【くにのあとさき】東京特派員・湯浅博
ラヂオプレスが伝える北朝鮮メディアを眺めては、「将軍様は今日も軍視察かな」と、その健在ぶりをチェックしていた。先軍政治の金正日総書記らしく、動静の7割以上が軍視察で占められていた。
日本の首相は、観閲・観艦式など自衛隊の行事への参加が1%に満たない。軍に過剰依存する北と、過剰軽視の日本という両極端である。
ところが、19日の「金正日急死」の報に至るまでの将軍様の動静は、やけに静かだった。直近の15日の朝鮮中央通信が伝えたのは、いつものいかめしい軍視察から、ノンビリした音楽情報センターと商業センターの視察に変わっていた。
変わらないのは、後継者の金正恩中央軍事委副委員長はじめ、金王朝を支える幹部が付き従っていたことだ。世襲3代目の正恩時代に入って、軍視察から産業視察が7割に逆転する日がやってくるだろうか。
3代目は30歳にも満たず、幼顔でいかにも若い。一説によると、彼を支える国家予算は多くても50億円ほどしかない。あの大王製紙の前会長がマカオのばくちですったのが90億円だというから、悲しいほどの財政事情だ。死んだ将軍様も、日本の世襲会社に歯ぎしりしていたに違いない。
この貧弱財政で、カネのかかる核ミサイルの開発を推進し、100万の軍や数十万人の工作機関を養わねばならない。王朝を守ることを優先するから、国民への「コメのご飯と肉スープ」は後回しにされた。庶民は切り捨てられて餓死者まで出す始末だ。なるほど、これを先軍主義というらしい。
将軍様の軍優先策により軍内部に反乱やクーデターの兆候がない。国民の20人に1人が特権的な軍人だとすれば、この階級がうまい汁を吸い続けたいと思う道理だ。世襲体制を生きながらえさせようと思えば、3代目もまた軍を優遇し、周辺国から資金分捕りで穴埋めするしかない。
だが、韓国と米国は、核を放棄しなければ見返りなしの「北風政策」だ。結局は安定を優先する中国に大きく依存することになる。
これまでの中国は、北を緩衝地帯に米国の極東戦略を抑止しようとして、逆に北に利用されてきた。「虎を飼って災い残す」かのように、北を支援しているうちに虎の子が核を抱えた猛虎になった。
中国は3代目を支え、金総書記の喪に服する向こう1年間に、その影響力の芽をしっかり埋め込む算段だろう。すでに、対北投資は2008年までの5年間で40倍になり、羅先地域は中国の租借地のようだという。軍事的にも、中国の北海艦隊は半島を回って東の羅津へ入港する。半島全体が中国海軍の制海域に入っているかのようだ。
将軍様はこれ以上、中国に傾斜すると国権まで侵食されかねないから、ロシアにも投資を求めた。だが、中国は来年の重要な政治日程をテコに3代目の取り込みを狙う。
北は来年4月の金日成生誕100周年で豊かな「強盛大国」を目指すだろうし、中国は年後半の共産党第18回党大会に関心を向ける。どちらの場合も、中朝関係の安定が、互いの利益になると判断されよう。
北が中国のような強権下の改革開放に踏み切れば、経済は破綻を免れる。だが、開放政策は軍の地位を低下させ、王朝の基盤を危うくする。3代世襲の正恩新体制は、中国という巨龍が待ち受ける嵐の海に船出した。