【探訪 防人の風景2011】長崎県対馬
韓国・釜山から新たに就航した高速船に乗り、国境を越えて日本の対馬を目指した。出港から約40分。対馬にある航空自衛隊のレーダーが見えた。船はわずか2時間弱で対馬の厳原(いづはら)港に到着した。
対馬-釜山航路は、今年10月まで韓国資本1社の運航だったが新たに2社が参入。日系1社、韓国系2社の計3社になった。人口約340万人を擁する韓国第2の都市は、対馬にとって日帰り可能な、より身近な存在になった。
対馬を訪れる韓国人は年間5万人を超え、多くは観光が目的。だが、釜山で出国手続き後に免税店でブランド品を大量購入、対馬に3時間だけ滞在して釜山にとんぼ返りし、品物を仲買に転売するのが目的の若い韓国人女性も多い。
対馬は人口約3万5千人、面積約700平方キロ、南北約80キロの島。北部の展望所から朝鮮半島までは49・5キロ。晴れた日には釜山がよく見える。
これだけ近いと古くからの関わりも深かった。飛鳥時代の667年。白村江の戦いに敗れ百済の遺臣らとともに築いた金田城(かなたのき)は日本最古級の城跡ともいわれる。江戸時代には朝鮮通信使が国書交換で訪れ、対馬藩の先導で江戸に向かった。鎖国時代、朝鮮半島との唯一の窓口は対馬だった。
今、対馬は経済的に国内からは遠く、韓国からは近い存在になっている。東京から福岡経由で出向くと正規料金は往復約10万円。これに対し、格安チケットで釜山を経由して対馬に入ると、航空券とフェリー代、計3万3千円で往復が可能だ。
国内移動なのに韓国経由では3分の1になる皮肉。東京からの帰省は釜山経由で、との話も聞く。
身近な釜山だけに対馬島民の見方は複雑だ。「対馬の10倍ある巨大市場。大きなチャンスととらえるべきだ」と飲食店経営の平山満和さん(59)は期待を込める。これに対し、対馬唯一のしょうゆ製造の5代目、江口豊隆さん(46)は「経済交流と国防は別。韓国人の本音は読めない。国境に暮らす者として不安が絶えない」と漏らす。
664年に九州、壱岐と並んで辺境守備兵が配置された“防人”の島。昔も今も、隣国と“適度な距離感”を保つためには、絶妙なバランス感覚が求められている。(写真報道局 鈴木健児)