無限の安らぎ | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

この夏で、昨年末から書き始めた原稿の校正を終え、

秋に新刊本を展転社から出版する予定だ。


そこで、この新刊原稿の前提にある、

私、西村の、

この「日本に生まれた無限の安らぎともいえる思い」を

述べておきたい。

とはいえ、

とりとめも無く述べること、御許し願いたい。

なお、

平成九年五月、

四・五トンの漁船で、深夜、石垣島を出て

八時間あまり荒海を航行したあと、

尖閣諸島の魚釣島に上陸して磯に座り、

ここが「日本の領土だ」と思い海を眺めていた時、

この島が日本人が来たとこを喜んでいるのが全身で分かった。

その時、まさに

「無限の安らぎ」を感じたのだ。


我が日本は、

ユーラシア大陸の東の果てから、

さらに東方の海上に浮かぶ

「日本列島」に存在する。

我が国は、この「日本列島」で誕生した。

この「日本列島」が無ければ、

「日本」も「日本人」も生まれなかった。

そして、日本列島における「日本の誕生」は

二十世紀に、

白人による人種差別と植民地支配の「世界秩序」を転換する

「人類史の奇跡」となった。


では、この「日本列島」は、

どういう所か?

このことを最も適切に説明してくれた本は、

大石久和著「国土が日本人の謎を解く」(産経セレクト)

である。

著者の大石久和さんは

建設省(国土交通省)道路局長そして技監を歴任した国土の専門家だ。

その上で、大石さんは、

「国土」の視点からの日本人論を述べられた。


日本列島は、地球上の全陸地面積の0・25%の広さしかない。

しかし、

この地球の全陸地面積の0・25%しかない

我が国土の地下には

四本のプレートがひしめき押しあっている。

即ち、大陸のユーラシアプレートと北アメリカプレート

そして、海洋の太平洋プレートとフィリピンプレートである。

ヨーロッパやアメリカの大陸の下には、

一つのプレートしかないことを思えば、

この「日本列島」は、

地球上で一番危険な地域で、

何処かで地震が毎日起こっているのだ。

さらに、全地球の活火山の約一割(10%)が

地球の全陸地面積の0・25%しかない日本列島に集中している。

しかも、この「日本列島」は、

遙か南南東の海洋で発生して吹き上がってくる熱帯性低気圧(台風)の

通り道に沿って横たわっている。

従って、日本は、

自然の脅威にさらされたとてつもない危険な場所である。

しかも、日本の国土は

南北に走る長大な山脈の頂上付近が海面からでているような形で平野が少ない。

従って、人が定住できる可住地は国土面積の27%しかない。

ちなみに国土が日本と同じくらいの広さの先進国である

イギリス、ドイツ、フランスの国土の可住面積は、

それぞれ全国土の85%、67%、73%、である。


また、考古学者として国土の発掘の現場から、

古来、この日本列島に住んでいた人々は

如何に生活していたのかを解明したのが、岡村道雄氏である。

岡村道雄氏の著書、

「縄文人からの伝言」(集英社新書)と

「縄文の列島文化」(山川出版)は、

考古学の発掘現場からの日本人論だ。

そして

発掘現場から明らかになったことは、

この苛酷な日本列島は、

暖流と寒流が流れる四方の海を含めて、

驚くべき生物多様性に恵まれている。

従って、遙か何万年もの昔、

ユーラシアを何世代にわたって西から東に移動を続け

遂に、この「日本列島」に来た我ら日本人の先祖は、

苛酷な自然条件のなかでの「豊かな生物多様性」に感謝し、

天然自然の総ての山川草木に、

神々が棲む自然を崇拝して住みつづけ、

今日に至ったということだ。

即ち、私は、

国土交通省技監と考古学者から学びながら新刊書を書いた。


このお二人は、図らずも同時期に、

日本の国土を、全く違う目的で掘っていた。

昭和三十年代後半から始まる高度経済成長期は

列島改造を生み出し、

道路局長また技監は、

全国津々浦々の道路建設やトンネル工事や造成工事計画の指揮を執り、

考古学者は、

その工事によって掘り起こされる地層から

遺物を見つけ出してきた。

そして、昭和五十年頃から、開発前の緊急発掘調査で、

全国の縄文遺跡の実態がにわかに判明し始めた。

世界遺産となった青森県の三内丸山縄文遺跡は

平成六年に野球場建設工事によって見つかった。

また、

鹿児島県国分市の日本最古の縄文定住集落遺跡である

国分上野原縄文遺跡は、

昭和六十一年、国分上野原テクノパークという工業団地造成工事中に見つかったのだ。

そして、大石・岡本両氏は、

太古からの日本人の生活様式に関して

同じようなことを述べておられる。


大石氏は、新型コロナウイルス対応に関して

「ヨーロッパの集落には必ずそれを囲む城壁があり、

時に応じて都市封鎖ができるので・・・

ヨーロッパ人には、都市封鎖という経験が

歴史の長い時間を通じて身にしみ込んでいる。

それは中国でも朝鮮半島でも変わらない。

その経験が無いのは、

世界の文明国のなかで『日本人だけ』なのである。」

と言われている。

従って、この度の新型コロナウイルス流行に対して

日本以外の地域では「都市封鎖」で対応したが、

日本は「都市封鎖」をしていない。


また岡本氏も、次のように言はれる。

「内陸部の普通の縄文時代集落跡が八万八〇〇〇か所ある」

そして

「集落全体を囲い・区画する施設をもたなかったのが、

世界的に見ても縄文集落の特徴です。

自然と調和的に暮らし、

他集落とも連携して平和に暮らしていた

日本的定住生活だったと言えます。」(縄文人からの伝言)

また、

「学問的な時代区分である縄文時代が終わっても、

縄文的生活文化は、

地域や都市と村、海や山などでの違いがあって、

変質の程度もさまざまであるが、

昭和三十年代からの高度経済成長、

列島改造などまでは

色濃く保たれていたことを強調したい」(縄文の列島文化)


以上の通り、

日本列島において定住が始まった縄文期から

一万七〇〇〇年を閲した現在まで、

日本における定住集落には、

集落を取り囲んで護る防御壁が無い。

そして、

縄文的生活文化は、

最近の列島改造まで色濃く保たれていたのだ。

従って、私の結論は、

一万五〇〇〇年にわたる縄文期に「日本」が誕生した。

それは、

日本列島に日本という部族が生まれ、

部族の長である天皇が生まれたということだ。


集落に防御壁が無いということは出入り自由ということだ。

従って、生物多様性に富む海山川にそれぞれ集落があれば、

日常、「海のもの」、「山のもの」、「川のもの」の

食料の交換が始まり、

他集落の存在はお互いの食を豊にする必要不可欠のこととなる。

そして、必ず、違う集落の若い男と女が出会い交わる。

また、日本列島では苛酷な自然災害が数年おきに起こる。

その度に、集落同士が被害克服のために助け合う。

これが一千年続けば、どうなる。

海山川の集落全体が一つの家族になるではないか。

そして、五千年続けば、一万年続けば、どうなる。

日本列島全体に一つの家族が住んでいることになる。

その一つの家族の長が天皇なのだ。


そこで、

大國主の國譲りの神話が、

天皇の本質を明らかにしている。

天照大御神は、

大國主に使いを出して

貴方の領有支配している(うしはく)國を

我が孫の「しらす國」にしておくれ

と問いかける。

「しらす」とは古代大和ことばで、

「自他が一つに溶け合って一体になること」だ。

すると、大國主が天照大御神の願いを受け入れる。

そして、日本が生まれる。

それは「天皇のしらす國」、

即ち、「天皇と国民が一つの家族の國」だ。

美智子皇太后陛下は、

この大國主の國譲りの尊さを次のように詠まれた。


  國譲り 祀られましし 大神の

      奇しき御業を 偲びて止まず


西村眞悟FBより


日本日本日本





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