平成23年11月17日、東京・文京区民センターで、第62回東京連続集会報告を開催しました。以下はその報告です。
未だに5人とその家族しか取戻せない日本。どうしたら拉致被害者を取り戻せるのか。今回は、韓国から見ると、日本の救出運動や政府の対応等がどう見えるかについてお話をいただきました。拉致問題に詳しい洪●(●=榮の木を火に、ホン・ヒョン)元駐日公使をお招きし、最近の北朝鮮をめぐる情勢等についてもお話していただきました。
冒頭は、家族の訴えです。
■韓国の専門家が見た日本の救出運動と政府の対応
【家族の訴え】
◆わが国は拉致問題で北朝鮮に制裁をかけたことがない
増元照明(増元るみ子さん弟、家族会事務局長)
今日は飯塚代表が遅れて来られますので、先に話をさせていただきます。
12月10日から始まる北朝鮮人権週間に合わせて、家族会・救う会・拉致議連は、12月10日(土)、都市センターホテルで、国際セミナー「拉致被害者はなぜ生きていると言えるのか」を開催します(救う会ホームページ参照)。政府は、12月11日(日)、イイノホールで、「拉致問題シンポジウム」を開催します。その他、全国各地で拉致関連の集会等様々な行事が行われます。
最近出ている、横田めぐみさんの生存情報については、まだ確定的にはなっていませんが、昨日の産経新聞に中山恭子さんが書いておられましたが、何を今更という感じです。彼らにとって被害者の生存は確定されているわけで、今更生存を確認するとか、証言を検証するとか、そんな時間があったら救出の方策を考えてほしいと私は言いたいですね。そのために8、9割の精力を使って情報の分析をしてほしいと思います。
今それができているかというと、私は、被害者をどのように救出するかという点で、まだまだ足りないものがあると思います。ただ、総理がブルーリボンバッジを着けていますので、ちょっと突込みがしにくいですね。私たちがお願いして忠実に着けていただいていますので。
ただ、家族会・救う会は9月に集会を開きましたが、北朝鮮が6者協議で合意した問題に関して、生存している被害者を返すための調査委員会を立ち上げないようであれば、やはり拉致で追加制裁をしてほしいし、しなければならないと思っています。
ここでもよく言っていますが、これまでわが国は拉致問題で北朝鮮に制裁をかけたことがありません。北朝鮮に対する強硬姿勢が膠着状態を生んだと言い訳をしながら、衛藤征四郎さんが訪朝しようとしましたが、核の問題で膠着しているのであって、拉致の問題で膠着しているのではなく、政府が積極的に対応していない問題だと思っています。
北朝鮮に対して核・ミサイルでは制裁をかけています。そして申し訳程度に拉致の問題を付記しています。これでは北朝鮮に、わが国の最重要課題としての拉致問題解決への意思が伝わらない。だからこそ、拉致の問題を理由に制裁をしなければならない。拉致を理由に高いハードルの制裁をかけて初めて、北朝鮮が、そして日本国民が、政府は拉致問題を重視していることに気づくのではないかと思います。伝わってないのが一番の問題です。
それでも動かないようであれば、もっと高いハードルの制裁をかけるしかないわけですが、これまで北朝鮮が動いたのは、アメリカの金融制裁によって二度と帰らないと言った6者協議に帰ったのです。圧力である、テロ支援国指定の解除によって核の放棄を見せるようなパフォーマンスをやったのです。それでも北朝鮮が動いたのです。これは圧力をかけたからです。核に対する圧力です。
しかし、わが国はまだ拉致に対して圧力をかけていないんです。これをまず、やらなければならない。その後で、もっと膠着状態になるとか、宥和的になるという話なら分かりますが、拉致の問題で何も動いていない現状の中で、こう着状態も何もないんですよね。拉致の問題で動かないのは当然だと思います。それをやってこなかったのが自民党政権であり、民主党政権なんです。
今回、残念ながら拉致担当の副大臣が辞められましたけれど、松原さんは総理に対して、拉致問題解決の意思があるのならば、拉致問題を理由に追加制裁を課すべきだと進言していたんです。それを官邸の方でどう判断されているのか分かりません。今TPPで忙しいですからしょうがないのかもしれませんが、対策本部でもそれの賛同する上の人がなかなか現われず、停滞しているようです。
何回も言うようですが、やはり、拉致を理由に北朝鮮に対して一度、二度、三度と制裁を課していくべきだというのが私の思いです。そうしなければ本当に北朝鮮に対し、拉致の重要性を認識させることができないし、本来なら私は中国に対しても(制裁を)やっていいと思っています。中国は安保理違反をしているんですから、米中韓とも連携して中国に対して制裁を課すべきだと思います。それができない日本の状況が非常に残念です。
ですから、私は1回、「チャンネル桜」で、日本も覚悟すべきと申し上げました。中国の圧力によって、わが国の政策を変えられることが多々見られるからです。レアアースを止められ、尖閣で(海上保安庁の巡視船に衝突してきた)船長を帰してしまう。また同じようなことが起こるのであれば、中国との貿易をストップして、日本が中国市場をある程度見捨てる覚悟です。
それは日本にとっては経済的に厳しい状況になるでしょうが、それをする覚悟を見せない限り、今後も中国からあらゆる圧力をかけられます。日本が正しいことをしたとしても、尖閣問題でも、貿易問題でも、レアアースや中国にいる法人に対して、いかなる罠を仕掛け、犯罪者に仕立てるか分からない。
そのような状況をわが国が黙って見ているわけにはいかない。このままいくと、本当に中国に飲み込まれてしまう。そういうことも含めて経済界も考えていただきたいと思います。そうすることができれば、中国に対しわが国が、拉致問題でも、北朝鮮に対するあのような北朝鮮の擁護を非難し、圧力をかけることもできるのではないかと思います。今、ネックは中国だというのが、皆さんの共通認識だと思います。ありがとうございました。
◆絶対に生きている
横田早紀江(横田めぐみさん母)
皆様こんばんは。今日は、遠い所、お疲れの所、たくさんの方に集まっていただきありがとうございます。
拉致問題は訳が分からない程むずかしくて、たくさんの活動の中で、色々なことを見たりしてきましたが、この問題は簡単に子どもたちを返してほしいというだけの問題ではなく、国際間の国益の問題とか色々なことが含まれています。
そしてその中で、拉致問題というのが一つあり、捕らわれている人たちをどうやって取り返せるのかということは、私たちにはむずかしすぎることで分かりませんが、やはり国と国との駆け引きというか、そういうことに上手に知恵を働かせて、日本政府の方が、本当にしっかりとした思いを持って話し合いをしてほしい。
そして一つになってみんなを救出しなければならないという思いを本当に強く持っていただくことが、一番大事なことだと思います。
最近また、めぐみの生存情報というのが出て、2004年から2005年頃に生きていたというものです。それを聞いてびっくりしているんですが、私たちはみんな生きていると思っています。
めぐみのことで色々なところで歌を作ってくださったり、映画を作ってくださったり、13歳から34年も経ってしまったということが大きく日本中に広がることもあって、どうしてもめぐみの名前が出るんですが、これは被害者の一人として、象徴のような形で出ているわけで、ほとんどの被害者が取り扱われなければならないことです。
たまたま、それが出てきたことで、今本当のことなのか、どこまでが本当なのかは私たちには分かりませんが、絶対に生きているということを信じていますので、今こそ日本の政府がしっかりと調査をして、どこまでが本当でどこまでが偽なのか、そういう調査を徹底的にしていただきたいと思います。そういうチャンスはあまりないと思いますので、そこから何かが出てきた時に、それにつながっている人たちが、みんな同じようなところに置かれているに違いないと私は思います。だから、何らかのところから、情報が少しずつ染み出てくるのではないかと思います。
この問題については、絶対にいい加減なことではなく、政府がきちっと、真剣にやっていただきたいと思っています。今、それをしていただいているだろうと期待をしながら、家族はみんな待っているわけです。
それからヘギョンちゃん(横田めぐみさんの娘)のことで、9月にもう結婚していたと初めて聞いて、びっくりしました。普段から私たちが話をしている時に、「あれからかなり時間が経ってしまったので、いい歳になってきたから、そろそろそういう時期じゃないのかな」と言いながら、「会えなくて残念だね」といつも話していました。
北朝鮮で育てられた人だから、向こうの人と結婚したと思うのですが分かりません。そこで真面目に暮らしていれば、全体が変わった時はみんな自由になるんですが、そこで一生懸命暮らしていれば今までのような生活ができるのではないかと私は考えています。
一人の女性として、一人の男性と結婚したのはよかったのではないかなと思っています。これから色々なことが分かってくると思いますが、長い間会えないで、「どうしているんだろうね」と話し合いました。子どものことも分からない、孫のことも分からない。どの家族も本当に長い間、本当に分からない、分からないと言いながら、混沌とした中で暮らしているのが、今の家族会の全員だと思います。
そして、向こうの人たちのことはもっと見えないし、また寒い冬が来ますし、また今年も暖かい、自由があるところに取戻してあげられなかったということを思い、どれだけのことをしたら取り返せるのだろうと、家族の者たちは、全身全霊で一生懸命に訴え続けてきました。
あらゆることを、できる限りのことをやってきましたが、なかなか動いていかないむずかしさというのを噛みしめているところです。これからも宜しくお願いいたします。
◆拉致問題は決して風化していない
本間 勝(田口八重子さん兄)
みなさんこんばんは。いつもありがとうございます。
一昨日、救う会新潟の会長の馬場先生の「偲ぶ会」というお別れ会に参列してきました。私たちを支援してくれている各地救う会の方々も高齢になって、私たちも高齢になってきています。89歳の会長がお亡くなりになったわけですが、最後までめぐみちゃんの救出に、本当に力を尽くしてくれたことに、遺影を見ながら泣けてくる思いでした。
馬場先生は、めぐみちゃんの小学校時代の校長先生でしたが、あの温和な先生が、北朝鮮の拉致被害者救出に当たり、万景峰号への入港反対の抗議集会や新潟での1万人集会をやっていただいたり、中心になって署名活動をやっていただいたりしているビデオを会場のテレビに移していたのを見ていました。
本当に馬場先生は、我々の救出運動に参加し、一緒になって戦っていただき、最後にはめぐみちゃんに会えなかったということは、本当に残念で、悲しく思いました。そういう先生に感謝したいと思います。
「偲ぶ会」には、佐渡から曽我ひとみさんも来ました。曽我さんと身近に会って、この人と八重子が接点があって、実際に仲良く生活したり、めぐみさんとも共同生活してた人なのかなあと思いながら、本当に拉致があったんだという実感がまた湧いてきました。
曽我さんを見ると、八重子も生きていればこうやって酒飲むこともできるのになあと、寂しくもありました。しかし、曽我さんもお母さんが今も被害者として続いています。
拉致被害者救出に当たっての色々な問題があるんですが、朝鮮学校無償化問題でも、全国の自治体が一枚岩になれない。大阪や東京は明確に反対していますが、今日の新聞では、群馬県知事は朝鮮学校の校長先生から事情聴取して、拉致問題で質問することもなく、生徒に対する援助なんだからという気持ちでいるそうです。
拉致問題を起こしたのは北朝鮮であり、それを支援する団体が朝鮮総連であり、それに付随する教育機関が朝鮮学校です。金正日の指令の下に生徒たちを指導している中身が、私たちには許せない中身でありながら、なぜ税金をつぎこんでしまうのか。その裏には被害者の問題があるということを、あまりにも深刻に考えていただいていない。本当に残念です。
私たちは署名活動をしていく中で、皆さんが「残念です」、「本当に許せない問題です」と言われる。私たちは埼玉県の川口や浦和の駅頭を借りてやっていますが、署名をやっていだだけるという力はまだあります。決して風化していません。それに押されて私たちもやっていけんですが、なかなか解決できない現状が、日々動くようにやっていただきたいと思います。
昨日のサッカーの報道ですが、いかにサッカーがスポーツだから特別だとは言っても、私たち家族にすれば、北朝鮮が今回選手団に対して行った入国審査で4時間もかかってスムーズに入国させなかったこと、応援団もしぼんじゃったことを見ると、公平じゃないやり方ですよね。
日本は国内のサポーターに対しては全然規制なんかかけていないですよね。北に乗り込むからには目に見えているんです。向こうは必死になって、敗れれば選手は収容所送りになるかもしれない。そういうところで、命がけで戦ってくる相手に対して、日本の選手は、ここに拉致された家族がいるんだという思いでぶつかってくれたのかなと思います。
我々は往来自体も好ましく思っていないし、本当は行かないでくれという思いでいたわけです。それが残念です。
北朝鮮は、来年は目に見えているんですが、救出運動は絶え間なくやっていきたいという気持ちです。来年1月は埼玉県民集会や川口の集いも行います。倒れるまでやるつもりで頑張りますので宜しくお願いいたします。
◆制裁をかけなければ拉致問題は絶対に解決しない
飯塚繁雄(田口八重子長兄、家族会代)
皆さんこんばんは。いつもながらこの問題について熱心なご討議をいただき、本当にありがとうございます。
この東京連続集会も、もう62回になってしまいました。この間、皆様に具体的な報告ができないままで非常に残念ですが、毎月この会を催すことに当たって、今日は皆さんに何かいい話ができるかなと思いながらいるんですが、具体的な報告がなく、私たちとしても心苦しい感じです。
政府の体制は、皆さんご承知の通り、この拉致問題に対して積極的に動けるような体制ではないということが、段々見え見えになってきたということです。そういう中で、例えば松原仁副大臣を決めるに当たっても急遽付け足しという感じを受けます。
松原さんは副大臣を任命された時に、「書類では何ももらってない。ただ、電話1本で、山岡さんの下で、今まで色々な実績、経験があり、考えてきた松原さんに副大臣として助けてもらいたい」という話だけだったそうです。
従って、そういう体制の中で本当に何ができるのかと私たちは考えます。それでなくても民主党政権になってから5人も担当大臣が代わってしまった。そういう動きもありますし、総理も3人代わった中で、野田さんは一生懸命やろうとはしているようですが、なかなかその他の問題が山積みされていて、どうも普段の発言の中では、拉致の話は全く出ていません。
外国に行った時は、ちょっと付け足しくらいで話はしてくれているそうですが、そういう話をしてきましたという報告は受けていますが、それに対して相手側がどういう反応を示したのかというところまでは掴みきれない状況です。
今年もそろそろ寒くなり、毎年冬を迎えるとその度に、向こうにいる人たち、被害者の方々はどんな思いでまた冬を過ごすのか。また今年もだめだったのではないかと、本当に日本は助ける気があるのかという気持ちでいるかもしれません。多分、頑張ってくれているとは思います。
めぐみさんの生存情報がでていますが、それにしてもこれまで数年かかって情報収集をやってきましたが、その他の方々の情報は全くありません。先日、ワシントンの北朝鮮人権委員会のチャック・ダウンズさんが来日して講演しましたが、彼が調査した分厚い報告書が日本で翻訳して出すことになりました。
その中で、各被害者と思われる情報もありますし、その他に先日来、『週刊朝鮮』という週刊誌の中でも北朝鮮にいる被害者の名簿が出てきて、その中に日本人の被害者らしい人もいるということも含め、少しづつ情報は集まっていますが、こういう情報で我々がいつも気にする信憑性があるのか、高いのかですね。裏が取れないというのが残念ですが、なんとかもっと力を入れて情報収集をしてほしいと思います。またやがて来る交渉の時にも、確たる情報を持っていれば、交渉のカードになる筈です。
今、北朝鮮に対して、いわゆる「取り付く島もない」という状況ですが、何かのきっかけがやはりほしい。中には、最近日本では、「あまりこの問題が長すぎる。北朝鮮ともっと仲良くすれば帰ってくるのではないか」という意見の人が段々増えてきています。
家族会・救う会・拉致議連としては、しっかりとした方向性を打ち出しています。それは北朝鮮に対して確固たる姿勢を示すことです。それがなければ、前と同じように元の木阿弥になってしまう。国交正常化をめざす議員連盟もあるようですし、万が一、国交正常化だけを狙って協議すれば、これはまた北朝鮮の思う壺ですね。
もっとひどいことを考えれば、北朝鮮との国交がそのまま無条件ですんなり決まってしまえば、北朝鮮は拉致被害者はもういらないわけです。そういう状況の中で心配されるのは、亡くなったという証拠づくりに走ってしまうと非常に怖いことになります。ですから安易な国交正常化をする前に、きちっと日本の態度を示し、圧力、制裁をかけなければ拉致問題は絶対に解決しないという私たちの信念があります。
以前、小泉総理が5人を取り返してきましたが、あれこそまさにアメリカのものすごい圧力があったからこそなんです。そういう意味では、日米韓が北朝鮮に強い姿勢をもって北朝鮮に当たり、早く被害者を返せという強い姿勢を続けていってもらいたいなと思います。
先日、拉致議連の総会があり、安倍元総理が必ず出席されています。元総理は、「今がある意味で正念場だ。変に焦って間違った手段を選ぶと大変なことになる。家族の皆さんももう少し我慢をしてください」という話をしていました。ということは、何かの方策を練って、この問題を早く解決すべく、そういう考えが拉致議連としてあるかもしれません。
「変にあきらめたり、やけくそになったり、あるいは違った方向にばらばらに進んでいくようなことがないようにしていきたい」という話もしておられました。確かにそうですね。我々は、この問題を真剣に考える人たち、あるいは議員、あるいは地方議会の先生方、これらが一丸となって色々な方策を練りながら、具体的に動いていくしかないなと思います。
私たちは何の力もありませんが、やはり皆さんに訴えて協力を得ながら、政府に対して強い要請をしていくしかないんです。今後私たちにできることは、政府に対して強い要請を絶え間なくやっていくと同時に、今懸念されている国民世論が冷めてきているという話もありますので、絶対に風化しないように頑張っていきたいと思います。
この問題が今後も、まっすぐ、地道に進むためには、皆さんの強い声がなければ政府の取組む姿勢も弱まってくるかもしれません。従って、体の続く限り、運動を続けていきますが、まだ時間がかかると思いますので、皆様におかれましても変わらぬご支援をお願い致します。
■韓国の専門家が見た日本の救出運動と政府の対応
◆日本人で初めて拉致の原稿を書いた1991年
西岡 洪先生には、1980年代からお付き合いさせていただいています。色々なことを教えていただき、拉致問題についても辛光洙事件などについて多くのことを教えていただきました。
実は私は1991年に、拉致について最初に論文を書いたのです。『諸君!』という、もうなくなった雑誌に、日本人が拉致されていることを書いたのですが、その論文を書くきっかけになったのも、実は公使が東京の大使館に勤務されていて、私どものところに来て、「日本政府は日本人が拉致されているのに何で何もしないんだ」という話をされました。
私も専門家として拉致があるということは一定程度分かっていたのですが、韓国から見るとそういう風に見えるんだ、恥ずかしいと思ったんですが、その直後に『諸君!』編集部から電話が来て原稿依頼がありました。
当時はそういう原稿を書くと身の危険があるのではという風潮があったのですが、韓国の外交官に怒られて、原稿を断ったら男が廃ると思って、引き受けて原稿を書いた記憶があります。それ以外にも、様々な点で教えていただいています。
また、もう一つ、拉致の関連で申し上げますと、洪先生が現役の公務員でおられた時は守秘義務があるわけですが、様々なことを知っておられるわけで、ある時ソウルでお会いした時に、この本を読みなさいと言って、『金正日の対南工作』を勧められました。これを読んで本当に驚きました。これは、元労働党幹部のシン・ピョンギルという人が書いたものです。大変記憶力のいい人で、その人が、70年代後半になぜ拉致が集中的にあったのかについて具体的に証言をしていたのです。
ここで何回も言いましたが、1976年に金正日が工作機関を掌握した後、新しい工作の方針を出して、その一つが「現地化」だったということが詳細にその本に書いてあります。
これは利用しようと思って、私が当時編集長をしていた『月刊現代コリア』で、荒木和博さんの奥さんの信子さんが当時研究員で、私の大学院の後輩だったものですから、彼女にお願いして翻訳作業をしてもらい、その主要部分を、確か1999年から掲載し、一部の専門家の間では非常な話題になりました。
その人についても後で様々なことが分かってくるんですが、安明進氏が証言するよりずっと前のことです。それを教えてくださったのも洪先生で、世界中で北朝鮮の対日工作について一番詳しいと言いたいくらいで、私の師匠です。どうぞ宜しくお願いいたします。
◆大震災も拉致も初動がだめな日本
洪 (桜美林大学客員教授)
今までここで、専門家の方や、家族の方々が色々なことを話してこられましたので、私がここで新しく話ができるようなことはありません。拉致問題は今は大きな歴史になりました。被害者の救出はもちろん重要な目標ですが、例えばこの10年間どのような教訓を得たのか。拉致問題を通じて、少し視点を変えて申し上げたいと思います。
私は今大学に関係していますが、学者はよく何かの壁にぶつかると我々が取る方法の一つはブレーン・ストーミングという方法を取ります。変なアイデアでも全部出し合って、それを冷静に考えるやり方ですが、今日はそういう気持ちで、これは歴史的にどういう意味を持っているのか、またそろそろ誰かが日本の戦後の歴史の一つとして書くべきだと私は思うんですが、まだないので、これからそういう著述が出ることを期待しながら、感想を申し上げます。
例えば皆さんが、ある病気で10年、20年と病院に通い続けたのに全くなおらないということがあれば、果たしてその病院は正しく診察して、治療しているのかを疑わなければならないと思います。私は、拉致問題での皆さんの英雄的な運動が日本社会の遺伝子DNAを変えた事件ではないかという感想を言う時があります。そういう側面は確かですが、なのになぜ我々が期待するような進展がないのかということをもっと冷静に考えてみようと思います。
今年は千年に1度の3.11大震災がありましたが、外から見ると拉致問題と東日本大震災を通じて感じられる、共通点ではなく、どういう日本社会の側面が見られるのかということも、外国では関心を持たれています。
拉致はそもそも日本社会では想定していなかったことです。日本に大地震がくることは皆予測して分かっていました。ただ、3.11の規模がそこまでになるとは想定していなかった。こういう想定外のことに直面する時、問題の捕え方があまりにも日本的で、よそ者から見ると、初期の対応が適切じゃない。よくボタンの掛け違いと言いますが、そういう印象を受けます。
3.11の時、私が一番不思議に思ったのは、なぜ日本政府は緊急事態宣言(首相が「災害緊急事態」を布告する権限=災害対策基本法)をしないのか。これは本当に不思議でした。首都東京の機能が麻痺したのにどういう政府かという思いがしました。
東京は世界とつながっているから、世界中に波及します。電話がつながらないとか。だから、東京(日本)が少し不便を我慢するということで終わる問題ではないと思いました。国会議員など要人たちは電話が通じていたそうですが、普通の人は1週間くらい電話がほとんど通じない状況でした。
もし緊急事態宣言をすると、後で非難、批判されることを恐れたのかどうかは分かりませんが、そういうことを見ると、一生に一度くらいの地震で、あのような態度を取る政府が、果たして拉致問題をどのように捕えてきていたのかという思いもするようになります。
今日は色々なことを疑い、否定的な立場からブレーンストーミングをしてみたいと申し上げましたが、私はこの拉致問題だけじゃなく、日本社会と接触してくる過程で、度々日本社会は非常に便利だと思います。何かできないことがあれば、極論すれば最終的には「憲法」のせいだと言えば全部済んでしまう。
ちょうど10年前アメリカで9.11同時多発テロがありましたが、仮に日本で9.11のような日本を標的にしたテロ攻撃が起きたら日本は果たしてどうしただろうという思いもします。日本は軍事力の行使は頭から排除していますから、アメリカとは全然違う対応をした筈だと思いますが、その場合、果たして日本ができる対応って何があるんだろうか、と。将来日本でそういうことが起きないことを望みますが。
◆拉致問題は刑事事件ではなく冷戦の一つ
私は当初から「拉致問題」とは、刑事事件ではなく、東アジアにおける壮絶な冷戦の一つだと思いますが、今ここまできて、日本社会ではそういう認識があるのかどうかということを学者の立場で考えています。
金正日はもちろん特別な存在です。特別な相手との戦いは、当然普通のルールではできません。金正日は少なくとも36年間、北のすべての工作を直接指揮してきました。彼の相手は、韓国は朴正熙大統領から今8人目の大統領、アメリカは第38代のフォード大統領から7人目、日本は三木総理から22人目の総理です。この3国が北の第一の敵ですから、金正日は悪いウィルスみたいにこの36年間の経験、データの蓄積でますます悪くなってきたと思います。
金正日は1975年に、北の軍人たちが持っていた実権を、対南・対外工作、謀略、テロに関する実権を奪いました。そして、それまでの路線は全部間違いだった、自分が新しい路線を提示すると言って、その一環で外国人、特に日本人の組織的拉致が始まったということは、みなさんご存知の通りです。
歴史というのは面白いもので、金正日はその後、自分が解体した軍部の実権、特に中心となっていた「対南事業総局」という工作機関がありましたが、金正日は結局、軍を中心とした「先軍政治」に頼り、昔の「対南事業総局」と全く同じ「偵察総局」を作りました。
この「偵察総局」は、「対南事業総局」が約40年前に韓国をゲリラ戦場化しようとしたように、いま韓国に対して潜水艦で攻撃したり、韓国の領土を砲撃したりしています。だからこのような相手をどのように捉えるべきかです。
そういう敵の本質や犯罪を糺し、これと戦うというのが何を意味するのか、どれくらいの覚悟が必要なのか、そういう覚悟なしにこれができるのか、という気がします。
◆日本には国の意志を結集させるシステムが存在しない
太平洋戦争に対して、多くの方が日本は罠にはまった、日本はどうしようもない戦争に巻き込まれたとおっしゃるんですが、実は、その時日本は戦争の目標がはっきりしていなかったのではないかという指摘もあります。この拉致問題においても、皆さんは一生懸命やってきたのに、非難するつもりではありませんが、本来対応の主体である筈の当局はこの戦いは何で、どこまでやれるのか、どこまでが戦いの目標なのか、そういうのがあるのかなと思われます。
こちらが仕掛けたことではありませんが対応せざるをえない戦いで、皆さんが疲れるまでやって、例えば、まず確かめたくなるのは、先ほど拉致問題の解決の定義の問題が出ましたが、この戦いは本当はどういうものなのかという認識がないのではないか、と。
圧力と交渉で、向こうが困ったら被害者が帰って来られるはずだということですが、本当に期待できるものかという思いもします。もっとも私は、日本がこういう戦いを効果的に戦えるとは実はあまり思いません。というのは、日本には国の意志を結集させるような、そういうシステムが存在しないからです。例えば安倍総理の時、作ると言って後から無くなったNSC(国家安全保障会議)もない国が、果たして国の意志と能力を結集できるのか、ということです。
最近は国家戦略会議ということですが、外交・安保問題はそこではやらない組織だそうです。戦略から外交・安保を除くと何ができるかという思いもします。多分、外から見れば、日本は今まで戦略なしでも結構うまくやってきたからそんなものはいらない、と考えている方々が特に政治家に多いのかなという気がします。
どういう次元でやっても、戦いは先に疲れた方が負けです。今日は中高生にも講演をしましたが、その場でも戦いの話が出まして、こちらがおじけづいたり、疲れる顔を見せれば負けだという話をしました。
最近メディアの報道を見ると、「拉致解決の定義」などが言われていますが、これは相手に明らかにこちらは疲れていますよということを教える行為です。いままで10年、そういう定義がなかったというのもおかしいし、先に自分が疲れていることを伝えるのは非常にまずい戦い方じゃないかと思います。
◆拉致は戦争、裁判ではない
先ほど、日本はどれほどの覚悟があるのかと言いましたが、これは実は戦争です。拉致事件を刑事事件化する人があまりにも多いんです。実行犯を特定して国際指名手配するという、どちらかと言えば、刑事事件としての捉え方、証拠がないと何もできない。裁判では、いくら正しい方でも、下手な弁護士が出ると裁判で負けるし、それを悪党はうまく利用するのですが、金正日によって行なわれた国家テロとしての拉致は決して刑事事件でないと私は思います。
もちろん刑事事件の側面が全くないとは言えませんが、根本は決して刑事事件ではない。加害者は全体主義独裁、国家権力です。だから私は仮にこれが9.11が日本で起きたら日本はどうするのかという疑問を持つのです。
アメリカは今年ウサマ・ビン・ラディンを射殺しました。9.11について、
アメリカのCIA局長が書いた本があります。日本語で翻訳されたかどうか分かりませんが、CIAは9.11が起きる前からテロ攻撃の気配を察知していました。冷戦崩壊後のテロとの戦争というのがどのような様相に展開されるのかということを、アメリカ情報当局は想定していた。そしてそのための準備をしていた。しかし十分でなかったため、隙を突かれたということを書いています。
また9.11が起きた後、どのように、世界中をまたいでCIA局長が直接、テロとの戦いのためにどのようにやったかが、すごく具体的に書かれています。それで、ちょっと事情は違いますが、拉致問題に関心を持つ方も、そういう本を研究する必要があると思います。
日本とアメリカは文化の差がありますから、また環境条件が違いますから、アメリカのやり方をそのまま日本ではできませんが、相当のヒントが得られるのではないかと思います。
実は私も、日本の空港を出入りする時はいつも指紋を採られます。テロとの戦争のために、日本も外国人の生体情報収集を益々拡大すると思います。厖大なシステムを作って、すべての人の指紋、将来は目の虹彩等色々なものを取るのだそうですが、そこまで徹底的に資源を動員して国の安全のためにやるんだったら、拉致問題解決のためにもそういうことをやったらどうかと思います。
最近、富士通が作ったスーパーコンピュータの「京」が世界一の計算速度を達成したという記事を読みましたが、そういうすばらしいインフラを持っていながら、なぜ拉致対策への応用はできないだろうか。光よりも早い素粒子を見つける技術力や想像力を持つ国が、なぜ国力の結集ができないのだろうか。
それはやはり、相手がどういう相手か、どういう覚悟でたたかわなくてはならないのかという意識がないからそうなのかな、とそのように見えます。
今まで日本政府は、どういうことか訳がわかりませんが、ほかの政府と少し違うのは、拉致された日本人について、政府が把握している中間調査結果等を発表したことがないことです。それは捜査情報として重要な理由があるからそうだろうと思いますが、でもここまで来たら体制を危うくしない範囲で発表すべきじゃないかと思います。国際的な圧力をかけるためにも。
それから、もう相手が関知している部分については、発表すべきではないかと思います。我々がどういう敵と戦っているのかとか。