【from Editor】
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110821/erp11082108240001-n1.htm
まるで自分がシベリアの収容所に送られたかのような感覚に陥った。銃を持ったロシア人の太った看守が、肩を落とし痩せた日本人に罵声を浴びせかける。約60年も前の出来事だが、悲惨な歴史を思うと背筋が寒くなった。
終戦後、約60万もの日本人がソ連の独裁者スターリンに拉致されて酷寒のシベリアで森林伐採や鉄道建設などの過酷な強制労働に従事し、約6万人が命を落とした。ソ連の負の歴史であるシベリア抑留をテーマにした演劇「シベリアに桜咲くとき」がロシアで初めて制作され、今月、シベリアの劇団が初の来日公演を行ったのだ。その舞台を見にいった。
「ダモイ!(家へ帰るぞ)」
だまされた日本兵らが雪の舞う暗いシベリアの収容所に到着するところから物語は始まる。日本人抑留者たちは、時計などの所持品を取り上げられ、慢性的な空腹や病気、いつ終わるとも知れぬ重労働に苦しみながらも励まし合って命をつなぐ。だが、絶望の中、脱走して凍死する者や材木の下敷きになり落命する者も出る。そんな生き地獄のような収容所で自殺を考えていた若者は、川に落ちた収容所所長の一人息子を救い、所長の妻から感謝されて初めて生きる希望を見いだす。肺炎に侵され生死の間をさまよう男は、ソ連軍軍曹と老女の懸命の看病で一命をとりとめた。念願の帰国の日、シベリア桜が咲き誇る中で、ロシア人の娘と恋に落ちた若者は現地にとどまる覚悟を固めた。
物語は、独裁国家・ソ連にも日本人抑留者とロシア人との間で、希望のある温かい人間のドラマが生まれていた事実を描く。
すべてはシベリアの一劇団が、「自分たちの歴史の一ページであるシベリア抑留を舞台にしたい」と願い、ロシアのタブーを打ち破ったのが始まりだ。「日本公演の実現は奇跡としかいいようがない」。10年以上、プロジェクトを支援してきた神奈川大学の中本信幸名誉教授(79)はこう語る。
今年は終戦66年。それを前に、ロシアのメドベージェフ大統領は北方領土に初上陸し強硬姿勢を示した。だが、希望はある。「すべては時とともに到来する」。ロシア人軍曹は日本人抑留者をこう勇気づけた。人と人がつながっていけば、今は不可能に思える問題でも奇跡は起きる。日露両国の政治的な側面には一切触れられていない作品だったが、そんなメッセージが伝わってきた。
(SANKEI EXPRESS 副編集長 内藤泰朗)