【主張】プーチン氏復帰
ロシア最高実力者プーチン首相の大統領への返り咲きが決まった。2000年から12年に及ぶプーチン支配体制がさらに6年続くことになる。
プーチン氏は「われわれは正々堂々と戦って勝った」と大統領選勝利を宣言した。だが、氏の高得票率は有権者がソ連崩壊後の大混乱よりも安定を選んだというだけでなく、改革派野党を締め出し、政府機関を挙げてキャンペーンした所産でもある。公正だったとは言い難い。
体制の長期化で民主主義が後退することを案じざるを得ない。
そのプーチン氏が選挙直前、一部の外国報道陣と会見し、北方領土問題を「最終的に解決したい」と述べ、日本に経済協力期待の秋波を送って注目された。
氏は柔道家らしく日本語の「引き分け」という語を使い、平和条約締結後に歯舞群島、色丹の2島を引き渡すとうたった1956年の日ソ共同宣言を持ち出して、北方四島全島の返還を求める日本側に譲歩を迫る姿勢までみせた。
しかし、北方四島は、第二次大戦終戦間際に、日ソ中立条約を一方的に破棄して対日参戦したソ連軍が終戦時のどさくさに紛れて略奪した日本固有の領土である。
その四島を継承国ロシアは今も不法に占拠し続けている。国後、択捉の両島を除いた2島返還では解決されない問題である。
しかも、ソ連崩壊後のロシア初の指導者、エリツィン大統領(故人)は93年の東京宣言で、四島の帰属問題を「法と正義」にのっとって解決することで合意した。にもかかわらず、今回の会見ではこの点に一言も触れていない。
プーチン氏自身も、前回の大統領当時の2001年に、シベリアのイルクーツクで森喜朗首相(当時)と行った会談で、北方四島の問題解決に合意している。
外交とは、当事国の合意を積み上げて履行していくものであり、自国に都合のいい部分のみを押し通せばいいというものではない。積み重ねてきた合意を反故(ほご)にして日ソ共同宣言だけを持ち出すような姿勢では、両国の信頼関係を築くことは到底できないだろう。
日本の一部には、「2島返還」への誤った期待がある。しかし、信頼関係がないまま経済協力などに突き進むのは危うい。日本は幻惑されず、4島一括返還を求め続けるべきだ。領土問題に「引き分け」などあり得ない。