【明日へのフォーカス】論説副委員長・高畑昭男
仏北西部ドービルで主要国(G8)首脳会議がまさに始まろうとしていたころ、日本国内では原発への海水注入をめぐるドタバタ劇の追加ドラマが展開された。菅直人首相の「指導力」のはかなさがこのことに象徴されていたのではないか。
もともと原発事故発生直後には、海水注入による炉の損傷を恐れる東電側をしかりつけるイメージで「首相が率先して海水注入を促した」という「ヒーロー」仕立ての話が流れていたように思う。いったい誰がそんな話を流したのかも究明してほしいが、問題はこともあろうに、サミットの最中に首相の虚像が崩壊してリーダーシップの欠如が暴かれてしまったことだろう。
G8や経済協力開発機構(OECD)会合でぶち上げた新エネルギー政策(4つの挑戦)も、民間の助言者らが既に公表した構想と似ていると報じられた。「パクリ」と決めつけては失礼かもしれないが、国民の胸を躍らせるような現実性も具体化への道筋も見えなかった。関係閣僚や政府部内の事前調整がなかったことも各国首脳に丸見えとなった。
似たような例はほかにもある。東電が最初に計画停電を講じた際、首相が「おれに発表させろ」と命じて何時間も発表を遅らせたため、JRなどは準備が間に合わなかった。
中部電力浜岡原発の停止を要請したときも、経済産業相が発表する準備を進めていたのに、首相が自らの手柄とするために、発表の場を奪ったと報じられた。
それほどまでして、形だけの「手柄」を並べたてることが指導力だと考えているのだとしたら、大きなカン違いではないだろうか。
G8サミットの少し前のことだったが、6月いっぱいで退任が決まったゲーツ米国防長官(67)が米テレビ番組に登場し、歴代大統領の人柄や指導力について語っていたのを興味深く視聴した。
ゲーツ氏はジョンソン政権時代に20代で米中央情報局(CIA)に入り、公職の大半を情報と政治の世界で過ごした。オバマ氏を含めて計8人の大統領に仕えたという。
ウォーターゲート事件で辞任したニクソン氏は「外交で輝かしい成果を挙げたのに、ゆがんだ個性のせいか最も変わった人だ」。旧ソ連のアフガニスタン侵攻やイランの米大使館人質事件で窮地に立ったカーター氏は「優先順位を決められない人。同時に多くの結果を出そうとして、うまくいかなかった」そうだ。
ゲーツ氏が連続して仕えたブッシュ前大統領とオバマ氏の寸評も面白い。世論の反対に抗してイラクへの米軍増派決定を下したブッシュ氏は「世論に惑わず、決断を歴史に委ねる覚悟があった」という。
また、「決断が遅い」と批判されがちなオバマ氏は「時間をかけてあらゆる情報把握に努めるが、厳しい決断を恐れない人だ」という。それがアルカーイダの指導者、ウサマ・ビンラーディン殺害作戦の成功にもつながったようだ。
個々のスタイルは異なるが、ゲーツ流にいえば(1)優先順位をきちんと決める(2)多様な意見に耳を傾ける(3)熟慮を重ねた上で難しい決断から逃げない-が指導者の最低条件ということだ。間違っても他人の功績を横取りしたり、思いつきで判断して、後は部下に責任転嫁したりでは誰もついてこない。そんな「指導者」は国民から不信任を突きつけられてもしかたがない。