★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2011.09.15-2) | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 





【第2部】 家族の訴え


草莽崛起:皇国興廃此一戦在各員奮励努力セヨ。 





櫻井 第2部を始めたいと思います。第2部では、この拉致問題の被害の当事者、ご家族の皆様方に改めて、新しい野田政権について感じること、日本のこれまでの拉致の取組みについて感じること、本当にことばでは言い尽くせない深い思いがあるわけですが、そうした思いをお話いただき、それをしっかり受け止めて、みんなで心を合わせてこの拉致問題に取組む決意を固めたいと思います。まず、めぐみさんのお母さん、横田早紀江さんにお願い致します。


◆政府が、本気で助けようという思いになれば解決できる

横田早紀江(横田めぐみ母)

 今日はたくさんの方に来ていただいて本当にありがとうございます。

 先ほどからの話をお聞きして、私も被害者家族の一人として、めぐみだけでなく、本当にたくさんの方が理不尽な、残酷な人生を背負わされた子どもたちを助けるために私たちにできることは、自分たちの悲しい、むごい経験を赤裸々にお話しすることだけなのです。

 どういう状態で、どこからどうやってここまで来られたのか、そしてどうやってあの子たちを助けたらいいのか、先ほどの三浦さんのお話や荒木先生のお話のように、本当にこれは深い闇の中にある問題です。

 ただ子どもたちを返してくださいと、簡単な取引ができない国と戦っているということ、そしてすべての人たちがその悪をやっつけなければないということだけなんです。

 皆が結集して、ぶれないでやっつけることができれば、この問題は国際的にも解決できる問題だと思います。

 たくさんのところで講演をさせていただき、昨日は豊橋から日帰りで帰ってきました。その前は救う会北海道のお呼びで札幌に行きました。その時も、たくさんの方が、こんなことは許せないんだと、どうしたらいいんだ、と皆さんがおっしゃって、もう気持ちは結集しているんです。

 政府の方が、本気で助けようという思いにさえなって頑張ろうとなってくだされば解決ができるのではないかと思っています。

 これからもどうか宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

櫻井 ありがとうございました。司会者が一々口をはさむのもなんなんですが、しつこいようですが、菅政権の北朝鮮とのつながり、灰色のお金の解明が拉致問題解決のためにも必要だろうと思います。

 その意味で、民主党から「市民の党」、「市民の会」に渡った約3億円の原資はいったい何なのか。何のためにそのようなお金のやりとりがあったのか。このことは新しい総理大臣が生まれたからといってここで終わりにしては絶対にならないと思います。

 次に、有本恵子さんのお父様、有本明弘さんにお願いいたします。

◆田原総一郎氏の弁護士が「外務省と政府が国民と家族会をだましてきた」

有本明弘(有本恵子父)

 みなさんこんにちは。たくさんお出でいただきありがとうございます。

 菅総理の話がでましたが、菅総理になるまでは、私たちは全然分からなかった。総理大臣になるとあれだけ裏の話が出てくる。これが日本の国では通常になっているんです。

 鳩山さんもおかしかった。菅さんもおかしかった。次の総理は大丈夫か。そういう思いもありますが、皆さんに知っていただきたいのは、私はちょうど2年前に、この会場で田原(総一朗)さんのことを非常に批判しました。

 その問題が裁判となって、2年を越えました。判決が11月の初めごろに出ると思います。その中で分かってきたことは、政治家だけでなく、マスコミ、田原さんは有名なマスコミ人ですが、これが対象になる男だと裁判を通じて分かりました。

 分かりやすく言うと、あの人が北朝鮮に取材に2回行って、何人か生きていると、向こうの鄭泰和(日朝交渉担当大使)とか何人か会って聞いて、その話を外務省に持っていったらしいです。外務省の官僚4人は、「その話は分かっていることだからなかったことにしよう」と断ったらしい。これは断って当り前です。その話を政府が聞いて、(何人かが)帰ってきたら、我々の家族はみんな死んだことになってしまう。そういう謀略的な話です。だから外務官僚4人は断った。

 そのことを裁判所に提出する準備書面に書いているんです。もう逃げられない証拠なんです。官僚が断ったので、官僚を飛び越えて福田さんにまで話をもっていった。そこまで書いています。そして福田さんが辞めたから話はつぶれてしまった、と。福田さんはよく私の話を聞いてくれたと書いています。

 では、「朝まで生テレビ」で(拉致被害者は死んでいると)言ったのはどうですか。命がけでやると言ったら、何にもやらなかった、とそんな言い方なんです。だからその場その場で何を言っているのか、どっちが本当なのかという男なんです。

 そんな彼のしゃべり方は皆さん察しがつくと思いますが、最終的に向こうの弁護士は私に、どう言ってきたか。これが一番大きな問題だと思っています。「小泉さんが訪朝してから7年間余り、政府は何も朝鮮外交をやってませんね」と弁護士は私に問いかけてきた。そして後から言ったことは、「外務省と政府、これが7年間何もやってない」、「日本国民と家族会をだましてきた」と、そこまで言うんです。

 それは裁判所の記録で、活字になってみんな出てきてます。「7年間日本国民と家族会をだましてきた。あなたはどうお思いですか」と聞いてきたから、「私はだまされてるとは思いませんよ」と言った。そして、どうして助け出せるかという方向に向こうももっていったし、それについては私の思うところを即座に言った。「日本は戦後60年、争いをしない国になったしまった。だから強力な内閣を構築しないと北朝鮮と渡り合えない」と。この20年、ずっとそういう思いでやってきました。これで話は終わって、あとは何も質問してこなかった。

「政府が7年間だましてきた」ということについて、外務省に行って、佐々江(賢一郎現次官)さんに、「こういうことを言っているから、外務省としてもはっきりと物を言ってもらいたい」とこの間話してきました。

 この(だましてきたという)話は、裁判がすんだら、今民主党政権ですから、民主党の先生方に話を持っていこうと思っていますので宜しくお願いいたします。

櫻井 ありがとうございました。有本恵子さんを拉致した犯人の一人が八尾恵という人でした。この方は、『謝罪します』という本を書いて有本さんにも謝りました。八尾恵さんは、柴田という「よど号」のっとり犯の一番若い人と結婚し、子どもを産んでいますが、その八尾恵さんが『謝罪します』という本の中で、「よど号」のっとり犯の子どもたち約20人は日本人村の革命学校で特別の教育を受けた、金日成、金正日の戦士となって日本に革命を起こすという革命活動を日本でしなければならないということを教わっているとあります。

 この八尾恵さんに恵子さんを拉致されて未だに取戻すことができないことについて、わが政府は何をしているのか、そんな思いが嘉代子さんの中にもあると思います。

◆分かっていたのに、当初から日本の政治は間違っていた

有本嘉代子(有本恵子さん母)

 みなさんこんにちは。本当に大勢の人に来ていただいてありがとうございます。

 1988年に(北朝鮮で暮らしているとの)手紙が来ましたので、即動いたんですけれども、この頃、その頃のことから思い出してみますと、当初から日本の政治は間違っていたなと思います。

 1990年に金丸さんが訪朝なさったんですが、その時はもう分かっておりましたので、手紙をもっていき、こういう状態ですということを、直接は話していませんが、地元の石井一さんに手紙を持っていき、日本はこういう問題を抱えているから北朝鮮に行かれた時は、きちんと言ってきてくださいとお願いしました。しかし、何もおっしゃいませんでした。

 それからずっと見ていますと、やはり政府自体が、拉致問題はどんな問題であるかという認識がなかったのだろうと思います。国家観がなかったのじゃないかと思うのです。

 というのは、拉致問題というのは、日本の国民が、国内に入ってきてさらわれているんですから、日本の国としては大変な問題なんです。だから、どうしてもこの人たちを助けなければならないという認識を持たないといけないところ、全然その認識がなかったんだろうと思います。そしてこんなにたくさんの人が拉致された。

 国が認めているのは17人ですが、荒木さんのところ(特定失踪者問題調査会)には500人に近い方が言ってきています。全部とは思っていませんが、ほとんどの方がそうではないかという感じがずっとあります。特定失踪者の方々は本当に古くからです。1970年代後半から80年代初めにかけてが一番多かったんじゃやないかと思っていますが、それよりも前からずっとあったんですね。

 政府も分かっていたと思うんです。1988年3月の予算委員会で、梶山静六さんが答弁に立っておられるんですから。その時点から拉致ということを感じていたと思うんです。だからその時点で動かなければならないところを、どの政府も放っていたんです。それがこういう大きな問題になってきたという思いです。

 だからこれをどのようにして解決してくださるんかなといつも思っているんですが、何とか政府として、本当にこの問題を解決しなければならないという思いがあるのであれば、何かの方法を考えてくださるだろうと思うんですが、それができないのかなといつもはがゆい思いでいます。

 でも2002年以降は、大勢の方がこのことを認識してくださった。(小泉)総理が帰ってこられて翌年の東京フォーラムはぎっしりの人でした。聞くと、まだ表にたくさんいらっしゃると聞きました。それを聞いて、やはり日本人だなという思いがしました。

 私は戦前の教育をきっちり受けていますから、日本の国はいい国だ、日本人に生まれてよかったという思いをずっと持っています。だからその時、「やはり日本の国だ。これだけの人が私たちのために来てくださった」と思いました。皆さんの協力がなければ、私たちもこれだけ頑張って動けなかったと思います。皆さんが熱い気持ちで来てくださいますので、何とか私たちの生きているうちに子どもたちを取戻したいなという思いで毎日頑張っています。

 どうか皆さん、最後までご協力くださいますよう、宜しくお願いいたします。