平和ボケの沖縄問題にはもう幕を引こう。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 






沖縄はいつまで「補助金あさり」を続けるのか。


草莽崛起:皇国興廃此一戦在各員奮励努力セヨ。 


2011.12.07(水)池田 信夫:プロフィール






 防衛省の田中聡・前沖縄防衛局長の失言問題で、参議院の自民・公明両党は一川保夫防衛相の問責決議案を提出することを決めた。他の野党も同調する見通しなので、参議院では可決されるだろうが、野田佳彦首相も一川氏も辞任を否定しているので、政局に発展する可能性は低い。

 そもそも今回の失言問題の経緯は奇妙だった。発端は、田中氏がオフレコの「記者懇」で、辺野古の環境影響評価書の年内提出について「これから犯しますよと言いますか」と述べたとする琉球新報 の記事だった。

記者クラブの談合が破綻した沖縄防衛局長の失言問題

 オフレコというのは「記録に残さない」という意味だから、メモも取らないのが普通である。そこで聞いた話は直接引用しないで「政府筋は・・・」などの間接的な形で書くのが普通だ。今回の記事は、公然たるルール違反である。

 通常は、こういう記事は徹底して否定すれば終わりである。証拠もないのだから、訴訟で争えば琉球新報は負けるだろう。

 ところが田中氏は「記憶にないがそう受け取られてもしょうがない」という曖昧な表現で認めてしまった。これは記者懇の罠である。

 オフレコ取材は他の国にもあるが、クラブの加盟社だけを集めた記者懇などというものは日本にしかない。オフレコが成り立つのは第三者が聞いていないからだが、記者懇では今回の場合10社ぐらい同席していたので否定できない。他の社が「私も聞いた」と証言したら逃げられないからだ。

 つまり記者懇ではオフレコは成り立たないのである。それが成り立つように見えるのは、記者クラブが談合して情報統制をやっているからだが、その談合が破れるとペナルティーは何もない。

今回の事件は、記者クラブの談合をメディアが自分で破った自殺行為である。こういう不透明な「懇談会」はもうやめ、記者は個人の責任で取材すべきだ。

沖縄の「反基地」世論を利用する補助金産業

 野党の動きも奇妙である。自民党の石原伸晃幹事長は記者会見で、一川防衛相には「沖縄問題を解決する能力がない」と批判したが、自民党なら解決できるのだろうか。自民党がどう解決するのかを言わないで反対するだけでは、昔の社会党と同じ万年野党である。

 防衛相は沖縄の少女強姦事件について「詳しくは知らない」と答弁するなど、防衛相としての専門知識がないことは明らかだが、そんなことを言えば他にも素人の閣僚はたくさんいる。自民党が「能力がない」という無内容な決議案しか出せないのは、代案を持っていないからだ。

 もともと沖縄の普天間基地(宜野湾市)の移設問題は自民党の失敗である。普天間返還の日米合意は1996年に締結され、米軍は代替地が決まればいつでも移設するとしている。その代替地も辺野古(名護市)しかないことは明らかであり、名護市は島袋吉和市長の時代に合意している。

 民主党政権になって、鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と発言して事態を混乱させたことは事実だが、ここに至るまで13年も問題を先送りしてきたのは自民党政権だ。

 その原因は、琉球新報に代表される「反基地」世論である。

 沖縄のメディアは、いまだに冷戦時代の社会党のような「反戦・平和」一色である。これは無理もない面がある。1945年3月に始まった沖縄戦は、日本国内で行われた唯一の陸上戦であり、本土の「盾」になって軍民で20万人近い犠牲者が出た。政府はこうした負い目があるため、沖縄を特別扱いしてきた。

 しかし同じ時期に広島・長崎では合計25万人以上、東京大空襲でも10万人近くが死亡した。犠牲になったのは沖縄だけではないし、こうした地域ではもう爆撃は大きな話題にはならない。

 それなのに沖縄だけがいまだに66年前の話を持ち出すのは、それを材料にして補助金を引き出すことが実質的に沖縄の最大の「産業」になっているからである。

防衛問題は「沖縄の心」とは切り離せ

 問題になっている普天間基地の移設は、日米政府が合意した米軍基地再編の一環である。失言問題で更迭された米国防総省のケビン・メア元日本部長は、著書『決断できない日本 』で「在沖縄米軍基地再編計画を実施すれば、沖縄本島の19%を占める米軍基地の面積は12%まで削減されます」と指摘している。基地再編は、沖縄県民の負担を軽減する政策なのだ。

 ところが、このように負担が軽減されると困る人々がいる。地元の政治家である。普天間基地の近くにあった小学校が危険だという地元の要請で、日本政府が移転させようとしたら、宜野湾市の伊波洋一市長(当時)が反対した、とメア氏は言う。小学校がなくなったら、基地に反対する材料が減って補助金が減るからだ。

 地主の利権についても、彼は『決断できない日本』でこう書いている。

 米軍基地の底地に対して、日本政府から[沖縄の地主に]支払われる借地料は918億円にものぼります(平成23年度)。沖縄では地価が下がっていても、この借地料は年々値上がりし続けているのです。それが約3万9000人の地主に分配されている。単純計算ですが、ひとり当たり235万円になります。


 辺野古にも毎年、100億円以上の「移転補償金」が出ており、問題がこじれて長期化すれば、これがずっと出る。決着がついたら補助金ももらえなくなるので、地元の政治家は県民感情を利用して問題を引き延ばしているのだ、というのがメア氏の見立てである。

 こういう「利権あさり」は、珍しいことではない。めぼしい産業のない地方では、政府から補助金を引き出すのは「伝統産業」と言ってもよい。

 沖縄の特徴は、それが「沖縄の心」といった感情問題に絡めて「正義の味方」の顔をして出てくることだ。琉球新報に代表される左翼的なメディアも、その片棒をかついでいる。

 防衛問題をいつまでもこうして夢見る少女のように語っているのは、戦後ずっと続いた平和ボケが直らないせいだろう。しかし朝鮮半島では軍事衝突が起き、尖閣諸島事件で中国はレアアースの禁輸などの恫喝を行った。相手は独裁国家である。いつまでも日本だけが、アジアの政治的混乱と無縁である保証はないのだ。

 このように本土への無心を続ける限り、沖縄の経済は自立できない。ビジネスより補助金をもらう方が楽だからである。それは補助金で食っていく政治家には結構なことだろうが、沖縄県民にとっては悲劇である。

 そろそろ現実を直視し、どうすれば戦力を維持しながら地元に負担の少ない効率的な基地再編ができるかを冷静に議論してはどうだろうか。