切り立つ絶景で有名な断崖「ギーザバンタ」は、追い詰められた住民や日本兵が命を落とした地だ。証言集では多くの人がここでの記憶を語る。
9歳だった女性は日本兵に家を追い出され、壕(ごう)を転々とした。たどりついたギーザバンタの壕で艦砲射撃を受け、命がけで絶壁を上がり、捕まる。「伏せー」という声とともに手榴弾(しゅりゅうだん)で日本兵が自決した。父はマラリアで死に、出征した兄は死に場所もわからない。「魂しか残らなかった」と振り返る。
町は来月、執筆者らの講演会を開き、今後の活用方法などについて意見を交わす。
沖縄戦の記録を新たに出版する自治体はほかにもある。
米軍運営の収容所が置かれた南城市では20、21年に資料編と証言編を出した。空と海からの攻撃で焦土となった中城村(なかぐすくそん)、少年らがゲリラ戦にかり出された恩納村も昨年、発刊した。
11冊の市町村史の発刊にかかわった元沖縄国際大教授の吉浜忍さんは「後世に残す最後の機会という強い思いが各自治体に共通する。本を通じ実感を持って学んでほしい」と話す。
証言は、今の沖縄の置かれた状況や安全保障のあり方を考える上で、重要な意味を持つ。
昨年改定された安保3文書は沖縄を「国家安全保障上極めて重要な位置にある」と明記した。ミサイル部隊など自衛隊の増強などが着々と進む。
いざ戦闘となった時、兵は住民を守るのか。本土の「捨て石」にされないか。「集団自決」や食料の強奪など、各地での出来事を知り、よみがえらせる作業は、現在と将来の平和を考える手がかりとなろう。
多数の住民を巻き込んだ地上戦から78年がたち、沖縄を再び戦場にしてはならないとの思いを強くする。
(2)②【毎日社説】きょう沖縄慰霊の日 戦場にさせぬ願い共有を
きょう沖縄慰霊の日 戦場にさせぬ願い共有を
https://mainichi.jp/articles/20230623/ddm/005/070/082000c
朝刊政治面
毎日新聞 2023/6/23 東京朝刊 851文字
政府が防衛力の強化を推し進める中、沖縄の「慰霊の日」を迎えた。78年前、太平洋戦争末期の沖縄戦で組織的な戦闘が終結したとされる。
日米双方で約20万人が犠牲となり、うち一般住民の死者は約9万4000人に上った。米軍の本土上陸を遅らせるため、沖縄での持久戦に持ち込もうとした旧日本軍の作戦が悲惨な結果を招いた。自分たちの国の一部を「防波堤」のように扱い、多くの命を失った教訓を決して忘れてはならない。
戦争は弱い立場の人たちに犠牲を強いる。それは過去の出来事ではない。ロシアによるウクライナ侵攻では、子どもを含む多くの市民が命を落としている。平和を取り戻すため、最大限の努力を続ける必要がある。
米中対立を背景に、日本周辺でも台湾海峡を巡る緊張が高まっている。
政府は昨年末、安全保障環境の変化を理由に、相手国内の軍事拠点をたたく「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を決定した。
沖縄を含む南西地域の離島に陸上自衛隊の駐屯地を開設し、ミサイル部隊などを配備している。沖縄本島の陸自部隊の増員や、医療態勢の強化も進める方針だ。在沖米軍との連携を強め、中国軍の動きをけん制する狙いがある。
だが、部隊や施設を集中させれば、かえって攻撃対象となるリスクも高まる。
沖縄には在日米軍専用施設の約7割が偏在する。昨年の知事選では普天間飛行場の辺野古移設に反対する玉城デニー氏が再選されたが、政府はかたくなに工事を進めている。自衛隊の増強で、沖縄の負担は一段と重くなりかねない。
玉城知事は敵基地攻撃の手段にもなる長射程ミサイルの県内配備に反対するが、政府は「配備場所は決まっていない」と繰り返すだけだ。「再び戦場になるのではないか」との沖縄の不安に、正面から向き合っているとは言い難い。
衝突を防ぐには、抑止力の強化だけでは不十分だ。対話を通じて緊張を緩和する外交努力を、政府は尽くす必要がある。
古里を二度と戦場にさせない。地域の安定が脅かされている今こそ、沖縄の人々の願いを日本全体で共有しなければならない。
(3)③【東京社説】沖縄慰霊の日に考える 戦果に散った野球人
沖縄慰霊の日に考える 戦火に散った野球人
https://www.tokyo-np.co.jp/article/258406?rct=editorial
2023年6月23日 06時52分
野球の国・地域別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で三度目の優勝を果たした日本代表の活躍ぶりを見るとき、戦火に散った一人の野球人を思い出さずにはいられません。今も「島守」と慕われる沖縄県最後の官選知事、島田叡(あきら)さんです。
沖縄県はきょう慰霊の日を迎えました。
太平洋戦争末期の一九四五(昭和二十)年四月一日、米軍が上陸を開始した沖縄本島は、日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の戦場となりました。
米軍は「鉄の暴風」とも呼ばれる大量の砲弾を撃ち込み、日本の沖縄守備軍との戦闘は熾烈(しれつ)を極めますが、物量に勝る米軍が徐々に追い詰め、守備軍は司令部のあった那覇中心部の首里から、南部への撤退を余儀なくされます。
そして六月二十三日、本島南部の摩文仁(現糸満市)に追い詰められた守備軍司令官の牛島満中将が自決し、日本軍の組織的戦闘は終わります。
沖縄戦では日米の軍民合わせて二十万人を超す尊い命が失われました。このうち十二万人が沖縄県民と県出身の軍人軍属で、当時の県民の四分の一に当たります。
沖縄県は組織的戦闘が終わったこの日を「慰霊の日」と定め、摩文仁の平和祈念公園で毎年、追悼式を行っています。
島田さんが知事として沖縄に赴いたのは、すでに日本の敗色が濃い四五年一月。県庁のある那覇市も前年十月の大空襲で、市街地の大半が焼失していました。本土への進攻の途上、いずれ米軍が上陸し、地上戦に至ることも予想される緊迫した戦況下でした。
◆死も覚悟した知事赴任
神戸市出身で東京帝国大学から内務省に入った島田さんは主に警察畑を歩みます。愛知県警察部長(現在の県警本部長に相当)、大阪府内政部長を経て打診されたのが沖縄県知事への就任でした。
当時の知事は現在のような住民による選挙でなく任命制です。いくら戦時下とはいえ、断ることもできたでしょう。
しかし、大学野球の選手で、スポーツマンだった島田さんに逃げるに等しい選択はありませんでした。赴任を即決して単身、沖縄県入りして執務を始めます。死をも覚悟した決断だったに違いありません。
戦時の知事として力を注いだのは県民の犠牲を最小限に食い止めることでした。米軍の激しい攻撃にさらされながらも、県民の疎開と食糧の確保に尽力しますが、米軍の進攻に伴い、島田さんも少数の県職員らとともに地下壕(ごう)を転々としながら南部に移動します。
激しい地上戦は県政の執行を困難にし、島田さんは六月九日、県組織の解散を命じました。命を無駄に投げ出さないよう「生きろ」と訓示して…。
島田さんもこの時期、摩文仁で最期を迎えたとみられますが、遺骨は見つかっていません。四十三歳という若さでした。
◆再び戦場にしないため
先の大戦では中等学校や大学、社会人で活躍した多くの野球選手が戦火に散りました。
戦後六十年の節目に当たる二〇〇五年、東京都文京区の東京ドーム内にある野球殿堂博物館に、戦争で亡くなった野球選手を慰霊する「戦没野球人」モニュメント=写真=が掲げられました。
島田さんを含む百六十七人の名が刻まれています。今は世界一に輝く日本の野球史で、決して忘れてはならない一つの側面です。
沖縄は一九七二(昭和四十七)年まで人権軽視の米軍統治に苦しめられ、本土復帰後も県内に多くの在日米軍専用施設が残ります。名護市辺野古では米海兵隊の新基地建設も強行されています。
加えてミサイル部隊の離島配備など自衛隊増強も始まりました。中国の軍事的挑発を抑止し、日本の領域を守るためとされます。
島田さんがそんな沖縄の現状を見たら、何を思うのでしょう。
軍事力に軍事力で対抗すれば、軍拡競争をあおる「安全保障のジレンマ」に陥り、地域情勢は逆に不安定になりかねません。
沖縄県民が望む「基地のない平和の島」とは正反対に軍備増強が続く現状に、県民には多くが犠牲となった沖縄戦や、住民を守らなかった軍隊の記憶が蘇(よみがえ)ります。
戦争で犠牲になるのはいつの時代も何の罪もない民間人です。
沖縄を再び戦場にしてはならない。死を覚悟して赴任し、沖縄に散った島田さんは、そう語りかけてくるようです。
(4)④【沖縄タイムス社説】慰霊の日に 「平和な島」を手放すな
慰霊の日に 「平和な島」を手放すな
2023/06/23 05:00沖縄タイムス
沖縄戦は、幼児からお年寄りまで、あらゆる世代を巻き込んだ戦争だった。
本来、保護されるべき一般住民も、逃げ場を失って戦場をさまよい、米軍の容赦ない攻撃の犠牲となった。
住民を守ってくれると信じていた「友軍」(日本軍)は、住民を壕から追い出し、食料を奪い、投降しようとした兵士を背後から射殺し、住民をスパイと見なして殺害した。
当時、沖縄県庁で疎開業務に携わっていた浦崎純さんは、本島南部の戦場で、死んだ母親にすがって乳房を含んでいる幼子の姿を見た。どうすることもできなかったという。
「そこには前線もなければ後方もなく、戦闘員、非戦闘員の区別もなかった」(『消えた沖縄県』)
なぜ、このような凄惨(せいさん)、無残な戦争になってしまったのか。
敗戦の結果、沖縄は本土と切り離され、冷戦の最前線に置かれた。そして今、「新たな戦前」ともいわれる危機の真っただ中にある。
沖縄はきょう、慰霊の日を迎える。二度と戦争を起こしてはならないという切実な声をもっと広げ、世界に向かって伝えていく必要がある。
■ ■
「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓は、戦時下にあって、兵士にも民間人にも深く浸透し、行動をしばった。
軍人は事実上、捕虜になることを禁じられた。民間人も「米兵に捕まったら女性は強姦される」などという流言にしばられ、捕虜になるより死を選ぶケースが相次いだ。
第32軍司令部は戦略持久作戦にこだわり、住民保護も適切に行わないまま、南部に撤退したが、その結果、軍民混在という最悪の状況が生まれ、住民の犠牲を多くしたのである。
住民保護の明らかな失敗であった。
南風原にあった沖縄陸軍病院には多くの重傷患者が収容されていた。南部に撤退する際、兵士に青酸カリが配られ、「処置」されたことはよく知られている。
退却の際、重傷者をどう扱うかは、沖縄戦のずっと前から、日本軍の中で問題にされていた。
ここに見られるのは、ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約など非戦闘員の保護や捕虜の取り扱いなどを定めた国際条約に対する日本の後ろ向きの姿勢である。
ジュネーブ条約(赤十字条約)には傷病兵が捕虜になることを認める条文がある。
硫黄島に配属された混成第2旅団野戦病院は、この条約を根拠にして米軍と交渉し、投降勧告を受け入れ、組織ごと捕虜になった。
彼らはグアムに送られた後、米軍側の要請で沖縄に移動し、軍病院で沖縄住民の治療に当たった。日本が降伏する前の戦争中の話である。
沖縄陸軍病院と第2旅団野戦病院のこの違いはどこからくるのだろうか。
日本は1929年に不戦条約を批准し、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する、という国際法上の義務を負うことになった。
この考え方は、国連憲章や日本国憲法第9条に取り入れられている。
だが、日本を含め多くの国々がこの条約に反するような戦争を続けてきた。
ロシアによるウクライナ侵攻で、世界の光景は一変した。核大国が核使用をちらつかせて他国を威圧するということは、国際法上あってはならないことだ。
中国や北朝鮮は軍備増強、核・ミサイル開発を続け、日本政府も防衛費の大幅増額、敵基地攻撃能力の保有を表明し、対抗姿勢を鮮明にした。
歯車が完全に逆回転し始めているのである。
■ ■
23日の慰霊の日、糸満市摩文仁の平和祈念公園では、「沖縄全戦没者追悼式」(主催・県、県議会)が開かれる。
国籍や軍人、民間人の区別なく戦没者の名前を刻銘した「平和の礎」は、二度と戦争を起こさないという誓いのモニュメントである。
「新たな戦争」の犠牲者の名前が追加刻銘されるようなことがあってはならない。
(5)⑤【琉球新報社説】戦後78年「慰霊の日」 沖縄は「戦場」を拒否す
戦後78年「慰霊の日」 沖縄は「戦場」を拒否する
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1733780.html
2023年6月23日 05:00
社説
貴い生命を奪う殺りくが続く。抑止力向上を名目とした軍備増強が急速に進む。平和に逆行する動きの中で私たちはこの日を迎えた。きょうは敗戦から78年の「慰霊の日」である。
昨年来、平和はもろく、その回復は極めて困難であることを思い知らされてきた。平和を脅かす戦争準備に強い危機感を抱いてきた。
それでも私たちは平和構築の不断の歩みを断念するわけにはいかない。沖縄の島々が再び戦場となることを県民は明確に拒否する。そのためにも沖縄戦の実相を見つめ直す日としたい。
沖縄に住んでいる私たちは今、国際社会の分断と脅威論の広がりを目の当たりにしている。沖縄にとっては、いずれも平和構築の障害であり、克服しなければならない。
ロシアによるウクライナ侵攻は無辜(むこ)の民に犠牲を強いるとともに国際社会に深刻な分断をもたらした。侵攻から1年で、双方の軍民の死者数は当局者らの公表分だけで計約2万7千人を数えた。停戦の糸口は見えないままだ。
先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)は国際社会の分断を融和へと導く場とすべきであった。しかし、ロシアへの制裁強化を確認し、包囲網を固めたことで分断はより深まったように見える。
ロシアに影響力を持つ中国との連携や、戦闘を続ける両国に対し中立を保つ「グローバルサウス」の国々との対話を踏まえた停戦の働き掛けが必要だ。停戦を促す国際的枠組みづくりが急がれる。先進国の取り組みを求めたい。
ロシアのウクライナ侵攻は台湾有事という脅威論につながった。それらを背景とした防衛の「南西シフト」によって宮古、石垣、与那国の軍備増強が急激に進んだ。北朝鮮によるミサイル発射や衛星打ち上げも脅威論の横行に拍車をかけている。3島への地対空誘導弾パトリオット(PAC3)配備は2カ月近くになる。
これらの軍備増強は他国との緊張を高めるものでしかなく、地域住民の平安な暮らしに寄与するものではない。他国の標的となることへの危惧を住民は抱いている。何よりも「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓に照らしても、現在の軍備増強の動きは否定されるべきものだ。
「慰霊の日」に当たって沖縄が政府に求めることは、台湾有事や中国、北朝鮮の脅威をあおることではなく、緊張緩和に向けた外交努力である。防衛費増額の財源を確保する特別措置法は成立したが国民は防衛費増に否定的だ。政府は国民世論を直視し、軍備増強政策を改めるべきだ。
きょうの全戦没者追悼式では玉城デニー知事が発表する平和宣言と合わせ、岸田文雄首相があいさつを述べる。沖縄の島々が再び戦禍に巻き込まれることがあってはならない。県民の思いに沿うメッセージを求めたい。
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(6)「拒絶」すれば、「戦場にならない」と言う、妄想。
頭ぁ冷やして考えろや。大東亜戦争に限らず、太古の昔からロシアのウクライナ侵略まで、戦場になった数多の集落、地方、島嶼、市町村は、「戦場となることを許容・容認・甘受した」から「戦場になった」のかよ。それらが「戦場となることを拒絶した」ならば「戦場にならなかった」のかよ?
大東亜戦争に於ける沖縄自身を含めて、だぞ。
端的に言って、「戦場となることを許容・容認・甘受した」から「戦場になった」事例は、「仮にあったとしても、かなり稀有な例」であろう。大半の戦場は、「戦場となった土地の住民の拒否や受容や寛容甘受とは無関係に、戦場になった。」し、これからも「戦場となる」のに、疑義の余地なぞ殆ど無いぞ。
言い替えるならば、上掲アカ新聞社説で③毎日新聞 ④沖縄タイムス ⑤琉球新報 社説が「沖縄を戦場にさせない!」と、喚き力み訴えた所で、それによって「沖縄が戦場となることを回避できる」なんて事は、妄想空想でしかない。
左様な「訴え」に屈して兵力を配備しなかったり、減らしたりすることは、(「基地負担軽減」ではあるかも知れないが、)戦争誘因であり、それは「沖縄を戦場にする」可能性を高める。
国防、国家安全保障こそは、最高最大最善の「福祉」である。
国が亡くなっては、福利厚生もヘッタクレも、ありはしない。
チョウセンジンネタ、再掲。
ま、今でもあまり変わりは無い。福島原発事故の処理水を「汚染水」とか抜かすところなんかはな。
-
「守らない!」と言いつつ、「守るな!」とも言うか。 マッチポンプも、大概にしろ。-【琉球新報】琉球石灰陣地検証 軍民混在戦の想定やめよ 【沖縄タイムス社説】琉球石灰岩で陣地構築 優先すべきは緊張緩和
沖縄二紙(琉球新報と沖縄タイムス)によると、「軍隊は民間人を守らない。」と言うのが、「沖縄戦の教訓」なんだそうな。
私(ZERO)の様な「異教徒」に言わせるならば、軍隊の目的の一つは、国の主権、領土領海領空、国民の生命財産を守ることであり、そこには(直接的とは限らないが)「民間人を守る」も含まれる。その点は、我等が自衛隊三軍も、嘗ての大日本帝国陸海軍も、古今東西あらゆる軍隊も、基本的には変わらず、「守るべき」である。無論、「守るべきなのに、守らない/守らなかった」事例は結構在るから、油断は出来ないが。
で、だ。私(ZERO)の様な「異教徒」に言わせるならば、大東亜戦争下の大日本帝国陸海軍も、相応に相当に「沖縄を守った」のであり、「軍隊は民間人を守らない」などと言う、沖縄二紙の主張には、大いに異議も唱えれば、異論もあるところだ。
意義も異論もあるが、「軍隊は民間人を守らない。」と言うのが、一つの主張であり、「沖縄二紙の主張である」とは認めている・・・「認めていた」=過去形とすべきかな。
その当の沖縄二紙が、こんな社説を公言公開してしまうようでは、な。
(1)【琉球新報】琉球石灰陣地検証 軍民混在戦の想定やめよ
琉球石灰岩陣地検証 軍民混在戦の想定やめよ
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1737357.html
2023年6月29日 05:00
社説
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沖縄を再び戦場にするつもりなのか。地上戦やミサイル攻撃を想定し、沖縄の島々を自衛隊陣地で固めて「不沈空母」にするような危険な動きである。到底受け入れるわけにはいかない。
南西諸島の有事に備え、陸上自衛隊が陣地構築などを視野に、県内に広く分布する琉球石灰岩の掘削方法の検証を進めている。「台湾有事」を想定し、南西諸島の防衛力を強化する「南西シフト」と軌を一にした動きであろう。既に今年3月、大分県の日(ひ)出生(じゅう)台(だい)演習場で琉球石灰岩の爆破検証を実施している。
陸上自衛隊がこのような検証作業に取り組んでいる事実にあぜんとする。沖縄の地形や地質を生かした陣地構築は沖縄戦時に日本軍が実行した。住民が暮らす民間地にも陣地を造ったことで軍民混在の状態が生じ、住民に犠牲を強いた。自衛隊は同じ過ちを犯すつもりなのか。
沖縄戦に詳しい元沖縄国際大教授の吉浜忍氏(沖縄近現代史)は「他国からのミサイルなどの攻撃を想定し、琉球石灰岩のような硬い地層での陣地構築を検討しているのだろう。歴史は繰り返すという思いがある」と指摘する。
沖縄戦体験を通じて県民は「軍隊は住民を守らない」という教訓を得た。一方で自衛隊は沖縄に洞窟陣地を設け、圧倒的物量に勝る米軍を相手にした日本軍の抗戦に学ぼうとしているのである。
沖縄戦で日本軍は琉球石灰岩に生まれたガマ(自然壕)を陣地として活用した。さらに琉球石灰岩などを掘削し、大規模な陣地を構築した。首里城地下に築かれた第32軍司令部壕や豊見城市の海軍壕などである。壕構築には住民や旧制中学生が動員された。
沖縄戦で、本土決戦準備のための「戦略持久戦」を主導した第32軍の八原博通高級参謀は洞窟を使った陣地構築を提唱した。戦後の著書「沖縄決戦―高級参謀の手記」(1972年刊)で、巨大な科学的戦力を誇る米国を相手に「我々は沖縄島という巨大な不沈戦艦がある」として、沖縄の「自然力」を生かした洞窟主体の陣地構築を推進したことを回想している。ここに県民保護の視点はない。
ガマや岩盤を掘って構築した洞窟陣地を拠点に展開された戦略持久戦は、軍民が混在する戦場を生み出し、多くの住民に犠牲を強いたのである。陸上自衛隊のみならず政府、防衛省はこの事実にこそ学ぶべきなのだ。敗戦から78年を経て、新たな陣地構築のために琉球石灰岩の掘削方法を学ぶことは沖縄戦の歴史と教訓に反している。
沖縄戦で住民は日米両軍の戦闘を避けてガマに身を隠し、命を守った。ところが日本軍はガマを強奪し、住民を追い出した。「集団自決」(強制集団死)の現場にもなった。沖縄戦の悲劇とガマは深い関わりを持つ。その体験をないがしろにするような動きを許すわけにはいかない。
(2)【沖縄タイムス社説】琉球石灰岩で陣地構築 優先すべきは緊張緩和
琉球石灰岩で陣地構築 優先すべきは緊張緩和
沖縄タイムス+プラス / 2023年6月30日 5時0分
戦争を起こさない努力を最優先するべきだ。
陸上自衛隊が、南西地域での有事の際に、陣地構築を想定して、県内に広く分布する琉球石灰岩を爆破する訓練をしていた。
硬質な岩でできている琉球石灰岩は、手作業や機材での掘削が難しい。そのため、爆破により「塹壕(ざんごう)」などの溝や陣地壕を造る検証を進めているという。3月までに大分県の日出生台演習場などで計3回実施した。
陸自は、陣地構築を担当する部隊がそれぞれの駐屯地域の特性を踏まえ訓練する必要があるとし、今回の琉球石灰岩の爆破もその一環とする。
訓練と検証というが、政府が中国を念頭に置いた南西諸島の防衛力強化「南西シフト」への備えを加速させていることの表れだろう。
沖縄戦では、子どもたちを含む多くの住民が陣地構築に駆り出された。琉球石灰岩に、ダイナマイトを仕掛けるなど戦の準備を担わされた。
旧日本軍は強度がある琉球石灰岩の地層を利用して、住民に首里城地下に第32軍司令部壕を造らせた。
陣地構築の訓練・検証は、沖縄戦時の状況と重なる。
空白地帯だった南西諸島への自衛隊配備が進む中、有事が起きた場合の対処として巨大な陣地を構築し、要塞(ようさい)や一種の地下シェルター代わりに利用する作戦ではないか。
戦争体験者らは口をそろえて「戦争前夜だ」と警鐘を鳴らす。
戦争を前提にした備えが、戦争を引き起こす可能性をより高めることが危惧される。
■ ■
陣地構築の訓練・検証は、軍隊が任務を遂行するための手段の一つであり、そこにはどうやって住民を守るかの視点が欠けている。
米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)が中国の台湾侵攻を想定した机上演習結果のシミュレーションでも、日米双方で数千人、航空機数百機などを失う想定をしているが、周辺住民など民間に及ぶ被害や保護する議論は見当たらない。
軍民混在の地上戦を経験した沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守らない」である。
「台湾有事」というあいまいな事態に、危機感をあおることで防衛力増強を正当化するのはあまりにも危険だ。
「有事ありき」で、自衛隊の増強を国民が肯定していく風潮が強まることがあってはならない。
必要なのは、こうした空気を生み出さないための対話や外交努力である。
■ ■
いったん、戦闘が始まれば住民の犠牲が避けられないことは、過去の大戦からも、現在のロシアによるウクライナ侵攻からも明らかである。
にもかかわらず、不都合な側面は政府も語ろうとはしない。
防衛力強化で大きな影響を受けるのは、国境の島々の軍事要塞化が進む沖縄といってもいい。
いまやるべきことは、戦争を防ぐことである。
力による抑止ではなく、戦争が起きる可能性を摘み取り、緊張緩和への努力を優先すべきだ。
-
(3)「平和ボケ」とか「軍事忌避」とかでは、最早説明し難い。「外患誘致」「侵略の手先」と考える方が、安全側だ。
上掲2本の沖縄二紙社説は、あれやらこれやら屁理屈捏ねてはいるが、要は「自衛隊は沖縄を守るな。」でしかない。
冒頭でも述べた通り、「軍隊は民間人を守らない。」を、「沖縄戦の教訓」とし、直接的には大日本帝国陸海軍を、間接的には自衛隊も米軍も、大いに非難し批判して居た沖縄二紙が、「自衛隊は沖縄を守るな。」と、公言し公然と主張しているのである。
コレはもう、「平和ボケ」とか「軍事忌避」等という「性善説」では説明が付くまい。
「外患誘致」「侵略の手先」。具体的には沖縄に対して「核心的利益」なる侵略宣言を出している中国共産党の走狗であると考える方が、安全側である。
早い話が、「沖縄二紙は、日本の敵である。」ということ。左様考え、取り扱うのが、安全側である、と言うことだ。
Parabellum。戦いに、備えよ。









