「腐敗」によって「団結」する中国。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【正論】中国現代史研究家・鳥居民





中国人が語る警句をひとつ紹介しよう。中国共産党の最高幹部、中央政治局常務委員9人の中の江沢民前国家主席配下の数人と江氏との関係を評して、「腐敗をもって団結に換える」人たちと言ってきた。党最高指導部内にこのような掟(おきて)を守る人たちがいて、下部の党組織の中にもこの定めを守る人たちが当然ながらいる。

 ≪掟が破られて薄煕来事件に≫

 今から約3カ月前の2月6日夕刻、王立軍という重慶市の副市長が、成都市の米総領事館に逃げ込んだ。彼は、その少し前まで、重慶市のトップである市党委員会書記、薄煕来氏の右腕だった。薄氏と王氏は双方とも、「腐敗」にまみれているからこそ、「団結」しなければならなかった。

 薄氏失脚について、筆者は3月26日付本欄で、中央政治局常務委員にして中央規律検査委員会書記の賀国強氏が薄氏と王氏との仲を裂こうとしたのだと記述した。もう一度おさらいしよう。

 薄氏は、賀国強氏の部下が自分の身辺を嗅ぎ回っていると気づいて、1999年から2002年まで重慶市の党委員会書記だった賀氏の過去を洗い、「腐敗をもって団結に換える」ことをやろうとしたに違いない。だが、賀氏は清廉潔白で鳴らしてきた人物である。薄氏が賀氏と「団結」する手がかりを見いだせなかったことは、想像に難くない。賀氏の方はといえば、10年前の自身の重慶時代の何人もの知人から、適切な法手続きを踏むことなく、一族が逮捕されて全財産が没収されたりしたと泣訴されていたのであろう。

 さて、賀氏らが薄、王両氏を反目させることに成功して、王氏が米総領事館に駆け込み、続いて、薄氏が隠してきた悪業の数々が明らかになるかと思えた。

 ≪一時は雷鋒精神で幕引きも?≫

 ところが、それから2週間ほど後の2月23日、「雷鋒精神」を鼓吹する記事が党機関紙の人民日報に載った。雷鋒氏は、自己犠牲に徹し21歳で事故死した模範兵士である。大躍進運動の崩壊に続いて道徳律が瓦解(がかい)してしまったとき、毛沢東が始めさせたのが雷鋒を称(たた)えるキャンペーンだった。あれから半世紀がたっている。

 薄氏の「新紅都」重慶ではあるまいに、どうして「雷鋒精神」なのかといぶかる読者が多いと承知してのことであろう。人民日報は、毛沢東、江沢民、胡錦濤という歴代の指導者が雷鋒を褒めそやしたことを紙面に載せたそれぞれの年月日を列記してみせた。連日のキャンペーンがその後に続き、3月2日付の人民日報は、1面の半分を割いて、「雷鋒精神」を称える社説を掲げた。

 同じ日、王氏の米総領事館駆け込みは「孤立した事件」だとする記者会見での報道官発表があった。新聞やテレビを通じて奏でられた雷鋒賛歌は、薄氏が重慶でやってきた、毛沢東時代の昔を賛美する大衆運動を是認するものだった。何か小さなごたごたがあったようだが、薄氏の名誉と業績に何ひとつ傷はないことを表示しようとしたのである。「団結」が第一、「穏定」(安定)が全てとの主張が党中央の多数を制してのことだったのであろう。それで幕引きになるかにみえた。

 ≪意地で流れを覆した温首相≫

 ところが、である。報道官発表から十数日後の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)閉幕の翌日の3月14日、恒例の温家宝首相の記者会見が行われた。温氏は外国人記者の質問に答え、「文化大革命の誤りと封建的な影響は完全に除去されていない」と語った。「重慶」モデルを否定するのはもちろん、それを「中国モデル」とすることなど絶対に許さないとの温氏の率直な意思表示だった。温氏はさらに質問を促し、それに次のように答えた。「重慶市党委は深く反省し、王立軍事件の教訓を真剣に汲み取るべきだ」

 温会見より先、国家主席で党総書記の胡、全人代常務委員長(国会議長に相当)の呉邦国、温の3氏の核心小組の討議、政治局常務委員会が開かれて、薄氏の解任を決めていたのであろう。

 さらに、それから二十数日後の4月9日に刊行された党の理論誌、「求是」に、温首相の論文が掲載された。温氏は「中国共産党の最大のリスクは腐敗」だと力説し、「法の尊厳と権限を踏みにじってはいけない」「法を無視してよい特別な市民など存在しない」と説いた。そして「権力は太陽の下で行使せよ」と主張した。

 翌4月10日、中国の国営テレビは薄氏の党政治局員の職務が停止され、薄夫人が殺人容疑で取り調べを受けていると報じた。

 恐らく殺人の一件は闇に葬るべきだと説いた党最高幹部もいたはずだ。そうならなかったのは、温氏が胡氏の支持を得て、全てを押し切ったからであろう。

 誰もが知っている通り、温首相は、政治・経済改革を唱え続けてきたにもかかわらず、これまで何もできなかった。「腐敗をもって団結に換える」人々が存在するからだ。この秋の党大会までに温首相が打破しようと決意しているのが、この約定であろう。(とりい たみ)