「無用の用」の学こそ必要だ。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








【土・日曜日に書く】論説委員・皿木喜久




◆宇宙解明にノーベル賞

 「ノーベル賞ウイーク」が終わった。日本人の受賞者が一人もいなかったのは寂しいが、今年も十分、世界中の関心を引きつけたような気がする。

 最も興味を覚えたのは、米カリフォルニア大バークレー校のソール・パールマッター教授ら米豪3氏の物理学賞だった。授賞対象は「宇宙の加速膨張の発見」とそれを可能にしている「暗黒エネルギー」の存在の指摘である。

 われわれの宇宙は137億年前に起きたビッグバンと呼ばれる大爆発で生まれ、膨張を続けているとされる。膨張速度は徐々に減速し、今は一定速度で膨張していると考えられていた。ところがパールマッター教授らは超新星の観測から、膨張は逆に加速していることを突き止めたという。

 物理学者の村山斉氏がベストセラーとなった『宇宙は何でできているのか』で、分かりやすく説明している。

 ビッグバンとそれに続く宇宙の膨張は、ボールを思い切り真上に放り投げたようなものである。最初に加えたエネルギーがすべてだから、すこしずつスピードが落ちていくのは当然だ。

 ところが「加速」しているとなると、投げたボールを何物かが後押ししているとしか、考えられない。その何物かがまだ正体不明の暗黒エネルギーだという。

 ◆「何の役に」への答え

 これまでの宇宙観を根底から変えてしまうし、「宇宙の終わり」についての考え方にも多大な影響を与える「発見」なのだ。その意味で受賞は当然としても、当然のごとく物理学賞を授与したノーベル財団の姿勢もすごいと思う。

 近年の学問の大半は、技術刷新や、そこから生み出される豊かで安全な生活に役立つことを目指している。ノーベル賞も医学・生理学賞はもちろん、物理学賞や化学賞もそうした実用的な研究に与えられることが多いようだ。

 だが100億年先の宇宙の行方を考えるパールマッター教授らの「発見」が明日の生活に役立つとはとても考えられない。教授らも何回か「何の役に立つのか」と質問されたに違いない。

 ハワイ島に日本の大型望遠鏡「すばる」を設置するため奔走した元国立天文台長、小平桂一氏も予算要求に行った文部省(当時)などで同じような質問を受けた。だが小平氏は著書『宇宙の果てまで』で、米国でのこんなエピソードを紹介している。

 一人の学者が大型の研究計画について議会で「それはわが国の防衛に役立ちますか」と質問を受けた。「いいえ」と答えた後、こう述べた。「わが国をより一層、防衛に値する国にするのに、大いに役立つと思います」

 他の国から尊敬される豊かな知性や感性を持った国としたい。国を世界に置き換えれば、そこにノーベル賞の存在価値もあるような気がする。

 その「ノーベル賞ウイーク」の最中、東京のホテルで「京都大学東京フォーラム」が開かれた。東京で京大をPRする狙いだったのだろうが、「京都の知~文明の危機と京都学派」というテーマにひかれて聞きにいった。

 ◆「黒板を一回り」の誇り

 「京都学派」とは『善の研究』などで知られる京大教授、西田幾多郎を中心にその同僚や弟子である田辺元、西谷啓治、高坂正顕らによる哲学者グループである。

 講演した京大大学院教授の佐伯啓思氏は世界的に進歩の理念が行き詰まり「文明の危機」と言われた1930年代に「京都学派」が登場した意味を強調した。

 「西田らは世界史的な危機に対し文化や歴史など『日本』を打ち立てることでその危機を乗り越えようとした」という。

 そのため戦後は「日本主義者」「戦争協力者」との烙印(らくいん)を押された。しかし実際は政治やイデオロギーにはとらわれない「自由」が誇りだった。

 京都学派の哲学にしても、宇宙の姿を探る物理学にしても「無用の用」と言えるかもしれない。世の中の役には立たないような学問や情報が実は救いとなるという中国の『荘子』にある言葉だ。

 今また、あらゆる価値観を喪失してしまったような世界、とりわけ日本にとって真に必要なのは「無用の用」の学問を打ち立て、育てていくことだろう。

 佐伯教授は講演の最後に、西田が京大を退官するときの講義で述べた有名な言葉を紹介した。

 「私の生涯の前半は黒板を前にして坐した。その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転なしたと言えば、それで私の伝記は尽きる」

 自らの業績を韜晦(とうかい)しているように見え、実は生涯「学」に生きたことへの強烈な誇りが込められている。

                                 (さらき よしひさ)