日本創業の理念「八紘一宇」 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

現生人類(ホモサピエンス)のある一団は、
六万年ほど前にアフリカから出て東に向かった。
カスピ海西岸のコブスタンの岩山に
二万年ほど前に刻まれた岩石画に
二十名ほどの人が乗った芦で造った船の尖端に
「旭日」が描かれている。
即ち、この船は、
日の出とともに、カスピ海を東に向かって出発したのだ。
我ら日本人の遙かな先祖は、
このように東に向かい
ウラル・アルタイを経てバイカル湖付近から
東南東に進んで日本列島に入った。
そして、日本人となる。
先月(九月)、京丹後市の上野遺跡で、
3万6000年前の旧石器百五十二点が発掘された。
国内最古級。
またバイカル湖付近の他の一団は、
東北東に進んでベーリング海峡を渡りアメリカ大陸に入った。
そして、インディアン、ネイティブ・アメリカンになる。
即ち、
我ら日本人とインディアンは、
ユーラシアの何処かで、共通の先祖をもっている。
従って、同じ先祖の血に根ざす精神を持っている。

「動物記」のアーネスト・シートンは、
一九〇五年、ロサンジェルスで、
三十歳か百三十歳か分からないインド系の不思議な女から、
「貴方には、インディアンの魂を伝える使命がある」
と告げられた。
そして、インディアンの取材を始め、
その言葉を集め、
「レッドマンのこころ」という本にまとめた。
この本から三例、次にご紹介する。
彼らが我らと、
共通の先祖をもっている人々であることが分かるはずだ。

まず、インディアンの伝える、
天地創造の物語は、
我が国の古事記の国生みの物語と同じだ。

次は、ポニー族の酋長の未亡人の息子に対する次の教え。
「お前が大人になったら、
何よりも勇気こそが男の男たるゆえんであることを忘れぬように。
いったん戦に向かう道に足を踏み入れたら、
いかなる用事があっても、途中で引き返してはなりまぜん。

貧しい者への思いやりを忘れぬように。
私たちも貧しくて、人々の思いやりをいただいてきたのだから。

お前が大人になって戦に出た時、
たとえ死の報に接しても、母さんは泣かないでしょう。
それが男の道、
勇気をもって戦うことが益荒男の本懐だからです。
戦場でも友を思い、決して見捨ててはなりません。
友が敵に囲まれたことを知っても、逃げてはなりません。
その友を救いに行きなさい。
万一救えなかった時は、
その友と枕を並べて討ち死にするのです。」

一九一五年、シートンは、ワシントンで
バッファロー・ビル(本名ウイリアム・コディ)と会食した。
彼は、シートンに言った。
「私は何度も遠征隊を率いてインディアンと闘ったが、
そのたびに我が身を恥じ、
わが政府を恥じ。
わが軍の旗に恥ずかしい思いをしたものです。
正しいのはいつも彼らインディアンで、
間違っていたのはいつもわれわれアメリカ軍だったからです。
彼らが
協約を破ったことは一度もありません。
われわれが
協約をきちんと履行したことも一度もなかったのです。」

彼らインディアンは、
十九世紀に白人にほとんど滅ぼされた。
しかし、
我ら日本人は、
二十世紀に白人と戦ったが、
先祖の血を失ってはいない。
従って、我ら日本は、
遙か昔、ユーラシアで別れ、
十九世紀に滅ぼされた仲間の為にも、
二十一世紀の人類の理念、
「地球は一つ、人類は一つの家族」
即ち、
我が日本創業の理念である
「八紘一宇」
を国家の志として掲げなければならない。



西村眞悟FBより