【土・日曜日に書く】中国総局・川越一
◆デマに踊った塩騒動
東日本大震災の被害の様子が伝えられた当初、四川大地震や青海省地震の記憶が新しい中国国内では、官民問わず、犠牲者に対する哀悼、被災者を見舞う空気が広がっていた。
中国政府は即座に3千万元分(約3億6千万円分)の援助物資を提供、ガソリン1万トンなどの無償援助も決めた。インターネット上でも、日本の苦難に喝采を送る書き込みに集中砲火が浴びせられるほどだった。
だが、福島第1原発の放射能漏れ事故が深刻化するにつれて“習性”が表れ始めた。漏れ出した放射能で海水が汚染されるとの風評が広がり、消費者が食塩の買い占めに走る現象が起きた。
中国当局は「備蓄は十分ある」と沈静化を図ったが、当局の隠蔽(いんぺい)体質を知る国民は耳を貸さず、スーパーの棚から食塩が消える事態となった。最たるものは、6・5トンの食塩を一度に買い占めた甘粛省蘭州市の男性だった。
“塩騒動”の発火点はインターネットだった。沿海部の浙江省などで食塩が売り切れたとの情報が流された。消費者は東日本大震災が発生する前に製造された食塩を確保しようとスーパーに殺到。「食塩にはヨウ素が含まれており被曝(ひばく)の防止に効果がある」とのデマが油を注いだ。
デマに過剰に踊らされるその様子を、新型肺炎(SARS)流行の際に起きた、酢の買い占め騒動になぞらえる声もあった。
◆一転、「原発見直し」
今後5年間で27基前後の原発の増設を予定し、ゆくゆくは“原発輸出国”の座をつかみ取ろうともくろんでいる中国政府にとっても、福島第1原発の事態の深刻化は好ましくない。
これまでは大気汚染の改善やエネルギー確保という御旗の下、国民の反対を押さえ込んできた。今回の放射能漏れ事故は中国メディアも高い関心を持って伝えており、中国国民が放射能の危険性を過剰に受け止めてしまっている。
東日本大震災が発生した翌日、中国環境保護省の張力軍次官は「原発発展計画を変更することはない」と宣言した。その4日後、温家宝首相がその発言を覆した。国営新華社通信によると、3月16日に開かれた国務院(政府)常務会議で、原発の増設に関し安全確保を最優先し、中長期計画を見直す方針が決められた。
建設中の原発については、(1)安全基準の厳格化(2)全面的な再検査(3)基準に達しない場合の建設停止-などが盛り込まれた。原発安全計画の策定までは、新規の原発建設に関する審査や認可も凍結するという。
3月末には、国家原子力事故緊急対応調整委員会が中国各地の大気の測定を実施。4月3日には、稼働中の原発がある広東省、浙江省、江蘇省など31の省・自治区・直轄市などで極めて微量の放射性ヨウ素131が、北京市や天津市、内モンゴル、山東省、河南省、寧夏回族自治区などでは微量の放射性セシウム134、137も検出されたと発表した。
◆危惧そらす隠れみの
これを中国政府の方針転換と取るのは早計だろう。自国の原発安全基準の強化を強調すると同時に、検出された放射性ヨウ素などが日本から飛来したとアピールすることで、自国の原発に潜む危険性に対する国民の危惧を緩和する狙いがあるのでは-。そんなうがった見方を捨てきれない。
新華社は4日、1958年から87年まで中国の核兵器開発拠点として稼働し、同国初の原水爆が作られた青海省海北チベット族自治州の「221工場」跡地が今や、年間80万人が訪れる観光名所になっていると報じた。10キロ圏内には工場から排出された“低レベル”の放射性物質が埋められ、アジア最大の放射性汚染物貯蔵地域を形成していることも伝えている。
その上で、「1970年代、私の月給は37元で中国国内では高かった。今、一家の年収は4万元(約50万円)。家族も羊もずっとここで暮らし、ここで食べてきた。暮らしは常によかった」などといった住民の声を紹介しているのは、自国の核開発の安全性をめぐるプロパガンダに他ならない。
中国は主に少数民族が居住する地域で核実験を重ねてきた。韓国国会教育科学技術委員長が3月20日、同国の原子力安全技術院が収集した過去10年間(1998~2010年)のデータを分析した結果、中国から飛来した黄砂から放射性セシウム137が検出されたと明らかにしている。
中国国内の大気には、もともと放射性物質が存在しているのだ。福島第1原発の事故が、中国が原発大国への道を邁進(まいしん)するための“隠れみの”に使われていると感じるのは偏見だろうか…。(かわごえ はじめ)