【経済が告げる】編集委員・田村秀男
政府が自由であるべき民間の商業活動を取り締まるための法律や制度を追加し、お役人が権限拡大を謳歌(おうか)する。中国や北朝鮮じゃあるまい。日本でそんな無茶(むちゃ)な論理がまかり通るのには驚いた。
他でもない。2014年4月と15年10月予定の消費増税時に、商品やサービスの増税分の価格転嫁を促す特別措置法案のことで、政府がこのほど閣議決定した。
大手スーパーなどによる「消費税還元セール」を禁止するとか、仕入れ側による納入業者への増税分転嫁拒否行為を各省庁が取り締まる、という具合である。「お上」が商取引にいちいち口をはさまなければならないほど、消費増税の「円滑な価格転嫁」は難しいという判断からなのだろうが、そもそもデフレ下で消費需要が低迷する中での消費増税そのものに無理がある。
「アベノミクス」のおかげで円安と株高が進み、景気も好転するから、予定通り消費増税に踏み切っても消費はさほど落ち込まないはず、との楽観論も聞こえる。確かに経済学の教科書流に言えば、自国通貨安で輸出企業の国際競争力が高まる。株価が上昇すれば、企業は増資や新規上場により、安いコストで資金を調達し、その資金で設備投資に踏み切る。また、株高は個人投資家の気分を高揚させ、個人消費を刺激するはずだが、あくまでも一般論だ。
米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は2008年9月の「リーマン・ショック」後、ドルを大量に刷る量的緩和政策を通じて、ドル安と株価引き上げに腐心してきた。米国では、株価が上がればただちに個人消費や民間設備投資が好転する効果が見込めるからだ。
が、日本にその法則が当てはまるわけではない。日本では家計の金融資産のうち、株式と投資信託の合計が11%、非金融系企業の債務のうち株式・出資金は37%にとどまるが、米国ではそれぞれ45%、54%を占める。従って、米国には株価の上昇が企業の資金調達を容易にし、家計の富を増進しやすい金融構造がある。
日本でも最近では、株高を受けてデパートでは高額商品が売れ出したと聞くが、全体の消費需要を押し上げるだろうか。第1次安倍晋三内閣時代、円安を受けて07年6月に日経平均株価が1万8千円台まで上昇した時期もあったが、個人消費は伸び悩んだ。民間設備投資は一時的に回復したが、円高基調に反転するとともに失速した。
「大胆な金融緩和」を唱える黒田東彦(はるひこ)総裁・岩田規久男副総裁が就任した日銀は、米国型「量的緩和」政策に踏み切るだろう。しかし、前述したように、お札を刷って実体経済をよくする効き目は米国ほどではない。金利を押し下げる余地はまだ残されているが、実質金利がマイナスの米国よりも低くすることは難しい。実質金利が比較的高い円の金融資産は、欧州の債務不安など外部要因次第で買われやすく、一本調子の円安が続くはずがない。
やはり金融緩和とマーケットに依存するだけでは、早期に脱デフレできるかどうか心もとない。なおさらのこと、継続的な需要拡大のためには、財政政策の重みが増す。安倍首相は今秋に増税実施の可否を最終判断する。このまま野田佳彦前内閣が敷いた増税路線にのめり込むと、官僚をのさばらせ、わずかに見える脱デフレの道をみずから破壊する恐れがあるのではないか。
(編集委員)