■国際セミナー「拉致被害者はなぜ生きていると言えるのか」レポート[3]
西岡力(救う会会長、東京基督教大学教授)
今の張哲賢さんの発表に対して、韓国の専門家で、張さんがどういう人なのかということを一番よくご存知の洪●(●=榮の木を火に)先生にコメントをしていただきます。
【コメント1】
洪●(ホン・ヒョン 桜美林大学客員教授)
拉致については西岡さんが後で発表しますので、対日政策の基本姿勢、工作に関する説明に対して3つの感想を申し上げます。
今、金正日体制をどう捉えるべきかの問題で貴重な証言を聞きました。張さんは多くの脱北者たち、いや北韓住民の殆どが知り得ない秘密をわれわれに教えてくれました。
私は、最初にソウルで張さんに会った時聞いた話を思い出します。張さんは北を脱出して韓国に来たら、自分が生きてきた北韓とは全く違うもう一つの北があることに驚いたと話しました。つまり、世の中には二つの北が存在するということです。
韓国の北韓や「北韓学」の専門家たち‐主に「北韓学」教授たちですが、彼らが作り上げた架空の北、つまり観念論の中の映画みたいな「にせものの北」が存在し、しかも自由世界の多数の人が脱北者たちが言う北より、架空の作り上げた偽の北の方を信じていることに愕然とし、憤りを感じたという話でした。
張さんだけでありません。多くの脱北者が共通して嘆くことは北から来た自分たちの話を信じてくれないということでした。
小泉総理の平壌訪問はもう9年以上も前のことですし、金正日の当時の目論見は失敗しましたが、今後金正日体制はもちろん、金正日のような野蛮な独裁者を対する時にどうすればいいのかという非常に有用な情報があったと思います。今の張さんの発表を聞いて、いわゆる専門家などは到底分からない、分析できない
平壌の秘密が分かります。特に、金正日体制の体質や行動基準、行動マニュアルなどを垣間見ることができた気がします。
私がまず注目したのは、金正日は「外交も工作である」と言ったということです。そして「対日政策」の立案や推進を外務省から統一戦線部取戻したという点です。これは平壌側が対米交渉では外務省が前面に出て、党や統戦部を出さないのに、日本や韓国に対しては出すということです。日本は、アメリカと違って、北で実権を持っている労働党とやるのがいいんじゃないかという選択をする傾向があります。戦略的観点から見ると、金正日が指定する北側の窓口はまさに工作機関です。彼らが指定する交渉の相手をそのまま呑んでいいのかということです。こういう根本的なことが気になります。
特に、看過できないのは、日本政府を圧迫する目的で、メディアを動員した対日宣伝扇動を強調したこと、統一戦線部が朝鮮総連と対南・対日心理戦基地を動員した対日心理戦を展開したというくだりが私には引っ掛かります。これは日本国内の裏切り勢力、北に内通する勢力が存在する、それが平壌の対日心理戦基地だということです。まず朝鮮総連、もちろん社会党、自民党の中にまで、ありとあらゆるところに心理戦基地が存在するのです。あきらかに優先順位では総連です。にも関わらず日本政府は、朝鮮高校に対して授業料無償化を進めている。話を聞きながらこれは一体なんなのだろうか、と思いました。
金正日とその家来たちは、明らかに失敗しました。日本の世論の反発を予想できなかった。そういう側面も確かにありますが、それは単純な間違いなのか。実は、東西冷戦時代から、金正日は「日本の世論」も総連や社会党から自民党左派まであらゆる親北勢力を動員して北側が望む方向に日本の世論を引張ることができたという自信や慢心から間違った判断になったではないか、とも思います。
そして、話を聞くと、金正日体制では基本的に党の中に内外の諸般の情勢を総合的に分析し、戦略や対策を真剣に練る組織とシステムがあったということですね。これを忘れてはならないと思う。一種のNSC(国家安全保障会議)みたいなものが金正日のまわりで機能していたということです。
それから彼らは必死だった。もし失敗すれば、外務省のように金正日の信用を失うだけでなく、それに関係した人は問責くらいでは終わらないんです。死ぬか生きるかでやっているわけですから。私はこの話を聞いて、サラリーマンと戦士の対決のような、つまり今テロとの戦争では自爆テロも辞さないような戦士集団に対し、こちらは頭で常識的に論理を構成する。これでいいのかと思うのですね。幸い間違った集団が、間違った価値やシステムで動いて、結果的に失敗したのが日本や韓国には幸いだったのではないかという気がします。
それから今一番問題なのは、私は6者協議では別の意見を持っていますが、北側は核武装を通じて戦略的目標を達成しようとしていますね。この核武装は自分の核武装だけでなく、アメリカと自由世界に敵対する国々へ核やミサイルを拡散させています。これは単純な、自分の生き残りを超えての戦略を駆使しているわけです。
このような相手に対し、日本は世界的な規模でのテロとの戦争への協力を表明しながら、現実を見ますと、「戦後処理」という「形式論理」的課題、目標を出して、地球上で最も危険な不良国家、文明社会を否定する代表的な失敗国家、「ならず者国家」を持続させている。そして、この「ならず者国家」と喜んで国交正常化の機会を窺う矛盾した態度を取っています。これは、私は矛盾だと思います。
先ほど、金正日は、日・朝首脳会談は前払いなしには二度とやるな言ったという証言がありましたが、今年も日本の総理が平壌訪問を密かに検討したという報道がありました。
今年、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンなどのアラブ社会の独裁体制が崩壊しました。アラブの春は、独裁体制との「対話」でなく、多くの尊い命、多くの犠牲を払って勝ち取ったものです。今の話を聞きながら、拉致被害者救出を、「対話」だけでできるものだろうかと思いました。
日本はそういう国々の民主化を歓迎しました。しかし、今年のニュースを見ると、カダフィやウサーマ・ビン・ラディンが死ぬことで彼らの体制や悪事が終わりました。テロ国家との戦いは相手を殺すことです。これまで彼に虐殺された数百万人の人々は、復讐を望んでいるのです。しかし、自由社会の多くの人々は、死の代わりに、支援を言っています。金正日への最大の復讐は、そして北を支援する最高の方法は、北に自由を与えることだと思います。
先月、オウムのテログループに対して死刑が言い渡されました。オウムに対して死刑を言いながら、金正日体制の世襲を認めるという議論が、日本の立派な政治家の方々の中で聞かれるのは、私は非常に矛盾だと思います。
張さんが今日ここで多くのことを話す余裕はありませんでしたが、張さんは韓国に来て3冊の本を書いています。90年代に金正日によって大量虐殺、人口の15%が虐殺された時の悲惨な場面を目撃した詩集があります。「私の娘を100ウォンで売ります」という詩集です。日本語版も出ています。
それから自分が見た金正日の最高機密。これは叙事詩の形で、「金正日の最後の女」というもので、金正日のもっとも隠密な私生活に関して告発しています。私はそのために張さんの命が危険だと思います。
それから今年は、自身の脱出記で「詩を抱いて江を渡った」という本を出しました。間もなく日本語版が出ます。今日、張さんが言えなかったことがたくさん出ています。ご関心のある方は是非読んでください。以上です。
◆【基調報告2 なぜ日本人拉致被害者は生きていると言えるのか】
西岡 今日のセミナーのテーマは、「なぜ日本人拉致被害者は生きていると言えるのか」です。まず第1に、基本的なことですが、北朝鮮は「死亡」と通報した8人について、たった1人についても、死亡の客観的証拠を出せていないということを確認しておきたいです。
このことは、我々は2002年からずっと言ってきましたが、日本政府も今は同じ立場で、配布資料の日本政府が作成した、「北朝鮮側主張の問題点」パンフレットがあります。
洪先生は、この程度ではだめだとおっしゃいますが、それでも日本政府が真っ向から外国政府が言っていることについて反対するパンフレットを出したということは、私は評価をしています。
ある人に言わせると、西岡さんが書いていたことがずいぶん入っていますねということでした。事実については特許はありません。
しかし、このパンフレットを出すまでには戦いがありました。私の報告に書いてありますが、9年前の9月17日、外務省は家族会の人たちに、被害者全員の消息が出てきたから、国会議員会館の記者の前から離れて、飯倉公館に来てくださいと言って、バスまで準備しました。
そして行ってみたら、「大切なことなので今慎重に確認作業をしています」と2時間待たされた。そして一人ひとりの家族に、「お亡くなりになりました」と断定形で伝えられた。
しかし、確認作業はしていませんでした。確認作業はしていないで、「確認作業をしています」と家族をだまして、平壌宣言のサインの時間まで家族会に記者会見をさせないようにして死亡通告をしたのが外務省でした。田中均局長です。交渉を優先する姿勢が日本政府にあった。被害者を助ける姿勢がなかった、ということです。
しかし、次の日に、安倍官房副長官が家族のところに来てくれて、「平壌で死亡の確認はできていなかった」という事実を教えてくれた。それを受けて「死亡」ではなく、「死亡と言われた人たち」ということに訂正せよとのキャンペーンを次の日からすることができて、逆転することができた。
そういう点では、北朝鮮は「失敗した」と言いましたが、彼らの戦略が間違っていたのではなく、彼らはかなり緻密に、「8人死亡」を既成事実化することに成功しつつあった。安倍副長官が訪朝団の中にいなかったら危なかった。
キム・ヘギョンさんに会った外務省の高官は、家族のところに説明に来ないで、その人はロンドンの大使館に勤務していたので、そのままロンドンに帰ろうとしていた。田中局長は、生きていた蓮池さん夫婦、地村さん夫婦に会った外務省の幹部を家族のところに送らないで、イギリスに送ろうとしたのです。
後日、蓮池さんと地村さんに聞きましたが、その外務省の幹部に会った時に、自分たちは最初に、「両親は元気ですか」と聞いた、と。そしたら幹部は、「分かりません」と答えた。そういう人を確認作業と称して、被害者に会わせたのです。
キム・ヘギョンさんと会った時、彼女はバトミントンのラケットを持参し「お母さんのラケット」だと言ったのですが、それを借りてもこない、写真もとらない。それでは、そのラケットが本物かどうかもわからないわけです。そういう確認作業とは言えない確認作業をやって、家族には死んだと通報した。
家族がそれで納得していたら、先払いではなかったかもしれませんが、多額のお金が金正日に行っていたかもしれない。戦ったからやっと踏みとどまれたし、今ここまで来ることができたということです。「死亡」の根拠がなければ、生存を前提にして助けるのは当り前です。
今日もう一つ申し上げたいのは、私の報告の3ページにある表です。北朝鮮は「死亡」の証拠を出せなかったわけですから、2002年の時点で、私たちは「8人死亡」を信じていませんが、しかし、時間がどんどん経っています。
私たちは、家族の人たちが高齢化していくのを目の前で見ていますが、平壌でも同じ時間が過ぎています。被害者本人も高齢化しているということです。「表1 拉致被害者の年齢」の22人は、日本政府認定の中で帰ってきていない12人と、救う会が拉致だと思っている7人、曽我さんと同じ立場で脱走米兵と結婚していた3人の女性をサンプルとして選んでみたものです。
1番の久米さんは86歳です。日本政府認定の被害者です。一番若い人でも横田めぐみさんの47歳です。この47歳という歳は、重い意味があります。ドイナ・ブンベアさんというルーマニア人拉致被害者の方が、曽我さんと同じアパートに住んでいたのですが、癌で亡くなりました。曽我さんが看取っているので間違いありません。その弟さんが東京にまで来て、この国際セミナーで訴えをしましたが、ドイナさんが亡くなった歳が47歳です。
ドイナさんが向こうに連れて行かれて亡くなった47歳という歳にめぐみさんもなっている。それ以外の人たちは、みんなそれを超えているということです。
そして寺越外雄さんは拉致された後、北朝鮮で病死されていますが、55歳でした。55歳より下の方は、石岡さん、有本さん、横田さんと日本人被害者では3人しかいません。石岡さんは54歳です。「表2 拉致被害者の抑留年数」を見ると、抑留される年限が長くなればなるほど、ストレスはたまり、病気になる可能性は高まるわけですが、先ほど言いましたルーマニアのドイナさんは、19年間抑留されて病死しました。次に抑留期間が短いのは有本恵子さんの28年です。全員がドイナさんが病死した抑留期間をはるかに超える長い間抑留され続けている。
そういう点で、我々は時間との戦いです。生きている人を助けなければならない、生きていると思っていますが、しかし人間は不死身ではないということです。
最後に、日本政府に申し上げたいこと、そして私たちが考えるべきことがあります。このことはここで何回も私たちは話をしていますが、この政府作成のパンフレットに載っていないことがあります。このパンフレットは、北朝鮮が「死亡」という主張には根拠がないと言っています。そして北朝鮮は、「13人しか拉致していない」と言っているが、もっと被害者がいると、具体的な根拠を挙げて反論しています。
それではなぜ、生きている人を、北朝鮮は死んだと言ったのか。張さんの話でもあったように、金正日は拉致を認めるという指令を出したわけです。そして失
敗したわけです。しかしその時、家族会のメンバーの主要な人たちがみんな帰ってきていれば、特定失踪者問題調査会はまだできていませんでしたし、そこで一段落になっていた可能性も高かったと思います。外国人拉致も明らかにならないままだったと思います。
それなのになぜ彼らが生きている人を、遺骨もないのに死んだと言ったのか。嘘には動機がある。彼らがなぜ嘘をつかなければならなかったかという理由についてこのパンフレットには何も書いてないのです。
外国の記者がよく私のところに取材に来ます。日本政府もずいぶん外国の記者を呼んでくださっています。外国の記者は、拉致を認めたのに、なぜ生きている人を死んだというような面倒くさいことをしたんだ、よく分からない、という質問をよく受けます。
まさにそれが張さんの話の中にもヒントがありましたが、統一戦線部を含む北朝鮮の工作部署は、拉致を部分的に認めても全体に広がってしまい、金正日の権威に関わるから反対したと張さんのペーパーに書いてあります。金正日の権威とは何か。金正日の責任は認められないということです。
一番分かりやすいのが大韓機爆破事件です。田口八重子さん拉致は認めました
が、未だに大韓機爆破事件は「でっち上げ」と言っています。朝鮮総連の学校の教科書に、「でっち上げ」と書いてあります。その「でっち上げ」と書いてあるところに日本の全国の地方自治団体が合計で8億円以上の支援をしていた。去年からそれを問題になって、1億円以上は減ったがそれでも6億5千万円以上が支援された。民主党政権が高校無償化を実施し、それを朝鮮学校にも適用するかどうか文部科学省で、その教科書の内容などを含めて審査されているということです。
田口さんが帰ってきて金賢姫さんと抱き合って、「あの時、日本人化教育のため招待所で一緒に暮らした20か月はこうだったね」と言い合えば、金賢姫さんは本物だということが満天下に示される。金賢姫さんは、大韓機爆破事件は金正日の直筆のサインがある命令書があったと言っています。金正日が115人殺せ
と命令したんです。金正日が日本人のパスポートを持って、日本人に成り代わって115人殺せと命令した。
ではなぜ、金賢姫に日本人に成り代われと命令できたのか。拉致していたことを知っていたからです。拉致して、張さんが言った「現地化」させていたことを知っていたからです。
1976年に金正日が、「工作員の現地化を工作員教育の一つの柱にしなさい」という指令を出します。そして77年、78年に全世界で拉致が起きます。今、世界12か国で拉致があるとほぼ確認されていますが、日韓を除く10か国は、すべて77年、78年に拉致が起きています。
昨年、東京に来た金賢姫さんにこの金正日の現地化指令のことを私が直接聞きました。そしたら、「教官からよく聞いていました」、「私が1期生です」と言いました。76年に現地化指令があり、77、78年にそのための教官拉致があり、金賢姫は80年に、平壌外国語大学から工作員にされたんです。
彼女の同期生は8人いました。もう一人の女性。淑姫がめぐみさんから日本語を勉強した。また、金賢姫さんに、マカオで拉致された中国人の写真を見せたら、「私の中国語の先生だ」と言いました。中国人化教育も彼女は受けておいたんです。マカオの孔(コン)さんも78年に拉致されています。
統一戦線部では現地化の標語が掲げられていたということです。今日の話で深刻なのは、混血児を意図的に作って、その子どもをスパイに使うという「シバジ」という「現地化」もあったという衝撃的な事実です。
また最近話題になっている「市民の党」の問題ですが、あれは、よど号グループを結婚させ、子どもたちを「日本革命村」で洗脳したわけです。日本人だけれども、頭の中は主体思想で教育して、日本に戻して、その中の一人を三鷹市議会選挙に立候補させた。それも「現地化」の一環です。
そういうことすさまじいことを金正日の命令でしていたを認められないから、生きている人を死んだと言った。このことを、この国際セミナーで我々が様々な証拠証言を示しつつ主張してきていることです。つまり、「死んだ」と言ったことは、金正日の権威を守るという体制の根幹と関わることです。簡単に交渉だけで帰ってくる問題ではない。
お金を貰っても、金正日がテロリストだったということを認められるか。それは、金正日が、「俺はテロリストと言ってもいいぞ」と言わない限りできません。そうでないと収容所送りです。本人が自分はテロリストだということを認めるという指示をだすのかどうか。
自分が今殺されるかどうか、このままいけば政権が倒されるかもしれないというところまで追い込まれなければ30年前の自分の犯罪を認めるところまでいかない。たた話し合いをするのではなくて、絶対に拉致問題で譲歩しないというきちんとした日本の姿勢ができた後、拉致はテロですから、テロには譲歩しないという姿勢を作って立ち向かうしかない。
我々は体制の根幹と立ち向かわざるを得ないところに置かれている。洪先生は日本が傍観者的ではないかとおっしゃいましたが、傍観者になろうと思っても、めぐみさんたちを本当に取戻そうと思うとなれないという構造がある。金正日がテロリストであるということを彼らに認めさせない限り、めぐみさんたち「死んだ」と言われた人たちを生き返らすことはできない。このような北朝鮮の体制の根幹と関わる構造的な問題がある。
これは我々がずっと言ってきたことですが、別の意見でもいいと思いますし、国会の中でも議論していただければいいと思いますが、なぜ生きてる人を死んだと北が言ったのか。その動機が分からなければ、対策は打てないと思います。そこの議論をしたいということが今日のセミナーの一つの目的でした。以上です。
【コメント2】
惠谷 治(ジャーナリスト)
西岡さんが、北が「死んだ」と言ったのは金正日の権威を守るためとおっしゃいましたが、もう一つ、いわゆる秘密を守ることがあると思います。北朝鮮は秘密だらけです。そのために「死んだ」と言っているわけですが、一方で、わが国の高名なジャーナリストも平気でテレビで「死んだ」と言って物議をかもしました。
北朝鮮に対する一般的なイメージ、つまり独裁国家で何でもあり、金正日の気分一つで生死が決まる。これも事実です。ですから、被害者が死んだと金正日が言ったと。先ほどの話も含めて、午前中にはそんなつもりではなかったのに午後にそう言った(拉致を認めた)ことは十分に考えられます。
しかし、過去の事例で言いますと、金正日の側近がおべんちゃらを言う。そうすると、「こいつはもう銃殺しろ」と。そういうことを平気でやる男です。
他方、日本ではあまり伝わることはありませんが、崔銀姫さんと申相玉監督が拉致されました。日本でも二巻にわたる本が出ていますが、これを読んでも、拉致被害者を如何に大切に扱っているか。申相玉監督は脱走しました。そうすると、ある意味で懲罰房的な時間もありますが、それに対して殺してなんかいません。
あるいは、もちろん北朝鮮は8人についてガス中毒だの交通事故だのと訳の分からない理由を付けていますが、これは政治的死亡の時、北ではよく使われるものなので、拉致被害者に対してもそういう理由を作ったのだろうと思います。
拉致被害者というのは金正日の命令で高額の資金と厖大な人的資源を使って迎え入れたゲストなんです。マグジャビといって、手当たり次第に連れて来いという時期もありましたが、他方で申相玉さんのように、「あいつを連れて来い」という命令もあります。
しかし、「あいつ」とまではいかなくても、「若い娘を連れて来い」あるいは、「こういう学者を連れて来い」という命令もある。とにかく、金正日が命令した被害者を絶対に殺すわけがないんです。殺すというのは死亡させることですから、これは管理責任が問われます。
例えば今日ご家族がお出でですが、寺越さんのようなケースは遭遇拉致です。偶然に出会って、寺越昭二さんは抵抗して殺されましたが、遭遇拉致でもきちんと北に連れて行って、我々からみればとんでもない話ですが、北は北なりのやり方で処遇しています。
ましてや工作員を使って拉致した人間は大切に面倒をみなければならないというのがあの国です。それは先ほどから言われたように、金正日の命令で連れてこられた人です。これは客人待遇です。ですから、ガス中毒や交通事故となれば、管理責任が問われる重大な問題で、こんなに大量に発生するわけがないのです。
そういう観点から見ても、拉致被害者は生きているというのは、ごく当り前の発想です。もちろん今、西岡さんから報告があったように、これだけ長い年月が過ぎていくと、当然死亡率は昔よりは高まります。だから、今後現地でなくなられる可能性はありますが、少なくとも今日現在においては、みなさんが生きておられると思います。その根拠は工作員として拉致されたからだとご理解いただければと思います。
西岡 今の惠谷さんの話に関連することを申し上げます。ペーパーには少し書きましたが、最近、「めぐみさんが生きている」という話を工作機関の幹部から聞いたという脱北者の人が出てきています。私はその人に会いました。
しかし、マスコミには絶対に言わないという前提で証言を聞いていますので、具体的なことは申し上げられません。最初に経歴などを聞きますと、色々なことで信用できるかなと思いましたが、納得できることが多いと今は思っています。
その納得できるかどうかの鍵の一つは、彼が耀徳(ヨドク)政治犯収容所で一人日本人を見たと言っていることと関係します。収容所の中に療養所があって、療養所の食事を作ったり配膳を担当する女性が日本人だったというのです。彼は、今日の第2部で出てくる申淑子(シン・スクチャ)さんも耀徳で見たとも証言しています。
その脱北者は収容所に入っていたのです。そのとき何回かその療養所を訪問して日本人女性を見たと言っています。政治犯収容所というのは死ぬまで出て来れないところで、病気になったら治療など受けられないということが常識でした。だから、政治犯のために病院なんかあるのか、そのこと自体がおかしいというのが、その人の証言を聞いたときの我々専門家の考えだったのですが、実は、同じ時期に耀徳収容所にいた人たち何人かに確認したところ、療養所はありました。複数の証言があります。
聞いてみると納得できるのですが、金正日が党の幹部やその子弟などを収容所に入れることがしばしばあるのですが、突然思い出したように、「あの男どうなっているんだ」と言う。死んでいたら、殺した人間の責任になる。従って金正日と親しかった人間などは収容所に入れるけれど、死なせてはならない。そこで療養所があるということです。
そこに日本人がいた。働かされていたわけです。待遇は収容所の中ではいいわけです。食事に近い所にいるというのが一番いいのです。その人が拉致被害者かどうかについての検証も必要だと思います。
惠谷さんが今言ったように、そして田口八重子さんなどの証言によると、拉致被害者は金正日の秘密パーティに呼ばれている。タイのアノーチャーさんも呼ばれている。そういう人たちは、例え収容所に入れられることがあっても特別管理になる。もちろんそれでも癌になって亡くなった方もいますから、時間との勝負ということはあります。
惠谷 収容所というのは、アウシュヴィッツのような、鉄条網があって、バラック建てというイメージだと思います。しかし、北朝鮮の収容所というのは、村なんです。広大な地域です。そしてそれぞれがバラック建てに入って、西岡さんが最初疑問だと言った療養所もある。つまり、村の中には何でもあるんです。しかし、村の境界には鉄条網が張られている。だから逃げるといっても大変なことです。
櫻井 張さんにお聞きしたいのですが、金正日は一党独裁で時間がある。ご家族には人間ですから寿命がある。しかし、今や金正日の健康が非常に危ないわけで、おそらく誰よりも先は彼ではないかという気もするんですが、その場合生じる権力の空白の中で、私たちが拉致問題を解決する可能性があるのではという気がします。具体的にどういうことが可能だと思いますか。
張 私も櫻井さんと同じように、金正日が最初に逝くと思っています。その空白期間に拉致被害者を管理している工作機関が解決の方向に説得を受けるのかどうか。彼らにも責任があるわけですから、むしろ逆に挑戦的な行動に出るかもしれない。
三代世襲政権が安定すれば、その政権が金正日の責任を認めて拉致問題を解決するということができると思いますが、しかし私の考えでは、三代世襲はうまくいかない。金正日が死ぬ時が、北朝鮮独裁政権の最後であり、その時が核問題、拉致問題が解決できる時だと思います。私は、めぐみさんのお母さんがめぐみさんに会える日が来ると思います。
西岡 真剣な討論ができたと思います。今日の第1部を前提にして、韓国で今盛り上がっている拉致被害者救出運動の話を第2部で聞き、第3部で、どう解決するかという話を各党の政治家の皆さん、運動家の皆さんと考えていきたいとおもいます。ありがとうございました。