2012.09.01(土)川嶋 諭:プロフィール
中国について極めて冷静な分析をしてくれている宮家邦彦さんがいつになく手厳しい。行間から「怒」の文字がにじみ出てくるようだ。「『日章旗』強奪事件が『極めて遺憾』な理由 」の記事で、北京の日本大使館の対応がまずいと言うのである。
日章旗強奪事件、「丹羽大使は日本国民に謝罪すべき」
「北京の日本大使館関係者には申し訳ないが、筆者は、この日本大使の『極めて遺憾』の中には日本国民に対する『ごめんなさい』の意味も含めるべきだと考えている」
丹羽宇一郎大使が乗っていた大使公用車から日章旗が奪われた事件で、大使が「遺憾の意」を表明したことに対して、中国に対して「けしからん」と抗議するだけでなく、日本国民に対しても謝りなさいと言う。
北京の日本大使館が強奪された国旗の返却要求をなぜしないのか。
大使公用車に付けられた日章旗は車の付属物ではなく日本国の象徴である。それが蹂躙されたのに何の痛痒も感じないようでは「国家を代表する資格などない」ときっぱり。
宮家さんによると、過去、中国で反日デモが盛り上がっていた時期には、大使の公用車は日の丸を外して走行していたことがあるという。万が一の事故を避けるためだ。
今回の事件では、もちろん不届きなのは犯人である。しかし、中国は世界第2位の経済大国になったとはいえ思慮分別のある「大人の国」ではない。
問題が自分たちの中にあっても他人のせいにして騒ぎ立てる子供の集団である。そうした集団を相手にする際、不慮の事故を避け日中間の政治問題化させないことも大使の仕事ではないか、と宮家さんは言うのである。
産経新聞の古森義久さんが「商社マンの丹羽宇一郎氏を中国大使にしてはいけなかった 」で問題提起しているように、丹羽大使の個性とは全く別に、商人に外交を任せるのは根本的な間違いだったのだろう。
商社マンに限らず経団連に加盟する企業のトップの発言を聞いていても、頭の中にあるのは目の前の商売だけというケースが多い。ますます難しくなる日中関係にとっては単なる雑音を超えて害を及ぼす危険性がある。
丹羽大使の後任が決まったが、外交のプロとして経済界の言うことに耳を貸さないという勇気を持つことも必要なのかもしれない。
8月31日の報道によれば、中国の公安によって逮捕された犯人は起訴されることなく軽い行政処分で済まされるという。もし、これが逆の立場だったら、中国政府は果たして納得するだろうか。まず口角泡を飛ばして日本を攻撃してくるだろう。
反日感情というモンスターを作り出した中国共産党
反日は子供たちの教育などを通じて中国政府が煽ってきたことである。長らく蓄積してきた高度経済成長の歪が成長鈍化とともに噴き出し、中国政府がコントロールできる範囲を超えた。宮家さんは書く。
「反日感情という管理不能のモンスターを作り出したのは中国共産党自身だ。この反日感情が反政府抗議に転化するのは時間の問題だろう。日頃虐げられている下層市民の恒常的不満がマグマのように地下に溜まり、それがいつか爆発的暴力として地表に噴出するからだ」
さて、中国は図体ばかり大きくなったものの中味は子供のままだから対応には十分気をつけなければならないという見方は、英エコノミスト誌もしている。「中国依存指数:ティーンエイジの苦悩 」である。
「古代文明の1つである中国は、経済的にはまだ思春期にある。急成長と激しい感情の起伏が見られる段階だ」
しかし、思春期の子供でありながらその図体の大きさから国際通貨基金(IMF)からは「システィミック(Systemic)5」として、世界の5大経済圏、つまり一人前の大人として扱われている。それがそもそも世界経済の問題の原因だとエコノミスト誌は見る。
駆け足で世界第2位の経済大国にのし上がった中国は、いまや世界の多くの国々と密接な経済関係を結ぶようになった。「中国が自国にとって最大、もしくは2番目に大きい貿易相手国である国は世界78カ国に上る」。
しかし、この密接な関係は依存関係でもある。思春期にある子供の中国は、民主化圧力を徹底して押さえ込み自国の輸出が有利になるように為替も平気で操作してきた。それが国内に膨大な不動産バブルを蓄積させている。
反日で民主化圧力をガス抜きしてきたこれまでの手法は限界を迎えつつあり、産業構造の転換は進まず余った資金を不動産へと回して成長優先できた中国経済に変調が生じるのは時間の問題だ。そしてその波及効果は計り知れない。
不健康に巨大な体に育ってしまったティーンエイジへの依存度を高め過ぎた78カ国を中心に世界経済は一気に不安定な時代を迎えることになる。
エコノミスト誌はIMFの計算を基に、中国経済が2%減のソフトランディングした場合と、2008年のリーマンショック時と同じ3.9%減したと仮定したハードランディング時の各国への影響を試算している。
中国がくしゃみ、韓国は風邪を引き、台湾は入院
それによると、中国経済がハードランディングした場合、韓国経済は今年春時点の予測である3.5%成長から1%強へと大きくダウン、台湾に至ってはゼロ成長へと転落する。「中国がハードランディングすれば、韓国はよろめき、台湾の経済成長は急停止する」。
一方で、中国経済の影響をあまり受けないのが資源国であるブラジルとオーストラリア。「(両国の)経済成長は、驚くほど堅調に推移するだろう。恐らくは、両国の通貨が下落し、衝撃がいくらか吸収されるからだ」。
中国とオーストラリアの関係については同じエコノミスト誌で別の記事がある。「オーストラリアの二重経済:中国依存の光と影 」である。
この記事によると、オーストラリアは不況知らずの成長を21年間続けてきて、今年も3.5%成長になる見通しだという。それが達成できたのも中国が鉄鉱石やウラン鉱石などの鉱物資源を買い漁ってくれたおかげだ。
「さらに中国は、オーストラリアの羊毛産業まで復活させた。中国は現在、オーストラリアの羊毛の3分の2超を購入している」
まさに中国様様という状況だが、そのオーストラリア経済も中国の不振などで成長に黄信号が灯り始めた。しかし、その最大の要因は、オーストラリアドルの通貨高だとエコノミスト誌は見る。
「コモディティー(商品)価格は下落しており、それゆえオーストラリアの交易条件(輸入品に対する輸出品の相対価値)が悪化している。にもかかわらず、今年6月以降、オーストラリアドルは米ドルに対して約10%上昇し、現在はおよそ1.05米ドルで取引されている(貿易加重ベースの実効為替レートでも上昇してきた)」
「オーストラリアドル建ての資産にカネをつぎ込む各国中央銀行などの外国人投資家が、その主たる原因だ。外国人は今、オーストラリア国債の8割近くを保有している。彼らはかつて「資源通貨」だったオーストラリアドルを避難通貨に変えたのだ」
中国経済の変調でオーストラリアドルが幾分安くなれば、オーストラリア経済にとっては好都合であり、中国ショックを緩和し、安定的な経済成長が見込めるとエコノミストは見ているわけである。
先のエコノミスト誌「中国依存指数:ティーンエイジの苦悩 」では、日本経済への影響は本文には出ていなかったものの図では示されていた。
中国がくしゃみ、ドイツは鼻水、日本は・・・
それによると、韓国や台湾とは全く異なり、オーストラリアやブラジルとまではいかないまでも悪影響の度合いはかなり軽微である。影響が少ないと見られているドイツ経済よりも被害は少ない。
2011年、日本と中国の間の貿易額は、輸出が1614億9421万ドル、輸入が1834億2201万ドルで総額3449億1622万ドルとなっている。これは日本が全世界と貿易している額の23.3%に当たり第1位。
ちなみに日米貿易は日中貿易の拡大とともに減少を続け、2011年には対世界で11.9%にまで落ち込んだ。1980年代には日米貿易の割合が30%近くあったことを考えると、いまや日本にとって中国は米国に代わり非常に大切な貿易のパートナーと言うことになる。
しかし、それほどの関係があっても中国経済がハードランディングした際の影響が軽微と見られているのは、日本のGDPに占める輸出の割合が減っていることと、日本企業が中国以外への対外投資を増やしてリスクを分散してきたことが考えられる。
実際、日本の貿易額に対する中国の比率はこのところ頭打ちから減少傾向にある。元陸将の樋口譲次さんが「戦争の一歩手前、政治の時代に陥った日中関係 」で指摘しているような「中国リスク」を日本の経済界はいち早く織り込んできたと言える。
昨年から東南アジアに何度も取材で足を運んでいるが、日本からの投資熱はいよいよ盛んである。自らの内政問題から反日感情を煽る中国や韓国より、日本に好意的なASEAN(東南アジア諸国連合)へという経済界の流れは当然と思われる。
大使の日章旗強奪事件や韓国大統領の竹島への不法上陸を契機に、日本は「中国リスク」と「韓国リスク」をもっと真剣に検討すべき段階に入ったと言えよう。その意味で「経済優先で弱腰外交」をする理由は全くない。
「私が総理ならやることは一つ、“あの国”を攻める 」の記事で横浜港運協会会長の藤木幸夫さんが言っているように、喧嘩を売られたらファイティングポーズだけは取るべきだという意見に賛同者は多いのではないか。
8月31日付の産経新聞で田村秀男編集委員が『「お人よし」通貨政策の転機 』というコラムを書いている。10月に期限が来る日韓通貨スワップ協定をこの際延長すべきでないという内容だ。
日韓では円とウォンをお互いに融通し合う通貨スワップ協定を2005年に締結している。当初は30億ドルを限度としたが、リーマンショックと欧州の危機よって最大で700億ドルにまで引き上げる時限措置が取られている。
日本にとって百害あって一利なしの「日韓通貨スワップ協定」
その時限措置の期限が2012年の10月に来る。産経新聞の田村編集委員は時限措置延長をやめるべき理由として次のように書いている。
「韓国は4年前のリーマン・ショック後、急落したウォンを放置してきた。ウォンは円に対して5割以上も安くなり、サムスンなど韓国企業大手は国際市場で日本のライバル企業を圧倒、苦境に追い込んでいる。おまけに為替相場に連動して韓国株は上がり、日本株が下落する」
「韓国は日本のおかげで安心して低金利、ウォン安政策を続けられる。何しろ韓国の対外短期債務総額は1360億ドルに上るが、その半額以上をスワップによって難なく日本から調達できる韓国にとってよいとこずくめ、日本にとってはマイナスどころか、自壊装置だ」
韓国では「限度額の拡大は日本の要請だった」とも報道されている。安住淳財務大臣は国会でそのことを聞かれ「要請は韓国側のものだった」と答弁しているが、もし韓国の言うように日本側の要請だとすれば、時限措置を白紙撤回しても何の問題もないはずである。
隣国との関係を壊してもナショナリズムを煽りたい為政者には、それなりの理由があるはずだ。そんな挑発に乗るのは愚かである。日本は「お人よし」でもなくナショナリズムを煽るのでもなく、「冷徹な隣人」へと変身していくべきである。
元陸上自衛隊の第12戦車大隊長であり工学博士でもある篠田芳明さんは「平和ボケした日本人に鞭を振るった韓国大統領 」で、今回の問題は日本人が戦後の歩みを振り返る絶好の好機だと言う。
そしてプロシアの例を出す。
「かつて、中欧の強国だったプロシャ(今のドイツ)がナポレオン戦争の時、見るも哀れな情けない国民になった時、フィフテ卿(1762~1814)が『ドイツ国民に告ぐ』という名演説で『ペスタロッテーの教育実践』を訴えて国民を鼓舞し、立派な強国に立ち直った歴史的事実がある」
尖閣や竹島問題は海外のメディアも高い関心を持って見守っている。英エコノミスト誌は「日中関係:不毛の島、不毛なナショナリズム 」で、次のように書いている。
「アジアの2大大国の難しい関係は痛みを伴いながらも前進してきたが、岩でできた不毛の島々を巡る領土の争いが、関係の進展を覆してしまう危険性が改めて明るみに出た」
尖閣問題は中国と香港の問題でもある
また、英フィナンシャル・タイムズ紙は「尖閣上陸の活動家『阿牛』の思い 」で、尖閣問題は日中間の問題だけでなく、中国と香港の問題であるとも指摘している。
そうなると、日本がどんなにお人よしになっても解決ができる問題ではなくなる。日本は問題がこじれないように法整備などを粛々と進める一方で、真に自立した強い日本を作るために全力を挙げるときである。