【主張】脱北者の保護
石川県輪島市の能登半島沖で保護され、仮上陸が許可された脱北者9人は彼らの希望通り韓国へ移送される見通しだ。
海上保安庁など警備当局は、脱北者を乗せた漁船が海岸からわずか6・5キロの海上で日本漁船に偶然発見された事実を深刻に受け止めるべきだ。また、脱北者の事情聴取は慎重かつ徹底して行うべきで、韓国への移送をむやみに急いではならない。
脱北者を発見した能登半島沖は地勢的にも北朝鮮に近く、昭和52年には能登町の宇出津(うしつ)海岸から久米裕さんが拉致されたことも分かっている。最も警戒を強めるべき海域だった。
脱北者を乗せた漁船は小型の木造船だったことから波間に隠れ、レーダーで捕捉されなかった可能性も指摘されている。
だが、昭和55年、北朝鮮の大物工作員、辛光洙(シン・グァンス)容疑者が原敕晁(ただあき)さんを拉致した際には、ゴムボートを使用したことが判明している。小型の木造船を「想定外」と切り捨てることはできない。
平成19年には、青森県深浦町の海岸で脱北者4人が保護された。その着岸、上陸を見逃した海保はこれを重くみて、各海上保安本部を通じて全国の漁協に不審船発見、通報の協力要請を行っている。それで十分といえるのか。
日本の海岸線は長く、海上警備の徹底は容易ではない。レーダー網や航空機、巡視船の保有数は現状のままでいいのか。政府は空白状態にならないように、警備を強化すべきだ。
脱北者9人は長崎県大村市にある法務省の収容施設で入管当局の聴取を受けている。韓国側も受け入れの見通しを示し、早期の出国が図られようとしている。
だが、わが国にとっては、北朝鮮国民の生活実態を知る絶好の機会である。保護当初は男性の1人が朝鮮人民軍所属との情報もあった。脱北の動機や方法について綿密に聴取し、必要に応じて公開することも求められる。
北朝鮮はいま、金正日総書記から、三男、正恩氏への後継体制づくりを進めている。こうした時期には、「何が起きてもおかしくない」という識者の指摘もある。
おかしなことが起きないように自衛隊も含め抑止機能を高める必要がある。「素人的な感覚」(一川保夫防衛相)では、国の守りを危うくする。