歯切れのよいリズム感。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【消えた偉人・物語】「笛の名人」





「笛の名人用光(もちみつ)は、ある年の夏、土佐の國から京都へのぼらうとして、船に乘つた」

 こういう文章で始まる3年生の折に習った「笛の名人」という文章の一節を、60年をへた今でも私はよく覚えている。

 声に出して読むと、歯切れのよいリズム感が心地よく懐かしい。

 ある港に泊まった夜、突然海賊に襲われて囲まれる。

 「用光は、逃げようにも逃げられず、戰はうにも武器がなかつた。とても助らぬと覺悟をきめた。ただ、自分は樂人であるから、一生の思ひ出に、心殘りなく笛を吹いてから死にたいと思つた」

 スリリングな場面が流れるような文体に乗って運ばれる。短い文の連続が緊迫感をはらんで迫る。

 用光は海賊に向かって、「かうなつては、おまへたちには、とてもかなはない。私も覺悟をした。私は樂人である。今ここで、命を取られるのだから、この世の別れに、一曲だけ吹かせてもらひたい。さうして、こんなこともあつたと、世の中に傳へてもらひたい」と頼む。海賊はこれを許す。

 「用光は、靜かに吹き始めた。曲の進むにつれて、用光は、自分の笛の音によつたやうに、ただ一心に吹いた。雲もない空には、月が美しくかがやいてゐた。笛の音は、高く低く、波を越えてひびいた。海賊どもは、じつと耳を傾けて聞いた。目には涙さへ浮かべてゐた」

 国民学校国語教科書『初等科国語三』の第九課だ。月光を浴びて浮かぶ船、澄んで響く笛の音、じっと耳を傾ける荒くれの海賊ども。美しい一幅の絵のようだ。

 「やがて曲は終わつた」とあって次のように続く。「『だめだ。あの笛を聞いたら、わるいことなんかできなくなつた。』海賊どもは、そのまま、船をこいで歸つて行つた」-で終わる。

 ここに引いた所だけでもぜひ子供と一緒に音読してみたい。平易な言葉なのでさしたる解説もいるまい。芸術は人の心を浄(きよ)めるのだ。


                       (植草学園大学教授 野口芳宏)



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                 「笛の名人」は小学国語読本巻七(昭和11年発行)にも収められている