日米合同訓練で浮き彫りに。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38130
本コラムでも何度か紹介してきた「ドーンブリッツ(夜明けの電撃戦)2013」が、6月28日に終了した。ドーンブリッツはアメリカ海軍・海兵隊が主催し、自衛隊・カナダ軍・ニュージーランド軍も参加してカリフォルニア州サンディエゴ周辺で実施された水陸両用作戦合同訓練である。

海上自衛隊部隊と陸上自衛隊部隊(それに5名の航空自衛隊将校)が参加した初の水陸両用作戦訓練を終えて、海兵隊側は「現代の水陸両用作戦がどのようなものなのか、もちろん全てではないが、それらの実態を直接経験し、また直接観察したことにより関心が高まり、理解も深まったのではなかろうか。これこそ、ドーンブリッツに自衛隊が参加したことの最大の意義である」と考えている。
これまでも陸上自衛隊部隊がアメリカ海兵隊と共同で水陸両用作戦の(ごく限定された)訓練を実施したり、海上自衛隊艦艇がアメリカ海軍水陸両用戦隊と共同で訓練を実施した経験はある。しかし、海上自衛隊と陸上自衛隊それにアメリカ海兵隊とアメリカ海軍が本格的な水陸両用作戦の訓練を実施したのは今回が初めてであり、まさにそのような稀な機会に参加し見聞を広めただけでも、自衛隊にとっては極めて大きな収穫があったと考えるのが当然と言えよう。
海自・陸自・空自の緊密なコミュニケーション体制を
もちろん海兵隊側も手放しで「良かった、良かった」と言っているだけではない。実戦はもとよりどんなに小さな訓練からでも教訓を引き出し学び取ることこそ軍隊の務めである。そうであるならば、ドーンブリッツのようにアメリカ海軍・海兵隊にとっても貴重な訓練からは数多くの問題点を教訓化する作業がなされる必要がある。

水陸両用作戦の“基本の基本”は「海上戦力」「陸上戦力」「航空戦力」の統合運用である。
アメリカ海兵隊の場合は陸上戦力と航空戦力は「MAGTF(マグタフ)」(海兵空陸任務部隊)という構造で海兵隊自身が保持しており一体化されている(このため、日本でよく言われているオスプレイの訓練を地上部隊と切り離して実施することにはあまり価値がないのである)。
また海軍にも、水陸両用作戦に特化した水陸両用戦隊や水陸両用作戦のロジスティックスと常に連携している事前集積部隊といったエキスパート部門が組織化されている。そして、それらの水陸両用作戦担当組織が従うべき統合運用の指針は確立されている。
一方、自衛隊は水陸両用作戦という部門に関して全くの初心者であり、海・空・陸の軍事力を併用する現代の水陸両用作戦に対応した組織をそれぞれが構築し、それらの水陸両用部局を統合運用する組織も構築していかねばならない段階にある。したがって、ドーンブリッツの経験からも、海上自衛隊と陸上自衛隊の間のコミュニケーションがスムーズにいくような努力が必要であることはアメリカ海軍・海兵隊側も指摘している。

さらに、例えば自民党の提言のように日本にアメリカ海兵隊的な能力を導入する場合には、MAGTFに準じた組織構造の移入が必須である。そのため、“空”の要素に航空自衛隊(戦闘攻撃機、空中給油機、電子戦機)が組み込まれる必要がある。今回の訓練では、アメリカ海兵隊のMAGTFにおける“空”の要素として陸上自衛隊の手持ちの攻撃ヘリコプターや輸送ヘリコプターが参加している。
したがって、日本独自の水陸両用作戦能力構築の第一歩は、海自・陸自・空自の間の緊密でスムーズなコミュニケーションの確立ということになる。
ドーンブリッツの本質が見えなかった日本のマスコミ
海兵隊側は今回の訓練は日本のメディアにとっても意義のあるものであった(に違いない)と考えている。その見解は次のようなものである。

「たくさんの日本メディアが取材に来て直接水陸両用作戦の現場に身をおいて観察することにより、訓練に参加した自衛隊だけではなくメディアにとっても現代の水陸両用作戦がいかなるものなのかに関するアイデアの一端が明らかになったのではないかと思う。なにしろ海兵隊将校も、初めて揚陸艦に乗って水陸両用訓練を自ら体験する前と後では水陸両用作戦に対する理解が大きく変化するものなのです」
実際、自衛隊はともかく日本のメディアや政治家の言動などから察するに、日本社会ではいまだに「水陸両用作戦」というと、硫黄島上陸戦、それにノルマンディー上陸戦のように敵が待ち受ける海岸線に敵の集中砲火をかいくぐりながら決死の覚悟で上陸する強襲上陸戦と混同されている傾向が強い(強襲上陸戦は水陸両用作戦の一部門であり、現時点においては実施される可能性が最も低い作戦形態である)。
このようなイメージが強いと、水陸両用作戦能力は日本の防衛に必要不可欠であるだけでなく人道支援・災害救援活動に極めて有用である、と説明したところでなかなか理解されにくい。
ところが、今回の合同訓練で現代の水陸両用作戦というものの一端を日本のメディアに直接見てもらったことにより「既成の(すなわち時代遅れの)水陸両用作戦に対するイメージがほんの少しでも“近代化”されてくれたに違いない」と海兵隊側は期待しているのである。

残念ながら、このような期待は現場で取材した記者たち自身はともかく、日本での報道を見る限り期待外れに終わっているようである。サンディエゴにおける水陸両用作戦の訓練に自衛隊が参加したということは、アメリカ海兵隊にとっては「歴史的」であったかもしれないが、日本のマスコミにとってはそれほどニュースバリューのある出来事ではなかったようである。実際に、海兵隊側が期待するほど水陸両用作戦に対する洞察に富んだ報道がなされた形跡はない。
各メディアともに若干“視聴率が望めそう”な「オスプレイ」ならびに「尖閣奪還」という語とドーンブリッツを結びつけて報道した結果、あたかもオスプレイがなければ水陸両用作戦能力を手にすることができないような印象を与え、自衛隊が水陸両用作戦能力を手にすることにより尖閣諸島を中国から守れるような印象をまき散らしてしまったようである。
水陸両用作戦能力は日本の防衛に必要不可欠であるだけではなく、大規模自然災害にも有用であり、国内での救援活動だけでなく海外での人道支援・災害救援活動でも大活躍するため、国際協力といった側面からの日本の安全保障に対する強力なツールとなり得る。日本のメディアがそうした水陸両用作戦能力の本質を理解し、幅広く国民に対して伝えることを期待する方が無理なのかもしれない。なんと言っても水陸両用作戦は海と空と陸の様々な軍事力を併用する極めて間口の広い軍事行動なのである。
今こそ問われる陸上自衛隊の防衛哲学
さて、メディアはともかく日本国防当局は、アメリカ軍としても稀な機会である本格的水陸両用作戦訓練に1000名程度の人員と軍艦3隻にヘリコプター数機を参加させた以上、訓練から引き出した教訓をもとにして、水陸両用作戦能力構築へ本格的に踏み出すのか、または断念するのか、明確な方針を打ち出さねばならない。

その際、決め手となるのはなんといっても国防費がどの程度増額されるのかであることは言うまでもない。現状レベルでは、海・陸・空ともに「金がかかるビジネス」である水陸両用作戦能力構築は、不可能である。
そしてもう1つ、日本独自の水陸両用作戦能力を手にするカギを握るのは、陸上自衛隊の防衛哲学のビジョンである。いつまでも、第2次世界大戦終末期に打ち立てられた本土決戦的思考回路から完全に解き放たれないでいる限り、とても水陸両用作戦能力を日本の防衛のために身につける組織革新に取り組むことは無理な相談と言わざるを得ない。