夕刻の備忘録 様のブログより。
靖國と「秘すれば花」
「靖國参拝問題」で自称「保守派」から、政治家に向けて繰り返し発せられる言葉は、「国家を護るために命を捨てた英霊に対し、国民の代表として敬意を表し参拝するのは当然の義務である」というものである。
そこでこちらも繰り返しになるが、靖國参拝問題は政治問題ではなく、国民の心の問題であり、これに「国民の代表」などという代理人は無用である、と強く主張したい。敬意を表し参拝するのが当たり前なのは、我々国民であって、政治家はその後ろに続く存在にすぎない。国民主権を声高に言うなら、これは国民がまさに先頭に立つべき大問題であり、政治家は主役ではないのである。
さて、それでは英霊は何故に英霊と呼ばれるのか。
国家に殉じた人々は、何故に崇高であったのか。
人それぞれに、様々な見方、様々な意見があるだろうが、ここでは余り指摘されていないことを論じておく。それは彼等が、そのほとんどが「無言」のまま逝かれたことである。無言に徹し死地に赴かれたことである。まさに「秘すれば花なり」である。
戦前も、遙かそれ以前も、我が国は充分に「民主主義国家」であり、国民の全てを思想弾圧したわけでもなく、またそれが出来る気質の国家でもなかった。検閲や弾圧が全く無かったと言いたいのではない。それがあってもなお、我が国は他国とは異なる、独特の「自由の風が吹いていた」ということである。
一部の人達が騒ぐように、我が国には古来より民主主義の気風すらなく、女性は虐げられて奴隷として扱われ、その人権たるや皆無であったとするならば、「千年前の女流作家の存在」を如何に説明するのか。聖徳太子は暴君か、「民の竈」は偽りの話か。
この件に関して、これ以上に深く細かく話を展開するつもりはない。ここでは一例のみを加えておく。後知恵をもって「暗黒の時代」と断罪されている昭和初期でも、エリート校の学生同士が、親しみを込めて「天ちゃん」と呼んでいたことを、ことさらに咎める者はいなかったのである。「憲兵が来て、特高が来て」云々という戦時ドラマの定番描写よりも、直接当事者から聞いたこの一つの「事実」を信じる。ある地域の、ある個人の特別な例だとは思わない。こうした前提の上に立って、話を進める。
★ ★ ★ ★ ★
多くの青年達が、表向きには何一つ語らず、当然、不平不満も恨み言の一つも残さずに、「後を頼む」とだけ近親者に伝えて、戦場へと向かった。戦いの結果の如何ではない、その姿にこそ、誠に英霊と呼ばれるに相応しい、国家に命を捧げた青年達の真実が込められていたのではないか。
普段は辛辣な批評をし、それなりの不満も愚痴もあり、夜を徹して語り明かすことも決して稀ではなかったエリート学生達が、「時が来た!」ということを一旦理解するや否や、それまでの雄弁を見事に捨てた。
何かを美化し、何かを誤魔化そうとして論じているのではない。むしろ、凄まじい葛藤があったであろう、泣きたい、叫びたい気持ちが込み上げて、ふと我を忘れる瞬間があったであろうと信じるが故に、「事実」として無言を貫かれた人達の心のうねりが、時代を超えて我々の心にまで届くのである。そのことを考えたいのである。
様々な思いがあったであろう。しかし、その一々に賛成だ反対だ、と騒ぐことなく、国家の決めたことに従う、として一身を投げ出されたことが、今の日本を支えている。丸裸同然でも、未だに真正面から侵略者が押し寄せて来ないのは、理非を問わず、何も語らず、祖国に未来あることを信じて、無言で死地に赴かれた英霊達の凄みが、今なお日本の安全を護っているからだ。
侵略者どもは、英霊の魂が恐ろしくて仕方ないのだ。何時かその魂が今の青年達の中に甦って、再び日本が立ち上がってくることが、恐くて恐くて仕方がないのだ。だからこそ、一神社の参拝云々などということに執拗に絡んでくるのだ。
ここには、現代の批評病の影は全く無い。色々と考えて、政府の対応を批判して、是々非々に論じて、あれはダメ、これはOKと区別して、それから漸く腰を上げたのではない。そんなことをしていては、政権が弱くなる。国家が弱体化する。内部分裂を毛ほどでも匂わせれば、他国はより露骨に入り込んでくる。それが分かっているから、全てを飲み込んで行動されたのである。
今、我が国は危機にある。この危機に際して、政府の大方針に賛成だ反対だと騒いでいる暇は無い。無能政府は既に倒した。これも繰り返し論じてきたことであるが、批判がしたいなら小声ですればいい。間違っても「国論を二分する」などと形容されるような手法を採るべきではない。それはそのまま日本の危機をより深刻化させるからである。
また平和な時が来れば、思う存分に議論を戦わせればいいだろう。今は国民の団結心を見せる時である。その団結心の強さ、深さを相手に見せることが出来れば、戦争は回避出来る。もし、安物の議論に溺れて、国内が分裂していると思われれば、敵はその瞬間に攻め込んで来るだろう。この辺りの機微を、どれだけの国民が理解することが出来るか。それが全てを決することになるだろう。
「秘すれば花」は芸術論ではない。
我々日本人の生き方の指針である。
無言が雄弁に遙かに勝ることを教えた先人の遺訓である。
その生き方に徹することが出来れば、日本は護られる。
それを侮れば、直ちに日本は消え失せる。そして、そこには「無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残る」のであろう。
そこでこちらも繰り返しになるが、靖國参拝問題は政治問題ではなく、国民の心の問題であり、これに「国民の代表」などという代理人は無用である、と強く主張したい。敬意を表し参拝するのが当たり前なのは、我々国民であって、政治家はその後ろに続く存在にすぎない。国民主権を声高に言うなら、これは国民がまさに先頭に立つべき大問題であり、政治家は主役ではないのである。
さて、それでは英霊は何故に英霊と呼ばれるのか。
国家に殉じた人々は、何故に崇高であったのか。
人それぞれに、様々な見方、様々な意見があるだろうが、ここでは余り指摘されていないことを論じておく。それは彼等が、そのほとんどが「無言」のまま逝かれたことである。無言に徹し死地に赴かれたことである。まさに「秘すれば花なり」である。
戦前も、遙かそれ以前も、我が国は充分に「民主主義国家」であり、国民の全てを思想弾圧したわけでもなく、またそれが出来る気質の国家でもなかった。検閲や弾圧が全く無かったと言いたいのではない。それがあってもなお、我が国は他国とは異なる、独特の「自由の風が吹いていた」ということである。
一部の人達が騒ぐように、我が国には古来より民主主義の気風すらなく、女性は虐げられて奴隷として扱われ、その人権たるや皆無であったとするならば、「千年前の女流作家の存在」を如何に説明するのか。聖徳太子は暴君か、「民の竈」は偽りの話か。
この件に関して、これ以上に深く細かく話を展開するつもりはない。ここでは一例のみを加えておく。後知恵をもって「暗黒の時代」と断罪されている昭和初期でも、エリート校の学生同士が、親しみを込めて「天ちゃん」と呼んでいたことを、ことさらに咎める者はいなかったのである。「憲兵が来て、特高が来て」云々という戦時ドラマの定番描写よりも、直接当事者から聞いたこの一つの「事実」を信じる。ある地域の、ある個人の特別な例だとは思わない。こうした前提の上に立って、話を進める。
★ ★ ★ ★ ★
多くの青年達が、表向きには何一つ語らず、当然、不平不満も恨み言の一つも残さずに、「後を頼む」とだけ近親者に伝えて、戦場へと向かった。戦いの結果の如何ではない、その姿にこそ、誠に英霊と呼ばれるに相応しい、国家に命を捧げた青年達の真実が込められていたのではないか。
普段は辛辣な批評をし、それなりの不満も愚痴もあり、夜を徹して語り明かすことも決して稀ではなかったエリート学生達が、「時が来た!」ということを一旦理解するや否や、それまでの雄弁を見事に捨てた。
何かを美化し、何かを誤魔化そうとして論じているのではない。むしろ、凄まじい葛藤があったであろう、泣きたい、叫びたい気持ちが込み上げて、ふと我を忘れる瞬間があったであろうと信じるが故に、「事実」として無言を貫かれた人達の心のうねりが、時代を超えて我々の心にまで届くのである。そのことを考えたいのである。
様々な思いがあったであろう。しかし、その一々に賛成だ反対だ、と騒ぐことなく、国家の決めたことに従う、として一身を投げ出されたことが、今の日本を支えている。丸裸同然でも、未だに真正面から侵略者が押し寄せて来ないのは、理非を問わず、何も語らず、祖国に未来あることを信じて、無言で死地に赴かれた英霊達の凄みが、今なお日本の安全を護っているからだ。
侵略者どもは、英霊の魂が恐ろしくて仕方ないのだ。何時かその魂が今の青年達の中に甦って、再び日本が立ち上がってくることが、恐くて恐くて仕方がないのだ。だからこそ、一神社の参拝云々などということに執拗に絡んでくるのだ。
ここには、現代の批評病の影は全く無い。色々と考えて、政府の対応を批判して、是々非々に論じて、あれはダメ、これはOKと区別して、それから漸く腰を上げたのではない。そんなことをしていては、政権が弱くなる。国家が弱体化する。内部分裂を毛ほどでも匂わせれば、他国はより露骨に入り込んでくる。それが分かっているから、全てを飲み込んで行動されたのである。
今、我が国は危機にある。この危機に際して、政府の大方針に賛成だ反対だと騒いでいる暇は無い。無能政府は既に倒した。これも繰り返し論じてきたことであるが、批判がしたいなら小声ですればいい。間違っても「国論を二分する」などと形容されるような手法を採るべきではない。それはそのまま日本の危機をより深刻化させるからである。
また平和な時が来れば、思う存分に議論を戦わせればいいだろう。今は国民の団結心を見せる時である。その団結心の強さ、深さを相手に見せることが出来れば、戦争は回避出来る。もし、安物の議論に溺れて、国内が分裂していると思われれば、敵はその瞬間に攻め込んで来るだろう。この辺りの機微を、どれだけの国民が理解することが出来るか。それが全てを決することになるだろう。
「秘すれば花」は芸術論ではない。
我々日本人の生き方の指針である。
無言が雄弁に遙かに勝ることを教えた先人の遺訓である。
その生き方に徹することが出来れば、日本は護られる。
それを侮れば、直ちに日本は消え失せる。そして、そこには「無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残る」のであろう。