coffee様のブログ・正しい歴史認識・国益重視の外交、核武装の実現 より。
内村が金メダル!「夢かと思った」・28年ぶり体操個人総合で2位に1.659差をつけて圧勝!団体総合で銀の雪辱・田中和仁は6位・内村航平は世界選手権と五輪で4連覇!次は加藤沢男の「五輪で金8個」を追い越せ!
http://london.yahoo.co.jp/news/detail/20120802-00000502-sanspo
内村、雪辱の金メダル!「夢かと思った」
(サンケイスポーツ)2012/8/2 2:51
ロンドン五輪第6日(1日)体操個人総合決勝。団体総合で銀メダルに終わった内村航平が、個人総合で雪辱の金メダルを獲得した。北京で銀だった内村にとっては、悲願の個人制覇。日本の個人総合金メダルは、1984年ロサンゼルス五輪の具志堅幸司以来28年ぶりとなった。田中和仁は6位に終わった。
内村は団体決勝で着地が乱れたあん馬からの演技だったが、15.066と無難なスタートを切った。つり輪も15.333。2種目を終え内村は4位も、跳馬で見事な着地を決め16.266の高得点を叩き出し、3種目終了でトップに立った。
平行棒は着地も完璧には決まらなかったものの、15.325でトップをキープ。団体予選で落下した鉄棒は、F難度のコールマンを抜く安全策で、着地を完璧に決め15.600。2位の田中和に1.616の差をつけた。
最後は得意の床運動で、ややミスもあり15.100。全種目15点以上で、合計92.690。2位に1.659差をつける圧倒的な強さで金メダルを獲得した。
金メダルを首に下げた内村は「表彰台に上がったときは、ホント夢かと思いました。やっとここまできたなという思いと、いろんなものがこみ上げてきた。みなさんに感謝したい」と最高の笑顔をみせた。
山室光史に代わり出場した田中和仁は、つり輪15.200、跳馬15.533、平行棒15、500と安定した数字。鉄棒で15.575を叩きだし、内村と0.182差の2位まで迫った。
しかし床運動で尻もちをつく痛恨の演技で14.166。最後のあん馬で落下し、13.433。合計で89.407。大失速で6位に終わった。
http://london2012.nikkansports.com/gymnastics/news/f-sp-tp0-20120802-993624.html
内村が金メダル!田中和6位/体操詳細
<ロンドン五輪:体操>◇1日(日本時間2日)◇男子個人総合決勝
![]()
日本の内村航平(23=コナミ)が世界選手権3連覇王者らしい堂々の演技を続け、金メダルを獲得した。負傷欠場の山室光史に代わって出場した田中和仁(27=徳洲会)も予選22位から一時は2位となったが、最後のあん馬でのミスが響き6位に終わりメダル獲得はならなかった。内村の金メダルで、ミスが続き銀メダルにとどまった団体の雪辱を果たし、今後の種目別に勢いをつけた。
各種目での2人の得点は以下の通り。
◆内村航平
・第1種目 あん馬 15・066点 1種目を終え全体10位
・第2種目 つり輪 15・333点 2種目を終え全体2位
・第3種目 跳馬 16・266点 3種目を終え全体1位
・第4種目 平行棒 15・325点 4種目を終え全体1位
・第5種目 鉄棒 15・600点 5種目を終え全体1位
・第6種目 ゆか 15・100点
・合計 92・690点
◆田中和仁
・第1種目 つり輪 15・200点 1種目を終え全体8位タイ
・第2種目 跳馬 15・533点 2種目を終え全体4位
・第3種目 平行棒 15・500点 3種目を終え全体2位
・第4種目 鉄棒 15・575点 4種目を終え全体2位
・第5種目 ゆか 14・166点 5種目を終え全体2位
・第6種目 あん馬 13・433点
・合計 89・407点
[2012年8月2日3時6分]
![]()
http://london.yahoo.co.jp/live/text?id=878
【過去3年間の世界大会と五輪予選から見た目安】
91.000以上ならメダル確実、
92.000以上なら金確実、
92.500以上なら無敵
床 鞍馬 吊り輪 跳馬 平行棒 鉄棒 合計
団体 15.700 14.166 15.133 15.900 15.416 15.733 92.048
個人 15.100 15.066 15.333 16.266 15.325 15.600 92.690←金メダル
内村 15.566 15.400 15.166 16.233 15.566 15.700 93.631←キャリアハイ(2011年)
内村航平は、世界選手権と五輪の個人総合で4年連続の金メダル!
【個人総合】
2008年 北京五輪 銀メダル
2009年 世界選手権 金メダル
2010年 世界選手権 金メダル
2011年 世界選手権 金メダル(世界選手権3連覇は世界の体操の歴史上初の快挙)
2012年 ロンドン五輪 金メダル
勿論、世界選手権と五輪の個人総合で4年連続の金メダルを獲得したのは、内村が初の快挙だ!
ただ、世界選手権を除いて五輪だけに注目すると、過去に内村より凄い日本人が居た!
▼日本人の【五輪での体操男子個人総合】のメダル▼
小野喬 銀 1956メルボルン
小野喬 銀 1960ローマ
遠藤幸雄 金 1964東京
鶴見修治 銀 1964東京
加藤沢男 金 1968メキシコ
中山彰規 銅 1968メキシコ
加藤沢男 金 1972ミュンヘン
監物永三 銀 1972ミュンヘン
中山彰規 銅 1972ミュンヘン
加藤沢男 銀 1976モントリオール
塚原光男 銅 1976モントリオール
具志堅幸司 金 1984ロサンゼルス
内村航平 銀 2008北京
内村航平 金 2012ロンドン
>加藤沢男 金 1968メキシコ
>加藤沢男 金 1972ミュンヘン
>加藤沢男 銀 1976モントリオール
>内村航平 銀 2008北京
>内村航平 金 2012ロンドン
このように、五輪だけ見ると、加藤沢男が内村航平を上回っている。
加藤沢男の場合には、個人総合の他、団体総合や種目別でも五輪で金メダルを獲得しまくり、五輪で獲得した金メダルは全部で8個に上る!!
【加藤沢男】
体操選手。
メキシコ・ミュンヘン・モントリオールオリンピックの体操競技に出場し8個の金メダルを含む計12個のメダルを獲得した。
![]()
加藤沢男(当時21) 1968年メキシコ大会・男子体操個人総合金メダル
1968年メキシコ五輪21歳で出場でいきなり個人総合優勝(金3つ銅1つ)
1969~71年ケガとスランプでたいした成績上げられず世界選手権も不出場
1972年ミュンヘン五輪個人総合で優勝2連覇(金3つ銀2つ獲得)
1973年~75年ケガとスランプでたいした成績上げられず世界選手権は途中ケガで退場
1976年モントリオール五輪個人総合は2位に終わるが平行棒で金団体金とあわせ金2つと銀1
通称4年に1度の男
オリンピックで獲得した金メダルの数は8個に及び、これは日本選手としては最多の獲得数だ。
特に「個人総合」のオリンピック2連覇を達成した選手は、ソビエト連邦のビクトル・チュカリンと加藤沢男の2人のみだ。
1999年5月、国際スポーツ記者協会が選んだ「20世紀を代表する25選手」に、日本人ではただ1人選出された。
他には、ペレ(サッカー)やカール・ルイス(陸上)、ナディア・コマネチ(女子体操)などが選出されている。
▼加藤沢男のオリンピックでの成績▼
67年のユニーバーシアード東京大会ですい星のように登場した体操の新星は、翌年のメキシコ五輪で頂点に立った。ソ連の強豪ボロニンを破っての優勝は、3つの大会で8個の金メダルを含む12個のメダルを獲得する序章に過ぎなかった。
※写真はつり輪の演技をする加藤沢男(共同)
メキシコ大会(1968年)
団体総合 優勝
個人総合 優勝
個人種目別 床運動 優勝
個人種目別 つり輪 3位
ミュンヘン大会(1972年)
団体総合 優勝
個人総合 優勝
個人種目別 床運動 6位
個人種目別 あん馬 2位
個人種目別 つり輪 4位
個人種目別 跳馬 4位
個人種目別 平行棒 優勝
個人種目別 鉄棒 2位
モントリオール大会(1976年)
団体総合 優勝
個人総合 2位
個人種目別 床運動 5位
個人種目別 あん馬 5位
個人種目別 つり輪 6位
個人種目別 平行棒 優勝
▼内村航平のオリンピックでの成績▼
北京大会(2008年)
団体総合 2位
個人総合 2位
個人種目別床運動 5位
ロンドン大会(2012年)
団体総合 2位
個人総合 優勝
個人種目別 ゆか ??
内村航平には、是非とも加藤沢男が五輪で打ち立てた記録(メダル12個、うち金メダル8個)を破ってほしい!
「やった!金メダル!」