【消えた偉人・物語】小学校で一貫して教える。
以前本欄で国定国語教科書に掲載された「松阪の一夜」を紹介したことがある。本居宣長(もとおりのりなが)と賀茂真淵(かものまぶち)の感動的な出会いを描いた文章である。
実は後日、これを戦前から今日にいたるまで、子供たちに教えてきた学校があることを知った。それが浜松市立県居(あがたい)小学校である。
県居とは賀茂真淵の別号という。真淵の生誕地が校区内にあり、それにあやかり校名にした学校である。戦前に真淵の伝記教材『県居読本』が編纂(へんさん)され、戦後改訂版が出されて今日も「松阪の一夜」が道徳の時間に教えられているのである。
県居小は真淵の教え、生き方を「県居の心」と呼び、道徳教育の基本理念にすえている。もう20年以上も真淵の和歌の朗唱が毎朝続けられ、10年以上和歌づくりも行われてきている。短歌コンクールでは、何人もの児童が入賞者として名前を連ねるのだそうだ。
また、県居小は「長縄8の字跳び」という団体競技で、全国的に知られている学校でもある。NHK主催の大会で2年連続優勝を果たした。競技前、子供たちは円陣を組み真淵の歌を朗唱して精神統一をはかったという。優勝を支えたのは「県居の心」でもあったのだ。
地域の人たちも真淵に対する敬仰心が厚い。毎年真淵の命日の前後の日曜日に「真淵祭」を開催し、学校の先生・児童たちとともに真淵の御霊(みたま)を祭っている。
それから、最近浜松の一般市民によって、マンガ冊子『賀茂真淵先生』(賀茂真淵先生編集委員会)が編纂され完成した。教育関係者以外の人たちも、真淵を分かりやすく子供たちに伝えようと、本業の傍ら道徳教育教材作りに尽力されているのである。
このように地域の偉人の教え・生き方をいかし、それを基本理念にすえ地域と一体となって道徳教育を推進している県居小はその実績が認められ、今年、財団法人・総合初等教育研究所主催の「道徳と特別活動の教育研究賞」で文部科学大臣奨励賞・最優秀賞に輝いた。同校の教育実践は、今後の道徳教育のあり方、方向性に大きな示唆を与えてくれるだろう。
(皇學館大学准教授 渡邊毅)
「松阪の一夜」の挿絵 (尋常科用小学国語読本11巻)