【正論】筑波大学名誉教授、元最高検検事・土本武司
日の丸・君が代は歴史的所産
入学式や卒業式で、国旗である日の丸に向かって起立し、国歌である君が代を斉唱するよう教師に命ずることが、「思想・良心の自由」を謳(うた)う憲法に反するかどうかが争われた裁判で、命令は合憲であるとの判断を最高裁が下した。大阪府では、その起立斉唱を義務づける条例が成立している。この時機を捉えて、本稿では「国旗・国歌起立問題」を論じたい。
国旗・国歌は、それぞれの国の歴史的所産であり、フランスや米国のように憲法や法律で規定している国もあれば、英国のように法で定めていない国もある。長く法制化されていなかった日本では、1999年の卒業式での君が代斉唱をめぐる教職員との対立から高校校長が自殺するという悲劇を機に、同年8月、「国旗・国歌法」が制定され、それまで慣習的に国旗・国歌とされてきた日の丸・君が代に法的根拠が与えられた。
これを受けて、文部省(当時、現文部科学省)は全国の教育委員会に指導徹底を図るよう改めて通知する。東京都では2003年、都教委が起立・斉唱を義務づける通達を発出し、これに違背した教職員が相次いで懲戒処分に付された。これに反発して一部教職員が起こした訴訟の1件に対するものが、冒頭の最高裁判決である。
判決は「起立・斉唱行為は慣例上の儀礼的な所作」であり、「それを求める職務命令はそれを受ける人の歴史観・世界観の間接的な制約となる場合があっても、その制約を許容できる程度の必要性・合理性が認められ」、よって合憲であるとした。妥当な判断だ。
そもそも、教育の目標のひとつには、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うこと」(教育基本法2条5号)がある。国民がこぞって誇りと敬意をもって接すべき国旗・国歌に対し、起立・斉唱によって応じることは、教育者にとって欠くべからざる責務、重要な任務のひとつであろう。
真っ新な子供染めてはならぬ
加えて、学校も組織体である以上、上司の職務命令にはそれが違法または著しく不当でないかぎり従うべきである(地方公務員法32条)とされていることに照らしても、起立・斉唱を教職員に求めることは社会通念上、当然の要請であり、最低限の儀礼でもある。
先の条例案を提出した「大阪維新の会」を率いる橋下徹大阪府知事が説くように、この問題は「組織マネジメントの問題」でもあり、最高裁判決が触れた「間接的制約論」を持ち出すまでもなく、「適憲」であるとすらいえる。
国旗・国歌に関しては、特定の考え方には全く染まっておらず、真っ新(さら)な状態で国旗を仰ぎ国歌を斉唱しようとしているのが、平均的な児童・生徒の姿であろう。そんな教え子たちに、範を垂れるべき教師が起立しなかったり式典会場から退出したりすることで及ぼす悪影響は、計り知れない。起立・斉唱は、教育公務員としての当然の行為であるといっていい。
ちなみに、刑法92条は外国の国旗を損壊などした場合には、刑事罰を科することとしている。このことも外国旗、自国旗を問わず、国家を象徴する国旗に対しては基本的に敬意をもって接すべきであるという意味合いなのである。
「国歌斉唱時の起立」を各教委が学校側に通知し、それに従わない教員を処分する動きは各地に広がり、文科省によると、1999年度から2009年度にかけ、全国で延べ1200人を超す教員が処分された。先頭を走っている東京都教委では、前記通達を出した03年から不起立教員を処分する姿勢を徹底、04年春の卒業式では100人以上を懲戒処分にした。
“厳罰”の条例化は慎重に
大阪府でも09年春の入学式と卒業式で不起立が顕著だった3校を対象に計42人を厳重注意処分に、今年4月の入学式では1校の教員2人を戒告処分にした。今年3月の卒業式で3年の担任教師の半数以上が起立しなかった府立高校9校を「課題校」と位置付けるなどし、12年からは条例を基に「教員は教育公務員としての責務を自覚し、国歌斉唱では起立して行うこと」と文書で指示する方針だ。
そうした職務命令に違背した場合、戒告・減給・停職・免職のいずれかの懲戒処分(地公法29条1項)などの対象になり、実際、処分は実施されてはいるものの、命令不服従に対する処分の基準は定まっておらず、各教委の自由裁量に委ねられているのが実情だ。
前述した大阪府の条例にも、命令を拒否した教員に対する処分の内容は一切、盛られてはいない。大阪府では、それとは別個の条例などによって、処分の基準を設定する準備を進めているという。
そこでは、3回違反すれば免職し氏名も公表するという、“スリー・ストライク・アウト”的な懲戒免職ルールも検討されているようである。起立の条例化は、行き過ぎだとの批判があるとはいえ、不起立現象に歯止めをかけるうえで有効だと考える。だが、“厳罰”を伴う処分基準の条例化には十分に慎重であってほしい。
(つちもと たけし)